精霊達の内緒話

 それは、『魔術師』が地上に蘇る少し前のこと。


「魔王城」

 宝物蔵にて

 精霊たちの内緒ばなし




「そうか。やっと連れて来る気になったのだな?

 エルフィリーネ」


「ええ、長らくお待たせしました。シュルーストラム。

 でもきっと気に入って頂けると思いますわ。

 本当に、とっても良い子ですの」



 魔王城の最奥。

 宝物蔵の奥にて、虹色に輝く杖に、守護精霊エルフィリーネは輝くような笑顔で語り掛ける。

 部屋の中に実体化した精霊は、守護精霊のみ。

 けれども、そこには幾人もの精霊たちが、今も静かに佇んでいた。


 杖の精霊は、その一人。

 長い青銀の髪を揺らし、自らの杖に座している。


 ここにある精霊たちは星の現身、人が作りし祈りの形。 

 人を信じ、共に在ることを望み、人に使われる為に化身した高位精霊ばかりである。



「アルフィリーガに選ばれた者であるならば、まあ、力を貸すこともやぶさかではない。

 もっとも、我が知識、我が力、操るにふさわしき者でなくば、力に耐えきれず魂ごと砕け散るだけであろうがな」


 淡く姿を移す精霊の、聞きようによっては不遜な声に、壁際の宝飾品の一つがチカリと光った。

 もし、この宝飾品に宿る精霊が形を取っていたのなら、彼とよく似た少女の姿と声で


「また兄様はそういうことを、言う」


 と諌めたことであろう。




 けれど、長い長い静寂は精霊達から人への希望と力を奪いかけていた。


 かつて、城主が握った宝剣も。

 騎士団長が使った剣も、言葉を発しはしない。


 今ここで言葉を紡ぎ、姿を映せるほど力を持った精霊は、もう本当にごく僅かだった。



「アルフィリーガにまた会えるの?

 どうしてる? 元気にしている? 僕の事を覚えているかなあ」


 その数少ない一つ。

 蒼い髪、青い瞳、泣き出しそうな顔で自分を上げる少年の姿をした短剣の精霊を、ええ、とエルフィリーネは慰めてみせた。


「魂の色はあの頃と変わりません。

 むしろ、輝きを増したようにさえ感じますわ。

 姿かたちは、だいぶ変わってしまっていますけれど…何も、変わってはいないと見ていれば解ります。」

「それは仕方あるまい。

 祝福された己が身体を奪われ、大地に呪いをかけられ、魂となりながらも必死に抵抗し彷徨い続けていたのだ。

 様変わりもしよう…」


 愛し子の苦しみに思いを馳せるように杖の精霊は目を伏せる。



「僕達の為に、アルフィリーガはずっと、苦しんできたんだよね。

 僕が…もっとしっかりしていたら…止める事もできたのかもしれないのに…」


 俯く短剣の精霊をため息と共に杖の精霊は諌めた。


「終ってしまったことを言うのは止めろ。エルーシュウィン」

「だって、僕があの方を刺したんだよ。

 …アルフィリーガはずっと抵抗していた。なのに…」

「だから、止めろと言っている。

 あの時の事を、頼むから語ってくれるな。

 主を目の前で失う苦悩を味わったのは貴様だけではない」

「…ごめん。シュルーストラム」


 杖の精霊の声にはまるで自分自身に言い聞かせるように苦い、後悔が噛みしめられている。


「唆されたとはいえ、騙されたとはいえ、決断したのはアルフィリーガだ。

 その罪を背負うのは仕方がない。

 だがアルフィリーガがこの城に戻ってくるのなら、そしてあの方もお戻りになられたのなら、今度こそあの邪神どもからこの地上を取り戻すことも叶おう。

 ここでしくじれば、二人が揃う時はまたいつ訪れるか…。

 我々も、何より、この星がもうもたぬ。

 奴らに食い潰されて消え失せるだろう…」


「ですが、本当に変生を? いきなりでは危険ではありませぬか?」


 盾の精霊がその身を震わせる。

 彼にはもう、形を作る魔力は残されていない。

 それでも、人を愛する心、信じる心を失ってはいなかった。



『変生』とは人をその運命のくびきから外し、精霊と括りつける術。

 人に多くの力を与えるが代償は、決して小さきものでは無い。



「ああ、確かに本来であれば精霊術師として力に身体を慣らし、決意を確かめてから行うが常。

 それでもまれに耐えきれぬものもいた。

 危険は危険であろう…な」



 ならば、と盾の精霊が紡ぐより早く杖の精霊は首を横に振り顔を上げた。


「だが我らにはもう時間がない。

 この星には真実の魔術師が一刻も早く必要なのだ。

 私は、アルフィリーガが選んだ男を信じる!」


 それは身体を持たぬ精霊の、正しく魂の叫びであった。


『魔術師』が生まれなかった場合、むしろ一番危険となるのは杖の精霊である。

 今はまだ、この蔵の中で一番力と意志を残しているが、新たな主を得る事に失敗すればその力の多くと、意志を失う事になるだろうと、誰もが知っている。


 だから、彼の決意を心配しても、止めることができるものはここにはいなかった。



「きっと、大丈夫ですわ。シュルーストラム」


 黙って話を聞いていたエルフィリーネはそっと、優しく笑って見せる。


「彼は礼儀正しく、知性深く、強い意思を持っています。

 そして何より、貴方が言った通り、アルフィリーガが選んだ子なのです。

 必ずや貴方の力を受け入れ、使いこなし、新たな魔術師に…精霊と意志を繋ぐものになってくれますわ…」


「それを、私も願っている…。

 来訪を楽しみにしているぞ。エルフィリーネ」


「はい、期待してお待ちくださいませ。

 シュルーストラム。


 皆様も…、私達が待ちわびた時がもうすぐやってくることを、どうか今少し…」



 精霊達が姿を消した宝物蔵に深いお辞儀をして、エルフィリーネは微笑んでみせる。



「ええ、もうすぐです。

 もうすぐですとも。

 世界を作り変える主と、精霊を統べるアルフィリーガ。そして魔術師の復活。

 失われた過去を取り戻し、呪われた世界を壊し、この星に精霊と人が共に生きる世界を取り戻せる日は、もうすぐそこに…」



 かくして宝物蔵の精霊たちは目を閉じる。



 彼らが求め続けていた主の前に立つ時は、本当にもうすぐそこに迫っていた。

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