魔王城の秋
木々の緑が緩やかに風合いを変える。
濃緑から薄緑、そして黄緑から赤へと。
夏の鮮やかな味わいの果物や野菜は、徐々に姿を消し、秋の濃厚な果実やキノコとその場所を交換していく。
季節の変わり目。
私達は忙しい日々を過ごしていた。
「おーい、落とすぞ。しっかり取れよ~。ぶつかるなよ~」
「わかった~~」「た~~」
木の上から声をかけたリオンの言葉に、下で籠を持って待つギルとジョイが手を振った。
子ども達の様子を見ながら、ぶつからないように気を付けて、リオンは木の実を取って下に落としてくれる。
「おっこってきた!」「それいけーー!!」
二人は落ちてきた木の実を競争のように集めている。
今日は、秋の収穫デー。
子ども達も連れて水場近辺で、冬用の食べ物を集める事にしたのだ。
リオンの事故以降、私は逆に積極的に子ども達を外に連れ出すことにした。
まだ水場とその近辺まで、だけれども。
そこで、森での約束。
やっていいことと、悪い事。
自然の力と恵みをしっかりと教える事にしたのだ。
一番最初に大きな事故を見てしまったのが良かったのか、悪かったのか。
みんな外での活動に、緊張感を持っている。
勝手に森の奥に行こうとする子などは殆どいない。
ちゃんと約束を守ってくれるのはとてもありがたいと思った。
私もリオンやフェイと協力、連携して子ども達の安全には注意している。
まあ、ちょっと目を離すと。
「いくぞー」「さあ、こい!!」
「ちょ、ちょっと! せっかく拾った木の実でなげっこしないで!!!」
遊んでしまったりはするんだけれど。
「これは…クルミに似てる?」
ジョイとギルが集めてきた(&ついでに遊んだ)木の実を回収した私はくんくんと匂いを嗅いだ。
緑色の固めの皮で包まれた木の実を私は割ってみる。
中から出てきたのは、やっぱりクルミによく似た、固い殻で覆われた実だった。
「ミクルの実は中の種部分から良い油が取れますよ。
食べてもけっこう美味しいです」
フェイが教えてくれる。彼はアルやヨハン達と茸を探してくれていたようで籠はもういっぱいだ。
「硬い殻で包まれているので、実を取るのが大変ですけど…」
手のひらに置いたクルミ、じゃなかったミクルの実の殻をギフトで砕く。
粉々になった殻と一緒に手のひらにころんと、中の胚乳部が転がった。
「マリカがいたら心配ないようですね」
くすくすと笑って作業に戻る。
「おいしい?」
「食べてみる?」
私は足元に座るジャックとリュウに木の実を半分に割って食べさせた。
もぐもぐ、一生懸命に口を動かす二人。
ミクルの実は果物のように解りやすい甘さは無いけれど、歯ごたえと脂分、そして香ばしさはなかなかのものだ。
「おいし!」「もっと!」
「ごめんね。もっとたくさん集めてから。そしたら今度はもっと美味しくお料理してあげるから」
手を伸ばす二人は、ちゃんと話せば解ってくれたようだ。
我が儘を言わず、敷物の上でまた遊び始める。
この魔王城の島の森は、本当に豊かだった。
夏の頃には、エナの実が沢山とれた。
トマトによく似たエナの実はスープに入れても格別。生で食べても美味しいといいことずくめで夏の食卓を彩ってくれた。
季節が変わった今は、もう殆ど見当たらない。
無くなる前に集めて、ゆでてホールトマト、じゃなかったホールエナをたくさん作って保冷庫に保存してあるので、暫くは楽しむことが出来ると思うけれど。。
できれば、トマトケチャップとか作ってみたいけれど、香辛料とかハーブが無いと難しいかもしれない。
…流石に私も、昔ちょっとマンガで見た手作りケチャップの作り方は正確には覚えていない。
時間がある時、試行錯誤してみようと思う。
ホールトマトでも十分美味しくなるし。
もう見なくなったと言えばセフィーレやピアンの実も秋になって来て姿を消した。
