変化と『変生』

 地下探索の翌日。

 宝物庫から持ってきた品物を、子ども達と一緒に確認することにした。


「意外に使えるもの、そんなに多くないな」

 アルが品物を見回しながら肩を竦めた。



 金貨や銀貨は今の所、私達の役にはたたない。

 魔王城で自給自足生活している以上、使う所は無いからだ。


 宝飾品も、今はまだ子ども達のおもちゃにしかならない。

 …まあ、いずれ使う方法を考えたい、と思ってはいるのだけれど。


 一番直ぐに役だったのは、絵の具だった。

 色を付けると今まで木の地色しかなかったオモチャが一気に美しくなった。

 あいうえお積み木も、ステキに見やすい。

 子ども達も大喜びで取りあい遊んでいる。


 魔法を帯びた武器はいくつかもってきた。

 魔王城の宝物蔵に在った品物だ。

 もしかしたら、特殊効果とかかかっている凄い剣なのかもしれないけれど、私達には解らない。

 どれも軽量化の魔法がかかっているようで、私達にも持てる。

 と思うだけだ。



 剣の一本を手にとって鞘から抜く。

 現実ではしたことが無い経験で少しドキドキする。


 白い光を放つ刀身は、触れただけで切れそうな程鋭い。

 何百年も使われていなかった筈なのに、まるで昨日出来上がったような美しさなのは、流石魔法の品だと思う。

 そして、本当に軽い。

 宝石と装飾のついた割に驚く程軽くて、この小さな身体でも扱えるかもしれないと思った。


 子ども達にはできれば武器を持たせたくはない。

 この世界では仕方ない、と言ってもこれは、もう私の信念。


 そして、子ども達に戦わせない為には、私が強くなるしかない。



「でも剣の使い方、なんて知らないもんね…」

 刀身を見つめ、私はため息をつく。

 剣道をやっている友人もいたけど私は未経験だ。

 ふりまわすだけで何とか成る程、戦いは甘くないのは解ってる。

 どうせ、異世界転生するならチートな戦闘力でも貰えたら良かったのにと思わなくもない。


 ため息が落ちる。

 ここが、今の魔王城の限界だ。


 魔王城と城のある島の中でなら私達は幸せに暮らしていけるようになった。

 でも、うかつに外には出られない。

 外に出れば、私達は人権の与えられない、子どもでしかないのだから。


 不老不死でもこの島では死ぬ。

 魔王城を守っているのはその呪いだけだ。

 もし死を恐れず、どこかの国が魔王城の宝を狙って攻め込んで来たら、今の私では子ども達を守り切れないだろう。


 その可能性は無い、とは言えない事を昨日の探索で私は思い知ったのだ。



 かつてこの城は能力を持つ王が統べ、騎士や魔法使いに守られていた。

 多くの宝も有り、守護精霊に守られた、きっと豊かな城だった。


 でも、滅んだ。

「魔王」という冠を被せられて。


 この平和は永遠ではない。

 いつか来る時に備えて、覚悟を決めなくてはならないだろう。



 剣を見つめながら考える私を

「マリカ」

 囁くように呼ぶ声がする。


「リオン、どうしたの?」

 剣を鞘に戻した私は声の方に振り向いた。

 そこには、リオンがいる。

 いつもの飄々としたリオンとは違う。

 焦りと戸惑いをその顔に隠すことなく浮かべている。


「フェイが、倒れた」

「えっ!」


 私にだけ聞こえる様な小さな声で告げたリオンは、慌てる私に彼は指を一本立てて唇に当てて見せた。

 みんなには、まだ言うな。

 ということだろう。


「凄い熱だ。昨日の探索が原因かと思うけど、理由と状況が解らない。

 チビ共に内緒で、ちょっと来てくれないか?」

「解った。エルフィリーネ…」

「私も、ご一緒してもよろしいでしょうか?」


 子ども達を頼もうとしたエルフィリーネは、私が言うより早く、隣に進み出て私に問いかける。

 その眼と、宝物蔵での会話。

 私はハッとした。


「フェイが倒れた理由…知ってるの?」

「はい。できればお二人にはお話しておいた方が良いかと思いました」


 静かに頭を下げたエルフィリーネの顔からは意図が詠めない。

 苛立つ顔で唇を噛んだリオンは、それでも冷静に判断したのだろう。


「解った。

 来てくれ。俺も、聞きたい事、確かめたいことがある」


 首をくい、と動かし、そのまま部屋を出てしまった。


「あれ? 今のリオン兄か?」

「アル兄、私、ちょっとエルフィリーネと出てくる。

 ちょっとの間、みんなをお願い」

