魔王城に響く歌声

 夜、私は不思議に目が醒めた。


「あ…れ?」


 まだ、窓の外は暗い。というか真っ暗。


「なんで、目を覚ましたんだろう」


 少し、まだ頭がぼんやりするが、とにかく体を起こす。

 子ども達が泣いた、訳ではなさそうだ。

 ひ、ふ、み…と横に寝ている筈の子ども達の数を数えて、気づく。


「ん? アレクがいない?」


 少し前、確かに寝かしつけたはずの場所にアレクがいなかった。


「トイレにでも行った…わけでもないよね」

 私は他の子達を起こさないように慎重に身体を起こしてあたりを見る。

 暗闇にもだんだん目が慣れて来た。


 大広間に動く人の気配はない。

 ただ、廊下へと続く扉が細く開いているのが見える。


 廊下に誰かが出た可能性がある。


「まさかアレク?」


 そっと立ち上がった私は扉に向かい、音をたてないように開いた。

 廊下は、静まり返って何の気配も、音もしない。




 …ん?

 違う。音がしている。

 ほんの微かにだけれども、透明な…音がしている。


「エルフィリーネ」

 小さな声で、私は守護精霊を呼んだ。

 姿を取っているときは聴覚視覚が人間の形に縛られるけど、夜など城に『戻って』いるときは


「お呼びですか? 我が主」


 呼べば直ぐに解ると彼女は言っていた。


「アレクがいないの。外に出た…訳じゃないよね?」


 私の問いにエルフィリ―ネは、一瞬だけ眼を閉じると


「はい。アレク様なら、廊下の端。

 階段近くの大窓の所にいるようです」


 すぐに答えてくれた。




「どうして? 何をしているの?」

「それは…」


 エルフィリーネの返事より早く、今度はさっきよりはっきりと「音」が聞こえた。


 ド・ド・ソ…ソ…




「これは…まさか?」


「あ、マリカも気が付いたのですね?」


 音を仰ぐ私の後ろから声がした。


「フェイ、リオン…あ、アルも」


「マリカが起き出して、どこか行こうとしてたから。どうしたんだ?」

「俺たちは、なんだか音が聞こえたから、な」

「あ、二人の部屋、この近くだもんね」


 5人でゆっくりと階段に向かう。

 エルフィリーネの言った通り、階段の側。

 大窓の横に、アレクがいた。


 外から差し込む光を頼りに触れているあれは…リュート?


