魔王城の目標設定

 フェイと、リオンが『戻って来た』夜。


 私達は、改めて地下宝物庫から持ってきた品物の配分を行うことにした。


 金貨や銀貨はとりあえず、手近な場所で保存と決める。

 宝飾品も同じだ。

 一部の宝石はビー玉や、おはじきもどきに変えてしまったけれど、細工の施されたアクセサリーなどはしまっておくことにした。


「好みのものがあれば、いくつか持ってってもいいぞ」


 とリオンは言ってくれたけど。

 そもそも保育士は日常、アクセサリーなどつけられないのだ。


 ペンダントとかならともかく、豪華すぎるネックレスなど子どもをだっこするのに邪魔。

 指輪やブレスレットも子ども達の顔に傷をつけてしまうかもしれない。

 そういうわけで使い道は無い。

 だからいらない。


 後は魔法の武器防具などの整理だ。

 魔王城の宝物庫の秘蔵品である剣が何本かと弓矢、短剣、盾、軽鎧など。

 どれも軽量化の魔法、じゃなくって魔術がかけられていたようで私でも扱うことはできる。

 技術が無いのは本当にどうしようもないのだけれど。


「あ~あ、剣道でも習っておけば良かったかな?」

 落ち込む私に


「無理はしなくていい。

 お前は後ろで、俺達の背中と子ども達を守っててほしいんだ」


 リオンはそう言ってくれた。

 優しい気持ちは嬉しい。


 とりあえず剣を一本だけ貰って、大広間のロッカー上。

 子ども達の手の届かない所に置くことにする。

 護身用、というか、不審者対策というか、今は、まあ気持ちを助けてくれるだけだ。

 でも、機会を見つけて、ちゃんと使い方を習いたいと思う。


 子ども達は、私が護るのだ。





「弓矢は、僕が借りていいでしょうか?」


 フェイがそう言うので、誰の異論も無く弓矢はフェイ預かりとなった。



「魔術師になっても武器使うの?」

「なんでもかんでも魔術を使うのは、力の無駄ですからね。杖も拗ねます」


 私の質問に肩を竦めながらフェイは言った。 

 聞いたところによると…前にエルフィリ―ネが話していたことで少し察しもついていたけれど…魔術師の杖、というのは精霊が化身したもので高位のものには人格があるのだという。

 エルフィリーネ曰く「気難しい」その精霊は、フェイとは今の所、上手くやっているらしい。


「ただ、僕には基礎知識がない。と怒りますけどね。

 こればっかりは仕方がない。冬になったら魔王城の書庫に籠って勉強しますよ」


 …フェイがこれ以上勉強したらどうなるのか、正直怖い。

 魔術師の絶対条件が知性というのなら、これ以上の適任もいないのだろうけれど。




 話が逸れた。


 軽鎧に関しては、まだ誰の体格にも合わないのでとりあえず、宝物蔵に戻すことになった。

 私が必要なら形を変える事も考えたけれど、既に魔術のかかったマジックアイテムを下手に弄って壊してしまっては申し訳ないとも思ったのだ。

 もう少ししたらぐんぐんと、体格が成長しつつあるフェイやリオンに合う様になるかもしれない。




 短剣を見て目を丸くしたのはリオンだった。


「よくこんなものが…残って…」


 一本の短剣を食い入るように見つめている。


 それはとても美しい短剣だった。

 短剣、と言うかダガーなのかもしれない。


 余計な装飾は殆どない。鞘にも柄にも一つの宝石もついてはいない。

 けれど、その短剣は刀身全体からまるで月光が結晶し形を取ったような、青く、美しい光を放っていた。


 

