少年の誓い

 お城に帰った私達は、取って来た食材の片づけより早く


「アーサー、ちょっと来て」


 アーサーとの面談に入った。




「えっ、なに? おれ、何にもわるいことしてないよね?」

 私に、リオン、そしてフェイを前に正座するアーサーは明らかに怯んでいる。

 青い目が不安に揺れているのが目に見えて解るほどに。


「何か怒られるようなことをした自覚でも?」

「ない! なんにもしてないもん」

「だったら怯えなくて結構。堂々としていなさい」


 フェイはそう言うと、立ち上がりロッカーからあのラウンドシールドを出して来た。

 マジックアイテムじゃない、普通の鉄製の方だ。


「アーサー、これを持ってみてください」

「えっ? なに? なんで?」

「いいですから。口答えせずに早く持つ」

「は、はい!!」


 頭に疑問符をいっぱい浮かべながらも、言われるがままアーサーは立ち上がり盾に手をかけた。


「うわっ!!」


 その途端アーサーが悲鳴を上げた。

 重量10kg以上。

 普通の大人でも持つのが難しいラウンドシールドは、まるで紙のようにふわりと小さなアーサーの手に持ち上げられる。


「え? うそ、なんで???」



 一番驚いているのはアーサーだ。



 この盾の重さを知っている。良く知っている。

 だからこそ、こんなに軽く持ち上げられるわけはないことを、一番良く知っている。


 パタパタと手の中で泳がせた後、取り落す。

 盾からはガシャン! と重い鉄の音が確かにした。



「アーサー、今度はあのテーブルに手をかけてみろ。

 板面の下に手を入れて、自分が持ち上げる想像をしてからな」

「…う、うん」


 部屋の真ん中に向かったアーサーはリオンに言われた通り、みんなでの食事に使っている大きなテーブルに手をかけた。

 一度だけ、眼を閉じて…目を開くと同時に手に力を入れる。

 

「わあっ!!」

 

 今度はさっきよりも大きな悲鳴が上がった。

 10人以上が一度に食事ができる、豪華な装飾の施されたテーブルは、板面の半分の大きさしかないアーサーに片手で持ち上げられている。


「な、なんで?」

「やっぱり、ですね…」


 フェイが息を大きく吐きだす。

 それはあからさまに見せるため息にも見えたけれど、私には直ぐに違うと解った。

 押さえた口元に、目元に、明らかに楽しそうな笑みをフェイは隠している。

 

 これは、意地悪してからかう流れだ、と思ったので私はその前に教えてあげる事にした。


「アーサーのギフト、だよ。多分」

「マリカ…」


 あ、フェイが悔しそうな顔してる、

 でも無視だ。

 これ以上、自分の状況が解らずパニックになってるアーサーをいじるのはかわいそうすぎる。


「え、おれの…ギフト?」

「そう。アーサーは自分の力で、盾を持てるようになったの」


 私はロッカーの上から、あのマジックシールドを取るとアーサーの前に差し出した。

「ずっと、盾を持てるようになろうってがんばってたよね。

 盾の重さ、戦う意味、真剣に考えて訓練してた。

 だから、きっと…盾が持てるようになったんだよ」

 

 震える手で、シールドに触れようとするアーサーには躊躇いが見える。

 けれどそれは、


「よかったな」 


 リオンがぽんぽん、とアーサーの背中を叩いたことで霧散した。

「うん! やったあ!! おれのギフトだ!!」


 アーサーはシールドを受け取って胸に抱くと大きく飛び跳ねた。

 そのまま、満面の笑みでジャンプを繰り返す。

 嬉しくて嬉しくてたまらない、と全身が言っている。


「少し落ち着きなさい!」

「うわっぷ、フェ、フェイ兄…」


 浮かれ放題に浮かれていたアーサーはフェイに水をかけられてシュンと顔を下げた。



 あ、水をかけられた、というのは比喩的な意味ではなく本当に。

 ちょっとフェイ兄。

 弟を落ち着かせるのに杖出して、魔術使いますか?

 フツー。



「フェイ…」 


 いつもの極寒、冷気オーラ全開でアーサーを睨むフェイにリオンは苦笑いしているが、止めるつもりはないらしい。

 黙って見ている。

 私も、あんまりアーサーが有頂天になるなら声をかけようと思ったけれど、ここはフェイに任せよう。

 適材適所ってことで。うん。


「少なくとも僕は、アーサーが盾に頼ることを良いとは思っていませんよ。

 まだ、剣も弓も他の武器も、戦い方の基本も知らないのに自分の方向性を一本に決めつけてしまっては成長がありません」


「う~~~」


 ぐうの根も出ない正論。

 反論する事も出来ずアーサーは、立ち尽くすがそれでもしっかりとシールドを抱きしめている。

 絶対に離すものかというように。


「だから…」


 フェイは大きく息を吐くと、杖を肩に担いで笑う。

 アーサーを見下ろすその蒼い眼には見えづらいけれど、でも弟の成長を喜び、見守ろうとする優しさがあった。


「学びなさい。他の武器や戦い方も。

 ギフトがあれば、どんな武器でも訓練しだいで扱えるようになるでしょう。

 その上で、シールド使いを目指すなら、僕はもう何も言いません」


「…フェイ兄…」


 いつも厳しい兄の遠回しな激励は、でも、ちゃんとアーサーに届いたらしい。


「おれは、一人だと、たたかえないとおもう。

 だから、盾がほしかった。

 じぶんと、みんなを守るために…。もう、だれにもめいわくを、かけないように」

 

 アーサーは、ぎゅっと、盾を胸に抱いて思いを語る。

 顔を、真っ直ぐに上げて、フェイを、リオンを、そして私達を前に、告げるアーサーの言葉は私には誓いに思えた。 

 

 盾と兄弟に誓う、自分への約束。



「ほかの武器も、れんしゅうする。

 だから、おしえて。

 もっともっとれんしゅうして、つよくなって、そして盾でフェイ兄や、リオン兄、みんなを守るから!!」 


「おう、頼むぞ」

「アーサーに守られる程、落ちぶれたくはないですがね」



 二人の兄の祝福を受けて、アーサーはてへりと、嬉しそうに笑う。

 その眼には今までになかった自信と、決意、そして意欲が溢れているようだった。




 アーサーのギフトは怪力、とはちょっと違うようだ、とそれからの検証に付き合ったリオンは教えてくれた。

 筋力が強化されたわけではなく、手に持った物の重さが分散されて感じられなくなる。という感じらしい。

 

 少しホッとする。

 力がコントロールできずに物を壊したり、まだ成長期未満の身体に負担がかかりすぎることは無さそうだ。

 そして、ギフトとは、本当に不思議なものだな。と思ったのだった。



「よかったね。アーサー」

「すごいね、すごいね。アーサー兄」


 みんなに祝福されて、喜ぶアーサーからふと、視線を外し横を見る。

 気が付くとそこにいる、と思っていた子がいなかった。



「エリセ?」

 私は一人、部屋を出てエリセを探す。



「…解っていますよ。シュルーストラム」

 フェイのそんな呟きは聞こえなかった。 

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