新しい能力者
近頃、魔王城には毎日、美しい歌声が響いている。
地下倉庫で見つけた古いリュートを貰ったアレクが、喜んで毎日毎日弾いているからである。
最初のうちはたどたどしかった指先も、毎日練習しているうちにどんどんスムーズに動くようになった。
その上、自学で音の鳴らし方、小さな指先でどうやったらコードを上手く押さえられるかを研究しているらしい。
今は狂った音を自分で直す、調弦までやってのけるようになった。
約束通り、勉強時間や生活の時間。仕事を頼まれている時間はやらないけれど、それ以外の時間はほぼ練習に費やしているのでみるみる上達していくのだ。
ぶっちゃけ、リュートに関してはもう、私よりずっと上手い。
冗談のように
「楽師の才能があるのでは」
と言ったがホント、冗談ではなくなった。
現在日本だったら、天才児と騒がれるクラス。
今すぐにでもプロとしてやっていけるのではないかと思うくらいの才能である。
加えて、声が美しい。
本当に、美しい。
声楽なんて短大で少しやっただけで、まったく教えられるレベルではないのだけれど、発音と発声の仕方を少しだけアドバイスしたらますます上手になった。
私はこの世界の唄は知らないので、向こうの世界の童謡、アニメソングばかりだけれど1~2回聞けば覚えて正しく音階をとれる。
そして、私より上手に歌うのだ。
澄み切った天使の歌声は聞いているだけで、気持ちよくなる。
今や私の子守歌よりも、アレクの唄の方が人気があるし子ども達の寝つきがいいくらいだ。
少し、ジェラシー感じてしまうほど。
…でも、アレクにやりたいことが見つかったのはとても嬉しい事だと思う。
身体をなかなか動かせなくて、他の子のようにお手伝いができないと気にしていることを知っていたから。
「マリカ姉、かきとりできたよ」
「どれどれ、良く見せて?」
勉強の時間、私達と一緒に読み書きの練習をするようになった年長組の文字練習は私が見ている。
「うん、良くかけたね。間違いも無し。
今日の分は合格です」
「やった!」
3人の中で今日の課題を一番に終えたアレクは席を立つと即座にロッカーからリュートを取り出し抱えた。
「れんしゅうにいってきまーす」
「いってらっしゃい」
そそくさと廊下へ練習に向かうアレクは本当に楽しそうだ。
「アレク、すごいね。私もリュート、やってみようかなあ」
「アレクくらいリュートが好きでやってみたいならやってもいいよ。
でも、人まねじゃなくって自分がやりたいことを見つけた方がいいと思うなあ」
まだ課題が終わらないエリセに私が言うと、同じように課題に悪戦苦闘していたアーサーはケロッと笑う。
「じゃあ、おれはいいや。
リオン兄みたいに強くなる方がいい。リュートはアレクに任せる」
「そだね。わたしもマリカ姉みたいになんでもできるようになりたいもん」
笑いかけるエリセの言葉が嬉しかったように、リオンも自分を慕ってくれるアーサーが可愛いようだ。
「はは、うれしいこと言ってくれるな。
明日も外でいろいろ教えてやるからな」
「その前にリオンは自分の課題。
弟にいいところ見せたいなら頑張って下さい」
「うっ…」
勉強から一息、と身体を伸ばしていたリオンはフェイのツッコミに身体を小さくする。
軽い笑いが零れた、その後
「でも…」
フェイは廊下に出て言ったアレクの見えない背中を追う様に扉を見る。
「マリカ」
「なあに?」
「今日はいい天気ですし、勉強が終わったら外に出ませんか?
外でアレクのリュートを聞いてみる、というのはどうでしょう?」
バルコニーでも構わない、とフェイは言う。
「…それは、ステキだと思うけれど…何か、気になることがあるの?」
私はフェイの眼に、不思議な光が奔ったように見えたので聞いてみた。
「ええ、もしかしたら…と思う事があって。
アレクからリュートを取り上げる、とか、そういう話ではないので安心して下さい。
むしろ…」
言葉を濁したフェイだったが、アレクの竪琴を高い空の下で聞く事はさぞ気持ちがいいだろう。
反対する理由はなにもない。
「? アレクがいいって言ったらいいよ」
「わああっ!」
子ども達からも歓声が上がる。
みんなアレクのリュートが大好きだから。
「よっしゃ、勉強がんばるか!」
「わたしも!!」
盛り上がる子ども達の歓声とは裏腹に
「…フェイ」
「心配しないで下さい。多分、心配するようなことにはなりません。
早めに、確かめておいた方がアレクの為です」
二人の顔はどこか、複雑なものを湛えていた。
少し風に涼しいものが混じり始めた昼下がり。
「じゃあ、アレク。おねがい」
「うん」
二階のバルコニーに私達は集まっていた。
中央はリュートを抱えたアレク。
色々、支え方などを研究して、地面に胡坐をかくように座って胴を足の間に入れて床につけるのが一番弾きやすいと思ったらしい。
背筋もピンと伸びて姿勢がいい。
集まる視線を一心に受けて。
でも、リュートを弾ける幸せを全身に溢れさせて、アレクは美しい音楽を奏で始めた。
最初の曲はいつもの「きらきら星」
星の唄なのに、青空に不思議な程に溶け込んでいる。
覚え始めの拙い指使いはもう、どこにもない。
主旋律に伴奏のようなものまで入れて、もうアレク流「きらきら星変奏曲」だ。
次は高原の花の唄。
アレクのソプラノに合うのではないか、と私が教えたのだが、本当に合う。
伸びやかに響く高音は、外でだと室内とはまったく違う響きで、高く美しく流れて行く。
三曲目になると雰囲気が変わり始めた。
強く激しい響きのアニメソングだ。
向こうで流行り始めた女性歌手の唄だったけれど、アレクのソプラノだと不思議に違和感がない。
子どもの頃の男性ソプラノ歌手は2オクターブを出すと聞いたことがあるけれど、それを超えるのではないだろうか。
胸が熱くなる。
強く前に進もうという意思が溢れそうだ。
子ども達にとってもノリやすいのだろうか?
