魔王城の変化

 リオンの怪我から五日。  


 魔王城の環境は、変化した。  

 本当に、驚くほどに。


「マリカ姉、このあらったおなべはどこにおくの?」 「ああ、それはこっちの棚。  入れる前に少し、水切りしてから丁寧に拭いてね」

「はーい」

「ありがとう。エリセが手伝ってくれるようになって、とてもたすかるわ」

「えへへ」


 私の横でエリセが台所の片づけを手伝ってくれている。

 アルはアレクを連れて使われていない部屋の確認と片付けだ。

 そして、アーサーはと言えば。


 ドタドタと元気に廊下を走る音が聞こえてすぐ


「マリカ姉! 見てみて! これ、おれがとった!!!」


 元気な声が台所に飛び込んで来た。


「アーサー、外からもどってきたばかりのきたないかっこうでだいどころにはいらないで!」  

 

 エリセの注意にアーサーは

「あ…っ。っとごめんごめん」


 素直に謝るが…めげない。


「でもでも、みて! ホントにこのクロトリ、おれがいとめたんだよ!」

「凄いね。まだ弓、使うようになったばかりなのに…」 「…まあ、フェイ兄がはねをいぬいて、うごげなくなったやつだったけど…」

「なーんだ」

「それでも、大したものだと思うよ。習ったばかりの頃は矢を真っ直ぐに射るのだって難しいもの」


 私が褒めるとアーサーは照れたように、嬉しそうに頭を掻く。


「アーサーは目とカンがいいみたいだな。身体もよく効くし」

「あ、リオン兄、フェイ兄、おかえりなさーい」


 エリセが駆け寄って出迎えた先には鳥をもう三羽ぶら下げて立つリオンとフェイがいた。


「本当にこの数日でよく的に当てられるようになったもんだと思う。  アーサーは狩りの素質があるかもな」

「えへへ、みてろよ。次はしかをいとめてやるから」


 リオンに褒められて、ますます嬉しそうなアーサーの有頂天に


「まだ動かない的に当てられるようになっただけです。  狩りは計算と先を見通す能力が必須。  油断していると今度はイノシシに跳ね飛ばされますよ」


 冷静なフェイが水をかける。


「こんどは?」

「クロトリを狙っているときに気付かれて、反撃されたのは誰ですか?  それを助けたのは?」

「うっ…」

「でも、まあ獣に脅されてもひるまず向かって行く負けん気は狩人向きだ。  次は頑張れ!」

「うん」

「そういうわけで、マリカ、エリセ。この鳥、今日の夕飯にできるか?」

「鳥肉は新鮮な方が美味しいものね。  よし、今日の夕ご飯はローストチキンにしようか? エリセ、手伝ってくれる?」

「はーい、まかせて!!」


 少し、驚いている。

 経験を積んだつもりでもまだまだ、子どもの成長というものは未知のことばかりだ。


 子どもというものはこんなに数日で成長するものなのだ。

 と。


 リオンの怪我の翌日。

「マリカ姉…リオン兄のところに、いってもいい?」


 アーサーはそう、私に言ってきた。  

 ビックリした。


 今まで、子ども達が自分から、部屋の外に出たい。  どこかに行きたい、と言ってきたことはなかったからだ。


 少しずつ、自己主張できるようになってはきても、基本受け身な子ども達。

 部屋の中で、遊んでいて、と言えばそれに逆らう事はなかった。

「リオンが、いいって言ったらいいよ」  


 私はそう言ってアーサーを部屋に連れて行った。

 リオンはアーサーの来訪を素直に受け入れ


「マリカ、悪いけど外して貰ってもいいか?  フェイは…無理だな」

「当然」

 フェイを交えて3人で何かを話したらしかった。  


 そして、夕食の後、リオンは

「アーサーを、暫く俺に預けてくれないか?」

 そう言ってきたのだ。


「預ける?」

「森に、一緒に狩りに連れて行く。  

 そして弓やナイフの使い方、採取、木の登り方とか教えてやろうと思うんだ」  

 

