魔王城の宝物蔵

 翌日、私達は魔王城の大掃除、もとい探索を開始した。


 お城の守護精霊エルフィリーネが


「大掃除、というのはできましたら…その…。

 私が城の管理もできないように思われているように感じてしまうのですが」


 と言ったので掃除では無く、あくまで使えるもの探し。

 城内探索である。

 ごめんなさい。エルフィリーネ。

 貴女のおかげで城内はいつもピカピカです。



 危ないので年少組はお留守番。

 今回はリオンが残って見てくれる。


 エルフィリーネは鍵開けたり使っていいかどうかを確認する為にどうしても必要だし、アルの眼がないと危険かどうかの見分けがつかない。

 …エルフィリーネに確認すればいいのかもしれないけれど、何故かエルフィリーネは城の中を積極的に案内したり、昔の話をしたりすることを避けている節がある。

 何でも好きに使っていいと言い、私達が聞けば答えてくれけれど、気が進まないのであれば出来る限りは(いろいろな意味で)負担になることは避けてあげたいと思う。


 宝物庫探索に一番乗り気なフェイを置いてはいけないし、年長組はなんとしても行く、ときかなかった。


「おれ! おれ、使えるナイフがほしい!」

「マリカ姉がいくなら、いっしょにいく!」

「リュートみたいな楽器、もっとあるかなあ?」


 城内なので危険は外よりは少ない。

 危険が無いように見てくれる。

 とエルフィリーネが言ったので、荷物運び中心に、という約束で採用することにしたのだ。 


「いいもの探してきてくれよ。

 気を付けてな」

「いってらっしゃーい」


 リオンと子ども達の見送りを経て、私達は地下に向かったのだった。


 

 魔王城は広い。

 四階建て+塔があってとっても広い。

 今もって私達は城の全体の半分も足を踏み入れていないし使ってもいなかった。


 魔王城は入って直ぐに大きなエントランス。

 正面に一番大きな階段があって、登ると執務室やバルコニーのある二階に行く。

 階段の横を抜け、真っ直ぐ向かった先に大広間。

 私達は寝起きに使っているけれど、本当だったら舞踏会とかできそうな豪華な部屋だ。

 ちなみに階段の真下が私とエルフィリーネが出逢った不思議小部屋である。

 今は扉も無くなって、紋章も消えて、中に入ることはできないけれど。


 そしてエントランスを胴体。大広間を頭に見立てると左右に翼を広げるように建物が連なっている。

 右側が台所や倉庫、冷蔵庫など、実用的な施設が揃っていて、使用人用かと思われる少し広い食堂もある。

 私達は殆ど使っていない。


 左側は主に住居だ。

 そんなに豪華ではないけれど、しっかりとした寝台やテーブルがある個室がいくつもある。

 リオンとフェイはそこの一部屋で眠っている。


 多分、騎士とかの部屋だったのではないだろうか?

 なんとなく、男性向け、女性向けそれぞれの調度が揃っている。

 ただ、女性の居室が手前側、男性の居室が奥なので、本来なら女性居室の住人は館内廊下を通って直ぐにエントランスや大広間に行けるけど、男性向け居室からは外を回るか、二つのエリアを隔てる、はっきりと頑丈な鍵のかけられた扉を使わないと大広間に行くことはできないようだ。