身体をリズムに合わせて揺り動かしている。
四曲目はやはり柔らかいバラードになった。
古い祈りの唄だ。
実はこれも元アニメソングではあるけれど、もう知っている人はマニアでもなかなかいないという古い歌。
私もリアルで見た記憶はないのに、歌だけはフルコーラスで歌える不思議。
多分、歌詞が印象的で覚えてたんだと思う。
戦いの絶えない世界で、子どもたちの生きる世界を守りたい。という願いを込めた歌詞で、私が子ども達の子守歌代わりに歌っていたもの。
アレクはそれを完全に聞き覚えてくれていたようだ。
そして、自分の思いを込めて歌ってくれたのだ。
「すごい…」
鳥肌が立つかと思った。
この星を壊してはいけない、守りたい。
安らかに眠る子ども達に伝えて行く為に…。
そんな歌詞に込められた思いが身体全体に伝わって来るようだ。
「! フェイ!」
「しっ。静かに」
私は故郷の懐かしい歌の響きに聞きほれて、だから気付くのが遅れた。
「えっ?」
いつの間にかバルコニーには私達以外の観客で溢れていたことに。
手すりに止まる無数の鳥たち。
壁を登って来たのか、リスやネズミのような小動物もいる。
鳥の中にはかなり大きな、猛禽類っぽいのもいるのに、それらは目の前にいる獲物に手を出そうとはせず、一緒にアレクの唄に聞き入ってるようだった。
当のアレクは、と言えば手すり側を背にお城側にいる私達に向けて歌っているのでまだ気づいてはいない。
四曲目を弾き終え大きく深呼吸した。そして
「さいごはみんなへのプレゼント…」
そう言って、最後の曲を弾き始めたのだ。
柔らかい単音のメロディーに、私は首を傾げる。
聞き覚えがない。
私が歌って聞かせた異世界の曲では無いと思う。
アレクは、ここに来る前にどこかで歌を聞いていたのだろうか?
そう思った私はすぐに違うと気付く。
これは、アレクのオリジナルだ。
…暗やみの中、光が刺した。
絶望の中、希望が生まれる。
手にした夢を放さない。
どこまでも 守って見せる。
自分の思いを曲に乗せている。
ゆったりとした弾き語り。
まだ、音階も技術も、決して整ってはいないけれど…その荒さが逆に強さになって、胸に響いてくるようだった。
私達にも理解できるけれども、どうやら子ども達の方が共感するものがあるらしい。
アーサーやエリセだけではない。
小さい子達も食い入るようにアレクの歌う様子を見つめていた…。
「これで…おわり。ありがとう」
立ち上がり、お礼を言ったアレクはそこで始めてバルコニーの観客たちに気付いたようだ。
「うわああっ!」
驚き、慌てて、でもリュートはしっかりと抱きしめ後ずさるアレクを、フェイが後ろから、抱きしめるように支えた。
「な、なに? これ…」
「君の能力…ギフトですよ。アレク」
「ぼくの…なに?」
「ギフト…神…いいえ星の祝福。
子どもが一人、一つ授けられる特殊能力というものです。
マリカやリオンの力を知っているでしょう? 君の力が目覚めた、ということですよ」
「アレクの歌か?」
リオンの問いに、ええ、とフェイは頷いて見せる。
「楽器の旋律か、歌声か…。
多分、歌の方ですね。
アレクの歌声は、生き物を安らがせ、惹きつける力がある。
それは、人間に限らず生き物の多くに届く、ということなのだと思いますよ」
「ぼくの…うた?」
「そうです。この動物たちはアレクの歌を聞きたくてやって来たのですよ。
誇りなさい。素晴らしい能力です」
呆然とするアレクの足元に、一匹のリスが駆け寄って来た。
甘えるようにねだるように身を摺り寄せてくる。
「きみも、ぼくのうた、ききたい?」
アレクの言葉を聞き取った訳ではないだろうが、リスは手を差しだすアレクに怯えることなく肩に昇り、特等席に腰を下ろした。
「アンコール、してあげたら? アレク?」
「うん!!」
アレクは今度はバルコニー側に向けて腰を下ろすとリュートを構えた。
奏でるのは、今度はまた、私が教えた童謡だ。
元気に楽しい、踊りたくなるようなメロディが高い空に、響いていく。
我慢できなくなったのか、ギルとヨハンが踊るように身体を動かし始めた。
動物たちの中にも、リズムに合わせて左右に頭を揺らすものがいる。
アレクは満面の笑顔を浮かべながら楽しそうに指を動かし続ける。
それは、正しくファンタジーの一場面。
夢の一時。
子ども達と動物たちは、夕暮れまでみんな一緒にアレクの歌を、心ゆくまで楽しんだのだった。
「アレクは吟遊詩人として、大成すると思いますよ」
フェイは、後にリオンにそう語ったという。
「加えて動物も、人間も惹きつける歌声は、丁寧に育てていけば、もっと積極的に動物や人間の心に働きかけていくことできるかもしれませんね。
なんにせよ、伸びしろの大きい、使い勝手のある『ギフト』だと思いますよ」
「ステキだったわよ。アレク!」
「すごいな。ギフト…」
兄弟たちに囲まれ、褒められ、喜びを全身に溢れさせるアレクには、聞こえない声で。
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