「いいけど… なんかあったのか?」

「なんでもない。すぐ戻るから。みんなアル兄の言うこと聞いていい子にしててね」

「はーい」




 子ども達を誤魔化し、私は先に部屋を出たリオンを追う。

 昨日降りた階段の横をすり抜け、住居棟に入り、彼らの部屋の扉をノックした。


 返事は当然返らないけれど、私は扉を開けて中に入る。


 そこにはリオンの言う通り、ベッドに横たわるフェイがいた。

 普段、リオンもだけどフェイも、自分の弱みを見せる事は滅多にない。

 見せるとしたら…大けがをしたあの時のように…よっぽどの時なのだ。



「ちょっといい?」

 私はベッドサイドに立つリオンに声をかけてフェイの枕元に立った。

 額に手を当てると


「あつっ!」


 明らかに尋常じゃない高熱を発している事が解る。

 普通に熱がある。レベルじゃない。

 下手したら40℃超えだ。


 脈拍もかなり早いし呼吸も荒い。

 何より、フェイの身体を不思議な靄のようなものが包んでいる。

 これは、明らかに異常だ。

 フェイの身体の中で、何かが起きていると思って間違いはない。



「昨日の探索の後、部屋に戻って直ぐにこうなった。

 何があったんだ? 話してくれ」



 私はエルフィリーネの顔を見るが、エルフィリーネは動かない。

 微かに頭を下げて私を見るだけだ。


 それを私は先に説明を、ということだと解釈してリオンに向かい合う。

 私が知っている事は少ない。

 ただ、昨日の宝物蔵での話。

 フェイが魔法の杖を見つけ、それに触れるまで、触れてからのこと。

 全てを、解る限り、見た限り正確に伝えたのだった。



「フェイが魔術師を目指しているのは、知ってる。

 だから、ずっと欲しがっていた魔術師への道、杖を目にして我慢できなかったのも解る」


 流石、半身。

 フェイがリオンを一番理解しているように、フェイの事を一番理解しているのはリオンだ。

 フェイの夢も、多分その理由も目的も、何もかも知って、分け合っている。



「でも…」

 だからこそ、リオンの様々な思い。

 自分の無知、何もできない苛立ち、何よりフェイの身を案じる思いが堰を切って溢れだす。


「でも、それで、どうしてフェイがこうなった?

 杖を手に入れて終わりじゃないのか?

 教えろ、エルフィリーネ!!」

「待って、リオン兄。落ちついて…」


 声を荒げ、エルフィリーネの胸倉を掴んだリオンの服を私は必死で止めた。

 最近ぐんぐんと身長が伸び、体格が良くなっているリオンはもうエルフィリーネと体格もそう変わらない。

 むしろ高いくらいだ。

 小さな私の身体では止められない。


 リオンの苛立ち、怒り、思い。

 全てを受け止めるようにエルフィリーネは一切の抵抗も身じろぎも無く、立ったまま



「お二人は、この世界の『魔法』というものをどれだけご存知ですか?」


 私達に問いかけて来た。


「この…世には星の祝福…皆様がギフト、と呼ぶモノの他に、『魔法』『魔術』と呼ばれるものがございます」

「…、知っている。

 万物に宿る精霊の力を借りて行うという術だろう?」


 自分達を育てた養い親が魔術師であったと、続けるリオンにええ、とエルフィリーネは頷いて見せる。


「正確に言うのなら、今、人の世に残っているのは全て精霊魔術です。

 正しい意味での魔術は、主の死と神々の呪いによって全て失われてしまいましたから」


「魔術と、精霊魔術、魔法に違いはあるの?」

「はい。精霊が使う術が『魔法』、人が精霊の力を使って行うのが『精霊魔術』

 そして人と、精霊が共に作り出すのが『魔術』でございます」


 遠い昔を懐かしむ様にエルフィリーネは目を閉じる。


「かつて、大地は神々の争いによって荒れ果てていました。

 大地を癒し、人々を守るために精霊魔術、そして魔術は生まれたと聞きます。

 人は精霊に敬意を持って接し、精霊はその敬意に応え力を貸した。

 やがて人と精霊を繋ぐ『魔術師』が現れ、その力によって人々は穏やかに暮らせるようになりました」


「それが、フェイと一体何の関係が?」

「フェイ様は、今、失われた魔術師になろうとしているのです。

 魔術師は、精霊と人の狭間の存在。

 身体が普通の人間からそうでないモノへと作り変えられようとしている。とお考え下さいませ」


「なっ!!」

「まさか…『変生』をかけたのか!」


 リオンも私も絶句する。


 フェイが、人間で…無くなる?