 リオンの言葉の意図は解った。

 この間の事故の一番の原因は、アーサーが自分の能力を理解していなかったことに有る。  


 自分に何ができるか、できないか。

 何をしていいのか、悪いのか。

 それを理解しないまま、リオンの真似をして暴走したからあんなことになったのだ。


 だから、ちゃんと教える。

 どの木に登ったら折れないか。

 登り方だけでなく、降り方はどうすれば安全か。  


 リオンのジャンプは真似できないけれど、自分の能力でできることを把握すれば、少なくとも木に登って降りられなくなる。

 なんて事態は避けられる。


 加えて森で食べられる植物や、木の実について学ぶ。  採取の中で、ナイフや弓の使い方を知る。


 リオンやフェイの狩りという、生き物との真剣勝負に触れる事で学べることもあるだろう。


「でも…まだ、早くないかな?  それに、危ないし…」

「マリカ」


 私が悩んでいると、フェイが私に視線を向ける。 「前から、少し思っていたのですが貴女は、少し子ども達に甘すぎる。  

 下の子達はともかく、もう上の子達はいい歳なのですから、いろいろ教えてやらせるべきです」


  口調は柔らかいが、なかなか厳しいご意見だ。


「いい歳、ってまだいいところ5~6歳でしょ? 正確な歳は解らないけど…」  


 保育士として子ども達を見て来たから、大よその年齢把握には自信がある。


 最初はもっと下かと思っていたけれど、栄養を取ることで身体がしっかり成長してきたので、幼稚園年長くらいと私は見ている。


「まだ、じゃなくってもう、です。

 5~6歳となれば自分の事は自分でやって、手伝いや仕事にこき使われるのが普通でしょう?

 戦場に出される者だっていますよ」


 フェイの正論に…反論は、できない。

 ここは、そういう世界だ。



「マリカ」だって物心ついた時から掃除や洗濯など家事に使われていた。

 できない、などとは言えなかった。


「貴女のいた世界では、子どもは大切に育まれているのでしょう。

 それは素晴らしい事だと思うし、皆や僕達にその思想で接して下さっていることもありがたく思っています。  でも、それに皆が甘えてばかりでは貴女や、リオンの負担が大きくなるばかりです」