セフィーレはリンゴによく似た感じ。
ピアンは桃と洋ナシを混ぜたような感じで、どちらも爽やかに甘く、美味しかった。
特にピアンのジュースは絶品で、一日一杯と決めていても取りあいになるほどだった。
貴重な甘味として食卓を彩り、子ども達の食欲大幅アップに協力してくれたそれらは残念ながら、夏限定の果物だったらしい。
終わり間際に慌てて集めた実は、煮詰めてジャムもどきや、コンポートもどきにしてある。
お砂糖がないので、ハチミツを少し入れただけのシンプルなものだけれども味は悪くない、と私は思った。
時々、デザートに出して子ども達の楽しみになっている。
他にも木苺や桑の実、こけももに似た木の実も夏にはあって、ジュースやジャムにして味わうことができた。
冷凍した分もあるので冬にも使って行こうと思う。
玉ねぎそっくりなシャロの実はたくさん収穫して、台所に干しておく。
冷蔵庫は、確かあんまり良くないのだ。
玉ねぎは料理を作る時大事な、縁の下の力持ち。
来年の春まで大事に使って行こう。
「お砂糖、欲しいなあ」
最近、切にそう思う。
魔王城は子どもばかりだから、やっぱり甘味は大人気だ。
けれど、手近に存在する甘味は森の中に生息するハチのミツ程度しかない。
そしてハチミツを取るのはけっこう大変だと知った。
日本では養蜂などである程度安定供給されていたけれども、子ども達の安全を考えるとここでは無理だ。
なので、こっそり巣に穴を開けて頂くしかない。
夜中にハチが寝静まった頃にこっそり、私がハチの巣に穴を開けて頂いている。
ハチさん。ごめんなさい。
そういう訳で、少量のハチミツを大事に使っているので日本の甘味に慣れた身としてはこっちで作るジャムやコンポートは甘みが薄い。
だから、まだジャムもどき。コンポートもどき。だと思っている。
ようやくこの間、初めて収穫した小麦粉でまとまった量の小麦粉を作ることができた。
野生化した畑から採ったものなのでそこまで多くは無いのだけれど。
水と、小麦粉、ハチミツ。
それから狩りをしていた時に見つけたとリオン達がもってきてくれたクロトリの卵で作ったパンケーキもどきを作ったのだけれど、それは子ども達に好評だった。
シロップも何もないので、ジャムとコンポートを添えただけだけど。
とっても、とっても!! 驚くくらい好評だった。
比喩じゃなく目の色が変わったもんね。
「凄いな! これ!」「どうやって作ったんです?」
リオンやフェイまでホンキになって食べていた。
そして、小麦畑の拡張は即座に決定される。
パンケーキの魔力、恐るべし。
この世界は、基本的にみんな「食べなくても死なない世界」
お金持ちは娯楽で食事をするけれど、貧乏人が節約できるのはまず食べ物になるので、食事も取らない者が多いのだそうだ。
もったいない。
と思う。
食事は生きる糧だ。命の源だ。
命を頂く事で、身体に力が付き、美味しいものを食べる事で、心も体も元気にもなる。
だから、私はできるだけみんなに食事を楽しんで貰いたいと思うのだ。
で、お砂糖欲しいなあ、に戻る。
お砂糖があれば、料理のバリエーションが一気に広がると思う。
まず、お菓子をたくさん作れる。
それからケチャップやソースなどの調味料も作れるかもしれない。
でも、それが難しい事も解っていた。
砂糖と言えば、サトウキビやサトウダイコンから取っていた、と思う。
以前、沖縄に修学旅行に行った時、サトウキビの汁を煮詰めたものを使って黒糖作りの体験をしたことがある。
サトウキビの汁を煮詰め、その水分を抜く事で糖分を固形化するやりかただ。
でも、この世界にサトウキビやサトウダイコンはない。
いや、あるのかもしれないけれど、私には解らない。
島の外にはあるのだろうか? あっても安定供給されているのか?
私は頭を横に振った。
いくら考えてもどうしようもできないことは、考えないに限る。
そろそろお昼だ。お腹もすいた。
「みんな~、ごはんにしよう!!」
大きな声で皆を呼ぶと
「やったー」「ごはんだごはんだ」
森のあちこちから皆が集まって来たのだった。
大きな布を広げて、そこにみんなで座り、いただきます、をする。
「はーい、見てみて! 今日のおひるはマリカ姉のとくせいだよ!!」
エリセが自慢そうに微笑んで、お弁当の入ったバスケットを開けてみんなに配ってくれた。
今日のお弁当はオープンサンド。
試作品の天然酵母食パンに焼肉や、ハンバーグ、目玉焼きなどをのせてある。
パンとお肉の間には玉ねぎの薄切りならぬシャロの実の薄切り。
ソースはエナの実のケチャップ風。
みんな頑張って仕事をしてくれたので少し、豪華にしてみました。
「うわっ、ふわふわ~」
パンを齧った子ども達の目が丸くなる。
うん、うん、良い反応ありがとう。
あ、もしかしてちゃんとしたパンを食べるのも初めてかな?
私も一口食べてみる。
まだ市販の薄力粉や強力粉ほどキレイな小麦粉は作れないけれど粗びき小麦を使った食パンは、外側はカリッと、中はふわっとしていて噛みしめる程に味があって、なかなかに美味しい。
それに素材のうまみたっぷりのお肉のジューシーな味わいが合わさあっていい感じである。
これに、レタスとかあれば最高なんだけど、まあ贅沢は言うまい。
「マリカは、ホント料理上手だな。エリセも…これ本当に美味いぞ」
「食べるという事が大事で幸せなことだ、と実感しますよ」
「えへん! そうでしょう?」
エリセも自慢げに胸を張る。
…褒められると、とても嬉しい。
おかずを先に食べてしまい、パンだけむしゃむしゃと、食べ始める子もいたけれど、喜んでもらえるのはすごく嬉しい。
まだ量が少ないから、パンを主食にはできないけれど、小麦粉をたくさん作れる様になったら、果物を入れたパンとかいろんなものを作ってあげたいと思う。
ミクルの実を入れたミクルパンなんて、きっと美味しい。
いっぱい食べて、いっぱい育ってほしい。
みんなで食べる食事は本当に楽しい、ステキで大事なコトだから。
食事を終えた子ども達は、大半が、そのまま大あくびをはじめた。
パンを握りしめたまま、こっくりこっくり舟をこぐ子もいる。
「今日はみんな頑張ったもんね。
ここでちょっとお昼寝していこっか」
私が言うと、みんな大喜びで布の上に寝転がり、あっという間にすうすうと幸せそうな寝息を立て始めた。
暑くもなく、寒くもないステキなお昼寝日和。
ジャックとリュウは、私の膝で膝枕だ。
「お、アルも寝ちまったな」
子ども達と一緒に寝るのは、とプライドが邪魔していたらしいアルだけれど、とうとう我慢しきれず身体を倒す。
起きているのは、私とフェイとリオンだけ。
さらさらと、気持ちいい風が流れる穏やかで、優しい時間が広がっていた。
初めてこの世界で、目覚めた時は一面の緑だった木々は、今はすっかり色を変えている。
朽葉、茜、小豆色、柿色、梔子、胡桃色。
向こうの世界とやはり、完全に同じではないけれどやはりこの世界にも紅葉があるんだな。
と懐かしい気持ちになる。
季節は夏から秋へ、そして冬へと確実に変わっていく。
不老不死の世界でも、時間は止まることなく流れて行くのだ。
このまま、静かな時間がずっと続けばいい、と思う。
でも一方で、島の外を思うとこのまま、ここで幸せにしていていいのか、とも思う。
外の世界で苦しい思いをしているであろう子ども達のことを思うと、特に。
誰も、何も言わない。
子ども達の寝息と、風の音、そして虫の歌う秋の調べに囲まれて。
リオンは足を組んで寝そべったまま、
フェイはその隣に腰を下ろし。
私達は、ただ黙って秋の森と高く広がる空を感じていた。
その大発見は、午後も大分過ぎてのことだった。
「あれ? この葉っぱ…」
私は足元に落ちていた赤い葉っぱを拾い上げる。
この葉っぱの形に見覚えがある。
カエデ種だとは思う。
キレイな朱色に染まっている。
ただ、日本の良く見るモミジタイプではなく、三本に分かれた葉の先が広がっているこの形は…外国の旗を思い出させる。
遠い北の国。
あそこの特産は、確か…。
「え? もしかしてこれ、サトウカエデの木?」
サトウカエデなら、もしかしたらメイプルシロップが取れるかもしれない。
メイプルシロップからメイプルシュガーも確かできた筈…。
ああ、お砂糖!