 『変生』ってなに?

 私の心を読んだようにエルフィリーネは静かに説明してくれた。


「神の呪いと似たようなものです。

 人は、神の呪いを受けてこの世界での不老不死を得られるように身体を作り変えられる。

 魔術師は、精霊の力を最大限に使いこなせるように、人と精霊の両方の力を、その身に宿す。

 不老不死を得る訳ではありませんし、死も寿命も普通に訪れますが、唯人とは違う存在になるのは間違いございません」



「何で、そんなことを!」

「それが、フェイ様の望みでございましたので」


 叩き付ける様なリオンの怒りをエルフィリーネは逃げることなく真っ直ぐに受け止めている。

「フェイの…望みだと?」

「ええ、フェイ様はとても勉強熱心でございました。

 この城に来る前から精霊術と魔術の違いを理解し『魔術師になりたい』とおっしゃったこと、私は忘れてはおりません」


「あ…」


 思い出す。

 エルフィリーネと最初に会った時、そんな会話を二人は確かにしていた。



「フェイ様は、リオン様とマリカ様。

 お二人を守る『魔術師』になる。

 そうお望みでしたので私はお手伝いをさせて頂いた次第です。

 私は、城に残る最高の精霊(杖)を紹介し、精霊(杖)はフェイ様を認めた。

 手に刻まれた刻印はその証。

 全てが終わられた時、フェイ様は真の『魔術師』となっておいででしょう」  


「ふざけるな!!」


 今度こそリオンはエルフィリーネの胸倉を掴んで詰め寄った。

 壁に彼女を叩きつけ、首を絞めつける。

 精霊も息が詰まるなら、確実に死んでいる。

 それくらいの苛立ちと、殺意にも似た怒りを顕にするリオンを、私は止める事ができなかった。


「『変生』はそんなに簡単に施していいものじゃない。

 人の、人間の運命の形を変えてしまう。それはあんた達が一番良く知っている筈だ!」


 怒りに燃えるリオンも怖い。

 けれども、今、私はそれ以上にエルフィリーネに、恐怖を感じていた。

 ふわふわとした優しい守護精霊だと思っていたのに、何の躊躇いなく己の意思を貫く様は、人とは違う理で生きていると知らされる。


「フェイを、人間を! お前の勝手な思惑に巻き込むな!」

「貴方が、それを言える立場ですか?

 …リオン・アルフィリーガ」

「!!!」


「え?」


 突然、リオンの身体から力が抜けた。

 さっきまでの怒り、憎しみ、すべての感情が全て燃え落ちまるで灰になったかのように。

 私は良く聞き取ることが出来なかったけれど、エルフィリーネがリオンの名を呼んだその瞬間だと思う。

 青ざめ、呆然としながらそれでもリオンはエルフィリーネを見つめている。


「なんで…どうして…」

「私は、魂の色で解ると言ったでしょう?

 …それにどうして、私達に貴方が解らないと思うのですか?」


 状況が、解らない。

 会話の意味がまったく解らない。


 けれど、エルフィリーネが今、リオンを見る眼差しは不思議な程に優しい。


「フェイに、貴方が言ったのでしょう? 共に世界を変えようと。

 フェイは貴方の為に力を求めたのです。

 私は、それを、助けただけ」

「俺の…せいか? 俺は…また…」


 ガクンとリオンの膝が落ちる。  

 そのまま床に拳を打ち付けるリオンに 



「…やめて下さい。リオン…」

 静かな声が届いた。



「フェイ!!」



 ベッドからフェイが身を起こしている。

 私達の争う声が、聞こえたのかもしれない。


「大丈夫です。心配しないで…」

 そのまま立ち上がりかねないフェイの横に、私は駆け寄り背中に手を回した。



 身体は熱い。

 このまま溶けてしまうのでは。焼けて灰になってしまうのでは…。

 そう思ってしまうほどの熱を帯びている。


 熱が下がっているわけではない。終ったわけではない。

 むしろこれからなのだ、と解る。



「僕が、願った事。僕が、望んだ事です。

 精霊たちは、ちゃんと僕に選択を許してくれました。

 その上で…僕は、リオンの力になる為に魔術師になりたい、と…願ったんです」


 息が荒い。

 一言、一言を紡ぎ出すのもやっとなのだろう。

 エルフィリーネの言葉が正しいなら、身体が作り変えられているのだ。

 苦しくない筈がない。


 呼吸もままならないような熱に苛まれながら、全身を作り変える苦痛に耐えながら。


 それでもフェイはリオンを見ている。

 その眼に、頬に、口元に変わらない親愛を浮かべて。


「…最初の約束を、今も憶えています…。

  一緒に世界を作り変えようと…貴方は僕に言ってくれた」

「フェイ…」 

「あの約束は僕に『未来』をくれた。だから、僕は生きている…」


「そんなつもりじゃない。お前を巻き込むつもりじゃなかった…。

 俺は、俺はただ…」


 唇を噛みしめ顔を歪めるリオンに、フェイは口元を微かに、楽し気に上げた。


「僕以外を頼るつもりだったのなら…怒りますよ。

 一人で抱え込むつもりだったとしても同じです。


 諦めて下さい。僕は…ずっと貴方の隣にいるんです」


「フェイ…」

「待っていて…下さい。すぐに…行きますから…」



「フェイ?? …わっ」


 すっ…と、まるで眠るように目を閉じたフェイの身体から力が抜ける。

 私はなんとか、フェイの身体を支えるとそのままベッドに横たえた。


「『変生』の途中で目を醒ますなんて、この子は本当に貴方が大事なのですね」

「エルフィリーネ…」


 寝台の横に膝を折り、毛布を掛けたエルフィリーネは静かに微笑む。

 フェイの呼吸は落ちつき、少し熱も下がってきたようだ。


「覚悟をお決めなさい。アルフィリーガ。

 後は、もうきっと貴方が決断するだけですよ?」

「エルフィリーネ…」


 顔を見合わせる二人。

 だが、完全に私は置いてけぼりだ。


「リオン? エルフィリーネ?

 一体、何がどうして、どうなってるの?」

「…すまない。マリカ。心配かけた。

 フェイは、きっと大丈夫だ。明日の朝にはちゃんと目を醒ます…」


 ぐしゃぐしゃと髪をかき乱した手をじっと見つめ、リオンは私の頭に置いた。


 ぽんぽん。


 撫でるように優しく、私の頭を叩いた後、大きく息を吐き出し私を見る。


「もう少し…時間をくれ。

 ちゃんと話す。…約束したもんな。分け合うって…」


 私はリオンの顔を見上げる。

 リオンは、マリカよりも年上だけど、私よりは年下。

 守るべき「子ども」だと思っていた。



 でも今、リオンが私を見る瞳は、凪いだ海のように静かで広い思いを感じさせた。

 まるで、ずっと、ずっと長い年月、多くのものを見て来たような。

 そんな瞳だった。



 なんとなく、解った。

 私がただのマリカでないように、きっとリオンも重い何かを抱えているのだと。



「うん。解った。

 待ってる…から」


「ありがとな…。

 エルフィリーネ。フェイの事はオレが見とく。マリカを連れてチビ達のところに戻っててくれ。

 あんたにも迷惑かけてすまなかった」

「いいえ。私も私の願いがあってしたこと。お気になさらず…フェイ様のお目覚めをお待ちしておりますわ」



 私は、エルフィリーネと一緒に部屋を出る。

 聞きたい事は山ほどあるけれど、彼女は多分、教えてはくれないだろう。

 だから、一つだけ、ダメ元で聞いてみる。


「アルフィリーガって、どういう意味?」

「主が、ご存知だったかどうか知りませんが、エルフ、アルフという言葉は古き言葉で精霊を意味します。

 リーガ、リール、リーナ、リーネは愛する、愛しいなどとお考え下さいませ。

 主より賜りしエルフィリーネの名は『愛しき精霊』というような意味がございますの。

 偶然かもしれませんが、うれしゅうございましたわ」



 幸せそうに笑うエルフィリーネの返答は、答えになっていないようで、答えになっている。


 アルフが精霊、リーガが愛するという言葉ならつまりは「精霊の愛し子」だ。

 リオンは精霊に愛された特別な子ども…。

 その名にもしかしたら、意味以上の何かが秘められているのかもしれないけれど…。



「ま、いっか」

 私は考える事を放棄する。

 少なくとも今は。


 いつかリオンは話してくれると言った。

 それを、信じて待つことにしたのだった。 

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