「負担なんて…」


 ない、とは言わない。

 それにフェイが問題視しているのは私だけでなく、リオンについてもだろうし。

「アーサーについては森で、僕とリオンが厳しく生き方を教えます。

 いつまでも子どもとして甘えていられないように叩き直しますよ」


 アーサーがビクっと肩を震わせたのが解った。

 ~~~あ、やっぱりまだ怒ってるんだ。  


 でも、見捨てるではなく、教えてくれる、というのならまだ目はある。


「アーサーは、どうしたいの?」  

 私はアーサーの意見を聞いた。


 フェイに怒られ、強制されているのか。

 それとも自分の意思でそうしたいのか。

 確認はしなくてはならない。


「ぼ…おれは、もりにいきたい」

アーサーは自分の意思で、はっきりとそう答えた。


「リオン兄や、フェイ兄のおてつだいする。

 そして、おしえてもらう。

 ちゃんとしたきのぼり、ゆみとナイフのつかいかた。  リオン兄みたいに、なるのに、ぜったいひつよう」 「そっか、ならいいよ」  


 私は許可を出す。

 フェイの言う事は正しいし、何より本人がそうしたいというのなら、その思いは尊重すべきだ


「やった!」

「ただし、リオンとフェイのいうことをよく聞いて、守る事。  

 今度、前と同じような勝手なことして、リオンやフェイに迷惑をかけたらもうお城から出さない。

 約束できる?」

「うん、やくそくする!!」


 満面の笑顔を浮かべたアーサーが喜びに飛び跳ねたと同時


「ずるい」


 そんな、どこか恨みのこもったような声が、後ろから響いた。


「え、エリセ?」


 声の主はエリセ。

 その眼は恨めしそうにアーサーを見つめている。


「ずるいって、何が?  エリセも外で、狩りをしたいの?」


 アーサーが一人で外に出るのがずるい、とおもうのだろうか?

 でも流石にアーサーとエリセ、二人をリオン達に頼むのは…  私がそんなことを考えていると


「ちがう! おてつだい!  わたしも、マリカ姉の、おてつだい、したい!!!」


 エリセは力いっぱい首を横に振り、私の背中にしがみついた。


「エリセはいっぱい、お手伝いしてくれているよ。  ごはんやおもちゃの片づけ、ちゃんとしてくれているし、小さい子の面倒も見てくれているしとっても助かってるんだけどな」

「でも、もっと、おてつだい、するの! ごはんのしたく、おせんたく、わたしもやる!!  わたしも、マリカ姉みたいに、なるの!!」


 ぎゅっ、と私を掴む腕に力が籠った。

 伝わって来る心が、思いが…愛しい。

 ほんの一月前、ただの人形のように寝そべっていただけの子が、自分の意思を伝えてくれることが。


 そして、私を目指す姿にしてくれたことが、とても…嬉しい。


「解った。ありがとう。エリセ。

 じゃあ、お手伝い。おねがいしてもいい?」

「いいの?」

「うん、こっちからお願いする。エリセが手伝ってくれるなら、私もエルフィリーネも凄く助かる。

 ね、エルフィリーネ?」

「そうですね。マリカ様の負担が少しでも軽くなることは良い事だと思います」

「ありがとう! わたし、がんばる!!」


 かわいい!!


 片言しか出ないと思っていたエリセの成長に胸が熱くなって、私はエリセをギュッと抱きしめた。


「いっぱい、おいしいもの作ろうね。

 おしえてあげるから」

「うん!」


 エリセとアーサーの事が決まり、私はアレクの方を見る。


 他の小さい子たちはともかく、アレクにもやりたいことはあるだろうか?

 あるなら、聞いてあげたい。


「アレクは、どうする? なにかやりたいことはある?」

「…ぼくは、おそとはむり、だから」


  自分の足元を見ながら、アレクは肩を下げる。

 アレクはここに来るまでの後遺症か、少し足を引きずる。

 城の中を普通に歩く分は問題ないが、外で走ったり木登りは大変だろう。


「あ、でも、でも。

 やりたいことは、ある。おべんきょう!  ねえねや、にいにたちといっしょにおべんきょうやりたい」 「そっか、じゃあ、アーサーやエリセがお手伝いしてるときはオレといっしょに勉強すっか。  一番勉強したら、リオン兄たちも追い抜けるかもだぞ」  


 今まで黙っていたアルがアレクに声をかけて、そう言ってくれた。


「うん!」

「いいの? アル」

「ああ、実はオレもやりたいことがあるんだ。アレクにはその手伝いしてもらおうと思ってる」

「やりたいこと?」


 私の問いに頷いたアルは、私、ではなくエルフィリーネを見た。


「エルフィリーネ。  ここ古い武器とか魔術道具とかあったりしないか?」

「ええ、多少はあると思います。  かつては騎士団もありましたし、魔術師もおりましたので」