お砂糖ができたら、お菓子をいっぱい作ってあげられる♪
パンケーキにシロップかけたら最高なんだよね。
私の願望かもしれない。
サトウカエデではなくて、他の種類かもしれない。
でも、確かカエデ種ならサトウカエデそのものでなくてもシロップは取れると聞いたことがある。
「なに笑ってるの? マリカ姉?」
いけない。いけない。
顔に出た。
私は緩み切った頬をパチン、と叩いて引き締める。
まだ、確信は持てないから今は、黙っておこう。
メイプルシロップが取れるのは確か、冬の終わりだった筈だし。
でも…でも…
「へんなマリカ姉?」
私はエリセに不審がられても、幸せな夢に頬が緩むのを止める事はできなかったのだった。
人海戦術でがんばったので、食材は結構な量が採れた。
茸や、木の実が籠いくつもになっている。
これからいろいろ加工していきたいと思う。
茸は、干しシイタケみたいにできるかな?
できたらいいダシが取れるかもしれない。
と考える。
14人の冬支度にはまだまだ足りないので、もうしばらく頑張らないといけないと思うけど。
ミクルのたくさん入った重みのある籠はリオンが持ってくれた。
私もキノコの籠を持とうと思ったけどその時
「だっこ!」
ジャックが手を伸ばして来た。
さて、どうしよう。
確かに、今までも森に来た帰りはリュウとジャックはだっこして帰ることが多かった。
段差がけっこうキツイとこもあるので。
籠を持っていてもジャックをだっこしてあげることはできなくもない。
でも、ジャックをだっこするともれなくリュウもだっこしないといけなくなる。
籠とジャック&リュウ。
大人だった私ならできなくもないけれど、今の身体は小学校低学年。
頑張ってどっちか一人だ。
アルもフェイも、リオンもそれなりの荷物を持っている。
「マリカ姉、私がキノコの籠持つね」
エリセがそう言って荷物を持ってくれたので、一人は安全にだっこできる。
…さて、あともう一人。
そう考えていた時、救世主が現れた。
「しかたないなあ。ジャック。オレがだっこしてやるよ」
「アーサー?」
アーサーが、ひょいとジャックを抱き上げたのだ。
「マリカ姉。リュウよろしく。ジャックはおれがつれてくからさ」
「大丈夫か? アーサー?」
「これくらい軽い軽い」
アーサーはそう言うと、ジャックをだっこしてスタスタ歩き始めた。
リオンと一緒に段差も、ひょいひょい超えて行く。
軽々といった感じで無理をしている様子はない。
さらには、身体を持ち上げて肩車まではじめた。
「ホントにアーサー、だいじょうぶ? ジャックおとさないでね」
「毎日、きたえてるもん! へいきさ」
アーサーの後ろ姿を見守りながら歩いていく私は、ふとあることを思った。
「ねえ、フェイ兄、リオン兄、もしかして…」
振り返る私に、リオンとフェイが頷く。
「そうかもな」
「ええ、帰ったら、確かめてみましょう」
「よーし、はしっていくぞ。しっかりつかまってろ。ジャック!」
「だからまちなさい。あぶないってば!」
楽しくで幸せな、秋の一日の終わり。
新しい何かが、動き出そうとしていた。
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