「これは…カレドナイトですか?」

 剣から視線を放さないリオンの背中からフェイが剣を覗き込む。


「カレドナイト?」

「とても貴重な鉱物ですよ。星の息吹が結晶したものと言われています。

 固く、強く、美しく精霊の力を伝え増幅すると魔術師や精霊術士、剣士などに愛用されたとか。

 でも、もう枯渇したと伝えられ何百年以上も新しい鉱山は見つかっていない。

 だから今やその価値は天井知らずと言われています。養い親が欲しいとわめいて大騒ぎしたことがありまして。

 僕も実物を見たのは初めてです」


 なるほど。

 ファンタジー世界のレアメタル。

 ミスリルとかそんな感じかな、と納得する。


「リオンは、それが気に入ったの?」

「あ…、気に入った、というか…その…」

「?」

「…いや。気に入ったんだな。

 うん。マリカ、この短剣、俺に使わせてくれないか?」


 なんだか、リオンには珍しく歯切れが悪いけれど、欲しいというのなら反対する理由はない。

 魔王城で、まだ武器をちゃんと扱うのはリオンとフェイだけなのだから。


「いいよー」

「ありがとな」


 鞘に戻した剣を、リオンはぎゅっと、胸に抱きしめた。

 きっと、大切にしてくれるだろう。




「オレも、剣を一本預からせてくれ」


 そう言ったのはアルだった。

 私は少しビックリして瞬きする。

 アルが武器を扱っているところは、実は見たことが無い。

 狩りとかも含めて、本当に一度も無い。


「使えるの?」

「…いや、でもリオン兄に教えて貰う。

 自分の居場所は、自分で守らないとな」



 …イヤだな。



「マリカ? どうしたんです?」


 フェイが、心配そうに私を見た。

 どうやら顔に出ていたらしい。

 私は、子どもに武器を持たせるのは、本当にイヤだと思う。

 リオンやフェイが武器を持つ事も、あんまり気が進まなくはあるのだ。

 狩りだから、身を護るため、と納得させているけれど。


 でも…。


「無理は、しないでね」

 私は剣の一本を取るとアルに手渡した。


 自分達の居場所は、確かに自分達で守らなければならない。

 子ども達を守ると言い切っても、私一人では限界があることも解っていた。


 その為に学ぶというのなら。

 思いは尊重されるべきだと思ったからだ。


「無理は、本当にダメだよ」

「ああ、気を付ける」


 アルはそう約束してくれた。




 最後に残ったのはラウンドシールドだった。

 バックラーとも呼ばれている、裏に手を入れる革ひもがついていて、片手で剣を振る時に、もう片方の手に装着し、敵の攻撃を受け流す為のものだ。

 決して大きな盾ではないが今の私にとっては上半身全てが隠れてしまうくらいの大きさはある。



「…なあ、この盾、おれがもらっちゃ、ダメ?」

「ダメ!」


 ほぼ、脊髄反射だった。

 しまった、とは思う。

 今まで極力「ダメ」という言葉は使わないように気を付けていたのに。


 現代保育でも「ダメ」という言葉は使わないように指導されている。

 子どものやる気を剥ぎ、成長を阻害する。大きな原因の一つとされているのだ。

 何かを止める時には理由を告げたり、代案を出すなどが一般的。

 頭ごなしの否定は避けるように私自身気を付けてはいた。


 でも、許して欲しい。

 リオンやフェイが使うというのなら納得した。アルでも理解した。


 でも、盾が欲しい、と言ったのはアーサーだったのだ。



「えー、なんで?」


 頬を膨らませるアーサーに今度は丁寧に説明する。

「まだ、アーサーには難しいんじゃないかな? ほら、見て?」


 腕紐に軽く手を通し前に出させる。

 私にも大きかったラウンドシールドは、アーサーにはさらに大きい。


「この盾は、片手に持って、片手で戦う時に使うものなの。

 アーサーが持ったら戦うことは、できないでしょ?」

「できるさ。この盾、すっごくかるいし。ぶきはなくっても、これでとっしんすればよくね?」


 紐を腕に通したまま、ひょいひょいとアーサーが振り回す。

 まずい。軽量化の魔法が裏目に出た。