 今は女性居室を寝室に使っている者はいないので扉は開きっぱなしにしてある。


 あ、彼らは二人で一部屋を使っているけれども、二人は勿論、今いる子ども達が一人一部屋使えるくらいの数は有る。

 同室は二人の希望なのだ。

 念の為。



 そして建物の両端にも二階に通じる階段があり、同じように地下に通じる階段もある。

 中央の階段には豪華な装飾やシャンデリアが施されている。

 一般的な蝋燭では無く魔法の灯りで灯るというのがファンタジー。


 端の階段はそこまで華美な装飾は無く、大きめの装飾窓から灯りが入るようになっている。

 前に、アレクがリュートを持ち出して弾いていたのはここ。


 今日行くのは、この住居棟側の地下だ。

 作業棟の地下にも面白いものはありそうなので、こちらの探索が終わったら向こうも見てみようと思う。  


 階段をゆっくりと降りて行く。 



 周囲は真っ暗だった。


「エルフィリーネ。

 ここも灯り点く?」

「はい」


 エルフィリーネが顔を上げるとパッと周囲が明るくなった。

 おー、すごい。

 まるで人の動きを検知して灯りを付ける、向こうの世界のライトのようだ。


 と、そんな事を思っている暇はない。

 私は周囲を見回した。


 階段から真っ直ぐに廊下と、左右に扉が並んだ部屋が連なっている。


「んーっと、降りて来た方向からして、住居棟の真下の方に廊下が続いている感じ、だね」

「横の扉はどれも武器とかいっぱいだったぜ」

「どれどれ」


 先に少し調べたアルの言葉を背中に、私は手近な扉を開けてみる。


「うん、ホントに武器がいっぱいだね」


 そこにはずらりと剣が壁に立てかけられていた。

 消防署とかのように、必要な物がすぐ取り出せるように、なのかもしれない。

 いくつか間に空いているところがあったけれどもキレイに整えられている。

 これをしたのはエルフィリーネなのか。

 それとも…


「この辺の武器は、僕たちには向かないようですね」

 フェイが注意深く剣に触る。

 私も触ってみたけれど本物の鉄の冷やかさが手に伝わってくるようだ。

 そして…重い。  


「うん、重いし持てなかった」

「訓練をした騎士でないと多分無理でしょう」



 …それはつまり、訓練をした騎士が常駐していたということで…。



「…そっちが弓で、向こうが槍。鎧の部屋もあった。

 で、いくつか魔法っぽいのがかかっている奴があったんだ」


 それをこの間、持って行ったとアルは言う。


「リュートがあったのは、もっと奥。

 他にも筒みたいのがいくつかあった…」

「筒? ああ、もしかしたらアレかな?」


 アレクの言葉に私は示された部屋を覗いてみた。


「ああ、やっぱり」


 そこは楽器や美術品の置き場所だった。

 彫刻の道具や絵筆など一緒に楽器が置かれてあったのだ。


 大きめの竪琴、大きさの違うリュート。

 そして…横笛だ。


「それも楽器だった?」

「そう。笛…横笛っていってね。こうやって吹いて鳴らすの」


 私が口に当てて息を吹き入れると

 ピー!

 甲高い音が響いた。


 金属製では無く何かの植物を加工したらしい笛はフルートと日本の横笛を合わせたような感じに見える。

 流石の私も、リコーダーならともかく横笛は吹いた経験がない。

 口に当てて息を吹き込んで音を出すのが精いっぱいだ。


「おもしろいね」

「興味があるなら勉強してみる?」

「ん~、でも笛だと歌えないからリュートでいい」



 アレクはあっさりと笛から手を放した。

 残念。

 音楽の天才の横笛も聞いてみたかったんだけれど。



「ここに目ぼしい道具はもう無いようですね。魔術道具があるかと期待したのですが…」

「あ、でも画材は少し持って行こうか。

 まだ使えるかどうか解らないけど、絵の具があれば積み木やおもちゃがもっとキレイにできるかも?」


 私は筆と、いくつかの瓶を用意してきた木箱に入れた。


「よし、次に行こう」

 重い荷物は帰りに持っていけばいい。

 木箱は廊下の端に置いて、私達は探索を続けることにした。



 探索をしながら、私は考える。

 やはり、この城は「魔王城」と呼ばれているけれども、それは現代日本人である私がゲームや小説で思い描く様な場所ではないのだ。

 人が住み、騎士が戦い、楽師や絵師が心を癒し、料理人が食事を作る「人間のお城」


 城を統べていたというかつての「魔王」も多分特別な力を持つけれども、私達が聞いていたような世界を滅ぼす邪悪な存在、ではなくやはり普通の人間であったのではなかろうか?