「それ、漁ってもいいかな? 使えるもの、オレが見てやるよ。  これからアーサーとかが、狩りや戦いの勉強するなら使えるものは多い方がいいと思うんだ」   

 心のどこかで、こんな小さい子達に武器は持たせたくない。

 と思う自分は、いる。


 でも、ここは異世界だ。

 フェイの言う通り、自分の身を自分で守る力は子ども達にも必要だろう。


「どう? エルフィリーネ?」

「構いません。  倉庫などで眠っているもので、使えるものがあるならご自由に使って下さい」

「ありがとな。よし、そういうわけでアレクはオレの助手。たのんだぜ」

「うん!」  


 役割を与えられたことで、子ども達の眼はやる気と悦びにキラキラとしている。


「ぼくは?」「ぼくも…」

「ギルやヨハンはもう少し大きくなってからな」


 小さい子達も、目に強い憧れを宿している。

 確かに、少し甘やかしてたかな?  


 私は少し反省しながら、やる気に満ちる子ども達の保育計画を心の中で書き換えたのだった。


夕食はクロトリのローストチキンに野菜のスープになった。

 向こうの世界でも通じそうな良い出来に、私は満足している。

 こちらのオーブンの使い方にもだいぶ、慣れて来た。


「これ捕ったのおれだぞ!」

「おりょうりしたのは、わたしです~」


 自慢するアーサーやエリセの話を聞いているのか、いないのか。

 多分、聞いていなかった。

 みんな食事に夢中で骨にくっついたお肉まで残さずしゃぶっている。


 食事後の話題はアーサーの武勇伝(?)と

「そうだ。倉庫で変なモノ見つけたんだ」


 アルとアレクの相談になった。


「変なモノ?」

「そう。なんか丸っこくて、糸みたいなのがついてて…変な音が出る」

「音?」

「…それは、リュートではないでしょうか?」


 私達の会話に、そっと給仕を手伝ってくれていたエルフィリーネが混ざる。


「リュート? 楽器??」

「はい、かつてこの城にも楽師がおりましたので」 「マリカ姉、がっき、ってなに?」

「音楽…って言って解らないかな。ほら、私が皆が寝るときにたまに歌っているでしょ?」


 子ども達が眠る前、私はむこうでの癖でよく子守唄や童謡を歌ったり、童話を語ったりしている。


 こっちの世界に即していない話や歌もありそうだが、その辺の加減は解らないのでもう、思いつくまま好き放題に話したり歌ったりしている。


 おかげですっかりおぼえてしまった子ども達が、ごっこ遊びで真似して気恥ずかしいのなんの。


 じゃなくって。


「楽器は、歌や音楽をとてもキレイにしてくれるもの…使えるのかな? 見てもいい?」

「おう、見てくれ。  オレは使い方とかも全然わからないからな」


 で、アルとアレクが倉庫から引っ張り出してきたものを見せて貰った。


 アル曰く 「使えそうなやつ」


「あ、このナイフいいな。切れ味良さそうだ」

「こっちの槍は、軽量化の魔法がかかっているのでしょうか?」  


 色々な武器や、道具の中に、見れば確かにリュートがあった。

「確かにリュート、楽器だね。

 こっちの世界にもあったんだ」


 流石異世界。

 リュートは中世の音楽の定番だもんね。 


 私は手に取り、弦を弾いてみた。  


 ポロン


「うわ~~!」


 優しい音色がする。

 子ども達の歓声も上がった。


 いくつか絃を弾いているうちに、なんとなく音階が掴めてくる。

 あんまり、音も狂ってはいないようだ。

 凄いな。魔王城の保管状態。


 …ふふふ、実は私はピアノよりもギターの方が得意な保育士だったのだ。

 ウクレレとかも流行ってたので、少しかじったりもした。

 ピアノは、外に持ち出せないけどギターやウクレレは場所を選ばず音楽ができるので、けっこう便利でした。  というわけでリュートをギター風味で構えて弾いてみる。


 コードとかは同じじゃないけど…、音階はほぼ同じ。  

 …これくらいなら、できるかな?


 ド・ド・ソ・ソ・ラ・ラ・ソ…


「あ、おほしさまのうた!」  


 私が以前歌ったのを覚えていたらしいヨハンが声をあげた。


「そう…きらきらひかる~」  


 私が歌い始めると、覚えている子ども達が一緒に歌詞を口づさみはじめた。

 歌えない子も、ゆらゆらと楽しそうに身体を動かしている。


 なんだか、楽しい。


 そのあと、簡単な童謡を何曲か弾いて、私は楽器を置いた。


「そろそろ終わり。寝る準備しようね」


 みんな、少し残念そうな顔をしながら、でも素直に場を離れる。


 でも、アレクだけは、長い事、楽器を名残惜しそうに愛しそうに見つめていたのだった。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る