「おれさ、いっつも狩りのとき、あいてにつっこんではねとばされるんだ。

 だったら、盾でまもればいいんじゃないか、っておもって」

「つっこまずに、待つとか距離を開けて、攻撃するとか考えろといつも言ってるでしょう?」


 呆れたようにフェイがため息をつくが


「むり! まつとか、おれダメだ。

 てきを見つけたら、先にきもちがはしっちゃう」


 アーサーはそう言い切った。


「だから、それを直せと」

「なおすより、盾でとっしんした方がはやいとおもう。

 あいてがひるんだら、フェイ兄やリオン兄がきめてくれるだろ?」


 思考は子どもそのものだが、ある意味アーサーは自分の性格をちゃんと分析していると言えるかもしれない。

 積極的な攻撃手段を、まだ持たされていない。ということもあるのだろうが、その中で自分のできることを考えた結果なのだろうか?


「なあ、ダメ?」


 首をかしげて問うアーサーに、私は、考え、考え、考えた末


「エルフィリーネ」

「解りました」


 一つの課題を出すことにした。



「アーサー。それ持って」

 エルフィリーネが倉庫から持ってきてくれたそれをアーサーに渡す。


「なに…これも盾…っておもっ!!」


 軽量化の魔法のかかってない本物のラウンドシールドだ。

 鉄製でしっかり作られている。

 10kg以上あるだろう。

 当然、アーサーは持てずに取り落してしまった。


「それが、本当の盾の重さ。

 戦う意味の重さ、って考えて」


 戦う意味は、軽量化の魔法などで誤魔化してはいけない。と思う。

 本来は、そんなものはないのだ。


 剣だって、盾だって、重い、重い鉄の塊。

 それを扱えるように訓練し、身体を鍛え、努力しその果てに戦士は生まれる。



「アーサーが、誰の手も借りず、本物の盾を持てるようになったら、あのシールド使ってもいいよ」

「ホント?」

「うん。アーサーが一人で盾を持てるくらいまで力を付けて、戦う意味とか、自分の戦い方を考えて、その上であの盾を使うならいいと思う」



「どうする?」

「やる!」




 私の問いかけの返答は秒で返り、その日から、アーサーのロッカーの上にはマジックシールドが、中には鉄製のラウンドシールドが飾られることとなった。


 今もアーサーは毎日訓練を続けている。


 幼稚園年長児が10kgを簡単に持つ事はできないが、リオン達にアドバイスを貰いながら狩りやトレーニングを続ける事で確実に力をつけてきているようだ。

 もしかしたら1年位…で持つ事ができるようになるのではないかと見込んでいる。

 その時には、勿論ちゃんと盾を渡すつもりだ。


 盾を使い、皆を守る。

 それも大事な戦い方の一つだと思うから。




 盾ともう一つの宝物を目標に、アーサーは毎日がんばっている。



『これやるよ。お古で悪いけど…ずっと使ってきたものだ。

 大事に使ってくれると嬉しいな』 


 リオンがそんな言葉と一緒にアーサーに渡したのは、本物のナイフだった。


 魔法のアイテムじゃない。分厚く重く、鋭い本物の鋼の刃。

持つとずっしりとした重みが伝わってくる。

 使い込まれたものなのに一つの錆も刃こぼれも無い。

 言葉通り、大切に使ってきたものだと解る。



 日本だったら、子どもに持たせるのは危ないと、取り上げコース一直線だけれど、この世界で先達が、後輩に向けて信頼と一緒に贈ったものを取り上げる程、私は過保護ではないつもりだった。

 万が一、ナイフをひけらかしたりむやみにふるうようだったら止める事も考えたけれど、勿論アーサーはそんなことをしなかった。


 リオンに言われた通り、大事に大事に使っている。


 心配は、多分ないだろう。




 新しい武器の使い方を学び、文字を覚え、野菜を育て、料理を作る。

 時に皆で外に遊びにいったりと、それぞれがそれぞれの目標を胸に、穏やかな日々を過ごす中。


 季節はゆっくりと、夏から秋へと変わろうとしていた。

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