 だとしたらこの世界は、不老不死を与えたという神は一体…。



「おーい マリカ! なにぼんやりしてるんだ。

 こっちこっち!」


 考え事にふけっていた私をアルが手招きした。

 いつのまにか私達は最奥の「宝物蔵」の前に辿り着いていたようだ。


 構造からして宿舎棟の最奥の真下。

 他に階段などはないからここを目指してくるにはかなり時間がかかるだろう。

 見栄えは周囲とは変わらない。

 木製の扉だ。鍵穴も見当たらない。


 でも扉は押しても引いても動かない。


「エルフィリーネ」

「はい」


 頼んだら、エルフィリーネは扉を開けてくれた。

「うわっ!」

「これは…」

 私と、フェイは息を呑みこんだ。

 中は、文字通りの宝物蔵、だったのだ。


 まず、布袋がいくつも積まれていた。袋を開けてみると金貨がぎっしり。

 この世界で始めて見る「お金」だ。

 通貨の単位は解らないけれど、金が普通に高価な世界なら相当の価値になるだろう。

 同じ袋がいくつもあり、別の色の違う袋には銀貨も入っていた。


「これなあに? 平べったいのがいくつもあるけれど」

「それはお金。お店っていう所に行くと欲しいものと交換できるの」

「ふーん。でも、私はあっちのキラキラの方が好きだな」


 あっち、とエリセが指さす先にはいくつもの箱があり、中を開けると宝飾品がどれにもぎっしり詰まっていた。

 現代であれば、博物館などでもお目にかかれないような大きな宝石のついた豪華な首飾りや指輪。

 髪飾りの数々に眼が眩む。


 そして…

 壁にはいくつもの武器や防具、杖のようなものも飾られてあった。

 宝物蔵に入っている事からして、これは、もしかしたら魔法の道具かもしれない。


「アル兄。どう思う? 使えそう?」

「うん、凄く使えると思う。怖いくらいに強い感じがする」 

「…凄いですね。

 古い遺物が残っているとは思っていましたが、まさかここまでとは」


 感心したように周囲を見回していたフェイは

「え?」


 振り返るようにその中の一つ、杖に目を向けた。



「まさか…本当にあるなんて…」


 彼の眼の色が変わったのが解る。

 いつも落ち着いていて、滅多に感情を顕わにしない彼の眼が本気の憧れと、喜びに輝いている。

 例えていうなら…

 中学生の少年が憧れのバイクや、日本刀に目を輝かせるような感じだ。



 エリセのペンダントとよく似た大きな石の中に青い炎が燃えている。

 石を取り巻くのは月と星を意匠した精緻な装飾。

 持ち手は艶のある木材に見えた。

 たくさんの宝飾品に比べると特段華美であるわけではない。

 ただ不思議に眼をひく、懐かしさを感じる杖だった。




 杖から目を離さないフェイに、私は聞いてみる。

「フェイ兄? それが魔法の杖? それがあれば魔法が使えるの?」

「杖があったから魔術が使える、ってものではないですよ」

 彼は頭を振るが視線は杖に釘付けだ。

「でも、杖が無い者は術師にはなれない。

 術師と杖は、一心同体なんです」


 以前、フェイが魔法使い…魔術師に憧れている、というのは少し聞いたことがあった。

 私はエルフィリーネの使う魔法以外の「この世界の魔法」がどんなものかは知らないけれど、魔法、魔術は子どもが成り上がれる数少ない道なのだ。と。


「杖にもランクがあって、高位の杖になればなるほど、同じ術を使っても威力が上がり、少ない魔力で、強大な術が使えるようになるそうです。

 ただ、高位の杖が世に出る事は滅多になく、一国が買える程高価。

 さらには主を選ぶ者さえあると聞いています。子どもや子ども上がりにはとても手にできない品。

 …正直、期待しないようにしていたんですよ」


 自分に言い聞かせるように語ったフェイはごくり、と唾を呑みこんだ。


「杖が、今、僕を呼んだ様な気がしました。

 こうして目の前に現れたのなら、僕は選ばれたのだと思いたい」


 魔術師になりたい。

 それは、フェイの、フェイ自身の心からの望みなのだろう。


 意を決したように杖に手を向けるフェイを、私達は黙って見守る。


「アル? どう思う?」

「強い力は感じるけど、他のものと特別差は無いような…!」


 アルの言葉はそこで止まる。


 ギラリと緑の瞳が虹を帯びたのと

「待て、フェイ兄、そいつ、危ない!!」

 アルの叫び声。


 そしてフェイが杖に手を触れたのはほぼ同時だった。



 何かが弾ける!


「うわあああっ!」



「フェイ!!」

「フェイ兄!!」


 瞬間、室内に雷が落ちたかのような轟音が響き、周囲が真っ白になった。

 風が渦を巻き、私達は入り口近くに吹き飛ばされる。


「危ない!」

 中の宝物がぶつかるかもしれない。

 私は背後にいる子ども達の前に手を広げるが予想された衝撃はまったく訪れなかった。


 と、同時、視界が戻る。

 時間にすればほんの一瞬の後。

 部屋の中央には自分の手を見つめ、呆然と立ち尽くすフェイ。

 周囲の宝物は一ミリたりとも動いてはおらず。

 ただ、棚にあった筈の杖は、…見ればどこにも無くなっていた。


「フェイ? 大丈夫?」

「フェイ兄! 血! 手から血が出てる!!」


 エリセは髪を結んでいたリボンを外してフェイの手をとった。

 瞬きしたフェイの眼に光が戻る。


「あ、エリセ…リボンが汚れますよ」

「そんなのいーから!!」


 服の端で、手の血の汚れを拭うとそこには不思議な文様が浮かんでいた。


「あれ? フェイ兄、火傷した? なんか傷ついてるよ?」

「あ、ホント。前からこんなのあった?」

「いえ…これは…?」



 星と雪が合わさったような不思議な形。

 自然のものとはとても思えないそれに驚く私達の後ろで


「あら、気難しいあの方に随分と気に入られたものですこと」

「エルフィリーネ?」


 気が付くとエルフィリーネがくすくすと、楽しそうに笑っていたのだった。




「気に入られた…ってどういうこと? エルフィリーネ?」


 質問した私ではなく


「フェイ様」

 エルフィリーネはフェイの方に向かうと  


「貴方様が手に取られた杖は、かつてこの城を護っていた魔術師の遺したもの。

 かの魔術師は、一時、世界最強の魔術師とも呼ばれておりました」

「世界…最強の魔術師の…杖?」

「ええ、その杖はどうやら貴方を気に入った様子。

 力を貸したいと、貴方の中に宿ったのですわ」


 そう告げ、フェイに恭しくお辞儀をした。  


「最新の、そして真実の『魔術師』の誕生。

 心からお祝い申し上げます」

「真実の魔術師?」


 それ以上の言葉も、その説明もエルフィリーネは口にはしなかった。

 幸せそうに微笑むのみ。


 けれどフェイは、フェイだけは自分の手のひらと、その言葉を強く強く握りしめていた。



 目ぼしい魔術道具と、宝飾品の箱をいくつか。

 金貨と銀貨の袋を一つずつ持って私達はひとまずの探索を終えた。

 エルフィリーネが宝物庫の品は好きに持って行っていいといったからだ。


 ただし、一つだけ触れてくれるなと言われた箱があり、約束通り私達はそれには触れなかった。




 私達がその箱に触れるのは、まだ先。

 ずっと、ずっと先の話である。

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