「灯りをつけてもよろしいですか? 我が主」

「……お願い。エルフィリーネ」


 私の言葉にエルフィリ―ネが指を弾いた。



 急な明るさに目が慣れていなかっただろう。


「わっ!!」


 驚いて目を押さえたアレクは直ぐに、私達に気が付いたようだ。


「ごめんなさい!!!」」


 私達が何を言うよりも先に頭を下げた。

 とっさに、何かを後ろに隠して。



「何か謝る様なことしてたのか?」

「違いますよ。リオン。これを持ち出したこと。

 多分、アレクはこれに興味があったんです…」

「あっ…」


 音も無くアレクの後ろに回り込んでいたフェイがこれ、ととりあげたもの。

 それは、やはりリュートだった。


「夕食の後の時も随分、興味深そうに見ていましたからね。

 これに自分も触ってみたかった。そうでしょう? アレク?」

「ごめんなさい!」

「謝る必要はないさ。これは元々誰のものでもないんだし」

「でも…」


 アルに慰められても、アレクの顔も、声も沈んだままだ。


「アレクは、リュートに興味があったの?」

「………うん」


 私の問いにアレクは小さく頷いた。


「だって、すごく、すごくキレイだったから…。

 もっと、ききたくて…、さわって、みたくって…」


 それで、みんなが寝静まったのを見計らってそっとリュートを持ち出し触っていたのだという。



「フェイ兄。アレクにリュート、返してあげてくれる?」


 私の頼みにフェイは小さく肩を竦めながらも、応じてくれた。

 戻って来たリュートに、宝物のように触れるアレクの横に私は座ると、手を添えてリュートをそっと持たせた。

 抱えるのは椅子もないここでは難しいし、アレクの小さな体では小ぶりとはいえ、上半身と同じくらいあるリュート持ちきれないだろう。

 ぺたんと床に座るアレクの足の間の床に胴を置いてネックの部分を肩にかけさせた。

 それから、私が後ろから手を添えさせて上の絃を押さえ方と、下の絃の弾き方をやってみせる。


「アレクは小さいから、ちょっと重いかもしれないけど…こうやって、持ってみて

 そして…、ここの絃と。ここの絃を押さえて、はじく…」


 …ポロン、ポロン


 澄んだ音色がアレクの指から紡がれた。


「わあ~~」


 自分が生み出した音にアレクの顔が輝いた。

 そして、そのまま夢中で絃を鳴らし始める。

 ただ絃をポロポロ触るだけかと思っていたのだけれど


 ド・ド・ソ・ソ…ラ・ラ…ソ


 コツを覚えたのだろうか。

 それとも、私が弾いていたのを見て憶えたのか?

 初めて触る楽器だというのにアレクは、思ったよりしっかりとした指使いで音を鳴らしていく。


「へー、上手いな。アレク」

「ホント。初めて触ったとは思えないくらいだ」


 リオンとアルに褒められて嬉しくなったのか、嬉しそう笑ったアレクは


「きらきらひかる~ おそらの ほしよ~」


 唄も歌いはじめた。



 それが、驚くほどに上手い。

 音も間違いなく取っているし、何より澄み切ったボーイソプラノはただの童謡なのに胸に染み込んでくる。


 …天使の歌声…


 そんなフレーズが頭をよぎった。 


 昔、有名な合唱団の演奏会を聞いたことがあるけれど、その時ソロを歌った子にも負けない。

 というのは流石に親バカが過ぎるかと思うけれど…本当にそう感じる程に上手かったのだ。



「へえ~。凄いな、マリカより上手くないか?」

「うん、オレもそう思う。アレク、歌や楽器の才能、あるんじゃないか?」

「…えへへ」


 一曲を弾き終えたアレクは拍手と、そんな手放しの褒め言葉を貰って満開の笑顔を咲かせた。

 まあ、褒め方にちょっと複雑な思いもあるけれど…私もアレクの歌声は素晴らしいと思ったので、あえて流しておく。


「アレク、リュート好き?」

「すき!」


 間髪を入れない返事が笑顔と共に返った。

 なら…


「じゃあ、そのリュートはアレクにあげる。

 いいかな? エルフィリーネ?」

「主のお心のままに」

「いいの?」


 フェイの…そして、私達の顔を伺う様に問うアレクに、私は頷いて見せる。


「大事に使うなら、ね。

 私も、リュートの正しい使い方はよく解らないからあんまり教えてあげられないけど、解るところは教えてあげるから練習してみて。

 そして、上手になったらみんなに聞かせてくれるとうれしいな」

「うん、だいじにする。じょうずになる。

 みんなにきかせてあげる!!」

「あ、でも夜とか勉強中は我慢してね。

 気が散ったり、嫌だっていう子もいるかもしれないから」 

「うん!!」


 そう言うとアレクはリュートを抱きしめると、頬を嬉しそうに摺り寄せた。

 本当に、大事な宝物を慈しむ仕草だった。

 そしてまた、ポロポロと音を夢中になって、紡ぎ奏ではじめる。

 リュートも何百年もの眠りから覚めて、正しい主を得た事を喜ぶように、また美しい音で歌い始めた。


「アレク様には楽師の才能がお有りのようですね」 

「そうみたい。私がもう少しちゃんと教えてあげられればいいんだけど…」


 私とエルフィリーネはアレクの演奏に聞きほれていたから気付かなかった。




「なあ、フェイ兄。

 止めなくてもいいのか?」

「僕をなんだと思ってるんですか?

 みんな、それぞれに違う個性と能力がある。

 それを無理に変えろ、止めろなんて思ってませんよ。

 それに…」

「それに…?」

「なんでもありません。気にしないで下さい」


 三人がそんな会話をしていたことを。


 フェイが幸せそうにリュートを爪弾き歌うアレクを、不思議な目でみつめていたことを。

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