魔王城の環境整備
アレクの「ギフト」の覚醒後、正確にはその少し前からではあるけれど、私はいろいろと保育計画を改め直した。
私にとっては子ども達を育てるということは、やっぱり体験してきた現代日本の幼稚園、保育園のイメージが強い。
虐待や、家庭内での問題が無いとは言わないけれど、基本的に子ども達は家族と一緒に安全に愛されて成長する。
幼稚園や保育園はそれを補う場。という考え方だ。
この世界はその思考が通用しない。
そもそも子どもが育つべき『家族』が存在しないのだから。
いや、王家とか、貴族は存在するのだろうし、そういう家で育った子どもは愛情を受けて育つのかもしれない。
下世話な話かもしれないけど、『子どもが生まれる』のだから少なくとも夫婦か、それに準ずるパートナーシップは存在する筈だ。
でも、少なくない子どもにとっては、家族というものはなく、うち捨てられ、良くて放置。
悪ければ色々な形で使われ、消費させられる存在である。
そこに人権は無い。
できるなら、なんとかしたいと思うけれど、それは
「人間全てが不老不死を持っている」
という世界の根幹的問題だ。
世界情勢や、宗教観とか、この世界の構造そのものを変えられないと意味がなく、知識も力も何もない私にはまだ、どうしようもできない。
であれば、この世界で子ども達は自分の力で生きぬける力を身につけなければならない。
というわけで、年長の子ども達には改めて、この世界の仕組み、どうして自分達がここにいるのか。
ギフトの仕組みを含めて、解る限りのことを伝えた。
私達の知識も限定されているので、あまり詳しい事は教えられないけれど、少なくとも私が知っている事。
「大人は不老不死であること」
「子どもは不老不死を持たず、それ故に尊重されない存在であること」
「子どもには、生きる為に与えられる『ギフト』があること」
それは子ども達に伝え、また理解できたようだった。
その上で私達の住む魔王城ではそれが当てはまらない事。
魔王城では自分のやりたい事を自分で選択してもいいのだとも話した。
今はまだ部屋の中で遊んでいてもいい。
私達と一緒に勉強してもいい。
外で、狩りをするリオンやフェイと共に行動し、狩りや戦い方を学ぶのも約束を守るならしてもいい、と。
そして、自分が何をしたいか、何を目指すか、その為にどうしたいかを一緒に考えよう、と伝えることにした。
結果、部屋の中で遊んで過ごしたいという子は皆無であった。
全員が勉強し、また役割を持って働くことを自分から望んだのだ。
ア―サーはリオンやフェイと共に外にでて、狩りや戦い方、生きる術を学んでいる。
リオンのようにこの城を守れる存在になる、と一番しっかりしたビジョンを持っているようだ。
アレクは自分の得意技となった音楽に磨きをかける。
私の偏った異世界の歌だけではなく、魔王城の書庫にあった楽譜をエルフィリーネに頼んで教えて貰い、この世界の歌も学び始めているらしい。
アルが最近、エルフィリーネに付いて魔王城の中に有る美術品や、魔術道具、武器等についての価値を勉強し始めているのでその手伝いも興味を持っているようだった。
エリセは、私の手伝いをすると言い張った。
小さな子の面倒を見たり、城を整えたり、料理をしたりしたいという。
掃除洗濯が楽しいとか、子供の面倒を見るのが好きとか、料理人になりたいではなく、エリセの望みは今のところ『私の手伝い』だ。
私のように、家族を守る存在になりたい、という。
私は…そんな目標にして貰えるような存在ではないと思うのだけれど、とりあえずは知りたいと思うこと。
やりたいと思う事を側で教えている。
いつか、エリセ自身がやりたいことを見つけられる日まで。
究極総合職である保育士の知識は、何をするにも無駄にはならないだろう。
その結果、普通の遊び時間は大幅に減ったが子ども達自身の能力はめきめきと上がっている。
影響されてか年中組、シュウやヨハン、クリス達もお手伝いをしたがるようになった。
今は、中庭に植えた野菜の面倒を頼んでいる。
水を与え、草をむしる。
けっこう大変だと思うけれど、楽しいようだ。
最近はギルとジョイも加わって、一緒に世話をしている。
まだ、流石にジャックやリュウはその中に入れないが、兄弟たちを追いかけようとしてか歩くようになり、最近は走るようになった。
1~2か月前には歩けなかったのに。
子どもの成長というものは、本当に著しいのだな。
と改めて、実感する。
考える。
私が出来る事はなんだろう?
と。
「おーい、おもしろいもの見つけたぞ~」
アルとアレク、そしてエルフィリーネが小さな木箱を持ってきたのは昼食前のことだった。
倉庫を今日も漁っていたのだろう。
この間、持ってきた武器はリオンが最近はサブ武器に使っている。
大人用の剣や武器、鎧、盾などもそれなりにあるそうだが、まだまだ私達には使えない。
一番体格のいいリオンでさえ、鎧に着られてしまうし、盾を振り回せない。
動きに邪魔だと言って、放り投げていた。
だから使うのはもっぱら短剣、後は軽量化の魔術を使った槍も取り回し方を練習しているくらいだ。
「何が入ってるの?」
興味津々という顔で、エリセが箱を覗き込んだ。
「うわー、凄い、キラキラだ~~」
「キラキラ?」
私もつられて覗き込んでビックリ!
「これ、宝石じゃない?」
箱の中にいっぱいに詰められていたのは、首飾りや冠、ブレスレットなど。
いわゆる「宝飾品」と呼ばれるものだった。
生前、私はそういう品にまったく縁が無かった。
宝飾品をくれる人に縁が無かった。ともいう。
もちろん興味が無かった訳ではなく、むしろ興味はあったので宝石研磨や彫金のスクールに通ったこともある。
ただ保育士職は基本、アクセサリー禁止。
腕時計も、職場によっては認められないことがある。
子どもが引っかかったりすると危ないから。
なので私の死後、宝石箱を見ても安物のファッションリングや手作りのペンダントくらいしか入って無かった筈である。
閑話休題
だから、こんなたくさんの宝石を見るのは当然初めて。
あまりの眩さに眼がチカチカしそうだ。
「うわっ、凄いな、これ」
「こんなにたくさんの宝石、どうしたんです?」
狩りから戻って来たリオンとフェイも眼を剥いている。
「地下の鍵のかかった部屋にあったんだ。
エルフィリーネが開けてくれた。えーっと、宝物蔵?」
「前の主がいた頃に使われていた装飾品などです。あまり華美を好む方ではありませんでしたが、腕の良い細工師などもおりましたので。
長く使われておりませんでしたがもし、皆様のお役に立つのならと思い、出してまいりました」
「まだまだ、いっぱいあったんだ。とりあえず綺麗で役に立ちそうなものを持ってきた」
「エルフィリーネ。
本格的に皆で、城の確認をしてもいいですか?」
「フェイ…」
フェイの眼が深い輝きを宿したのが私にも解った。
リオンは諌めるようにエルフィリーネを見るが、当の守護精霊は気にした様子も無い。
「もちろん構いません。
道具など、使って下さる方がいなければ塵も同じ。宝石と皆様が呼ぶものも、私にとってはただの石ころですわ」
「エルフィリーネ…」
キレイキレイと、手の中で宝石を遊び転がすエリセやジャックを見ながらエルフィリーネはそう哂う。
私は箱の中に溢れる石をいくつか手に取った。
加工前する前の宝石もいくつかあったようだ。
深い紫色をしているのはアメジストとかかもしれない。
こっちはサファイアっぽい? 深くてキレイなブルーだ。
オパールとダイヤモンドを合わせたような、透明なのに虹色の輝きを宿した宝石もある。
複雑なカットされたその石を私はギフトを使い、加工する。
「はい、ジャック。遊んでもいいよ。
お口の中には入れないでね」
ビー玉のように丸くなった宝石は、いい玩具になったようだ。
ジャックは大喜びでキャッキャ、キャッキャと転がし始める。
「エリセにはこっち、あげるね。
なんだかお守りっぽいからつけておくといいかも」
エリセには虹色の宝石をペンダントにしてかけてあげた。
「わあ、ありがとう」
どんなに美しい宝石も今の私達には価値は無い。
エルフィリーネの言う通り。
ジャックのビー玉やエリセのアクセサリーにでもする方がよっぽど価値と意味がある。
でも…
「うん、改めていろいろ調べてみようか。お城の中」
私はみんなに呼びかけた。
「明日は、みんなで大掃除しよう。
魔王城の…私達のおうちの大掃除」
「おおそうじ?」
「うん、そして色々と使えるものを探してみよう! みんな、手伝ってくれる?」
「うん!」「わーい、おおそうじ、おおそうじ!」
子ども達はおおはしゃぎを始めた。
「何を考えてるんだ? マリカ?」
「なんでもないよ。ただ、いろいろと使えるものがあったらいいなあって思ってるだけ」
急な予定変更に首をかしげるリオンに私は軽く肩を竦めて見せる。
隠すほどの事ではないけれど、今はまだ言う事でもない。
フェイはもしかしたら似たようなことを考えているかもしれないけれど。
アレクの音楽は、城の中にいるよりも、外の世界の方が必要とされるし価値も高まる。
…けれど、今の世界は子どもが外で輝ける世界ではない。
子ども達の成長は著しい。
いつまでも子ども部屋や、魔王城だけに押し込めておくことはできないし、してはいけない。
アレクの才能を生かす為に。
アーサーやエリセが、いつかやりたいことを見つけた時にそれが思う存分できるように。
私がするべきことはその為の環境を整えることだ。
環境整備は保育士の大事な仕事の一つ。
環境が悪いなら、変えて行かなければならない。
だから、私は、使えるものは全部使って、やれることは、全部やると決めたのだ。
保育士として子ども達の生活する環境を整える。
この城の
そして、いつかはこの世界の環境整備をやってやろうじゃないの!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます