魔王城の決意

「…リオン!!! しっかりして下さい。リオン!!」

 半身を呼ぶ、フェイの悲痛な叫びに私は自分を取り戻す。


「フェイ、リオンを動かしちゃダメ。

 アーサーを連れて、少し離れて」

「? マリカ?」

 私は意識を失ったリオンの手から、アーサーを受け取るとフェイに預ける。

 アーサーに怪我は見当たらない。リオンがしっかり庇ってくれたおかげだろう。


 そして、リオンの肩を見た。


 木の枝が上腕の所に突き刺さっている。

 赤く鮮やかな血がかなり勢いよく流れている。

 動脈を傷つけている可能性がかなり高そうだ。

 木の枝も早く取らなくてはいけないけど、今抜くと血が一気に噴き出してしまうかもしれない。

 リオンの意識は無い。出血と怪我のショックだろうか。

 

 バチン!!

 私は自分の頬を叩いて気合を入れた。


 泣いている暇はない。

 後悔も、謝罪も後だ。

 落ち着け、マリカ。今やらなくてはならないことはなんだ!


 それは、リオンを助ける事!


 持ってきた布袋からタオル代わりの布を取り出した。

 枝は今はそのままに。

 心臓に近い腕の付け根にナイフで切り込みを入れて引き裂いた布を、渾身の力で巻き付けた。

 まずは止血。とにかく血を止めなくては。

 一度強く結ぶ。

 そして、結び目近くに輪を作り、そこに手近な木の枝を差し込んでぐるぐると回す。


「うっ…」


 リオンが小さな唸り声を上げた。

 止血帯でとにかく強く結んだから、腕の方に血が行かなくなっている筈だ。

 でも、その代り流れる血は目に見えて減っている。

 私は注意深く枝を傷口から引き抜くと、傷口にも、強く布を巻き付けた。


「リオン…?」

「しっかりして、フェイ!」

「マリカ……」

 一時、かなり冷静さを失っていたフェイだったけれども、リオンの血が止まったことで、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 私の声に、反応して近寄ってきてくれる。

「フェイ、リオンを担いで運ぶことはできる?

 他の誰にもできない。フェイにしかできないの」


 私の声にフェイは強く頷く。

「できます。できなくてもやります」

 その強い眼差しを確かめて、私は指示を出す。


「今、止血はしたから、直ぐにお城に戻ろう。

 エルフィリーネなら傷を塞ぐ魔法とか使えるかもしれない」

「ええ。そうですね」

「傷が塞がったら、止血帯…布は直ぐに外して。もし塞がらないようなら結び目を少し緩めるの。

 出血を止める為に強く結んでいるけど、長く血がいかないと今度は手足が腐っちゃうから」

「解りました。すみません。先に行きますよ」


 リオンを肩に担ぎ、フェイは全速力で走り出した。

 フェイよりもリオンの方が大きいのに、ものすごいスピードだ。


「アル兄。ジャックだっこして」

 私はリュウをだっこし、まだ呆然としているアーサーの手を、強く握った。

 そして

「みんな…」

 子ども達にむかい合う

「みんな…リオン兄が大変なの。直ぐにお城に帰るよ。

 大変かもしれないけど、急ぐからお願い。ついてきて」

 意味が分からなくても、緊迫した状況を子ども達も察したのだろう。

 誰も、誰一人我が儘をいうことなく、一生懸命に、ほぼ走るスピードで城への道を戻ってくるのについてきてくれた。 

 

 行きは30分。

 でも帰りは多分、その半分以下の時間で私達は城に辿り着く。



「エルフィリーネ!」


 城門を潜ってすぐだった。

「お帰りなさいませ。お待ちしておりました」

 私の呼び声に、守護精霊は姿を現す。


「リオンと、フェイは?」

「ご安心下さい。我が主。既にリオン様の傷は塞いでございます。

 血が随分と流れたようなので不安はありますが、早めに血も止まっていた様子。

 先ほど意識も戻りましたので、とりあえず、命の危険はないと思います」


 彼女の言葉にホッと肩の力が抜ける。

「そう…。ありがとう。エルフィリーネ。

 お医者さんもいないから、貴女が怪我の手当てができなかったら…どうしようかと思ってた」

「お役に立てたのでしたら、何よりです。

 子ども達の後は、私が見ます。主は着替えて、叶うならリオン様の側について差し上げて下さいませ」


 微笑むエルフィリーネの言葉に甘え、アルとエルフィリーネに私は子ども達を預けるとリオンとフェイ。

 二人の部屋へと向かった。


 トントン。

 ノックをして鍵のかかっていないドアを開けると、そこにはベッドに青白い顔で横たわるリオンと、ベッドサイドに腰を下ろし、リオンを見つめるフェイがいた。


「フェイ兄?」

「ああ…マリカ」

 私に気付いて顔を上げたフェイは


「ありがとうございます」


 何よりも先に、そう言ってくれた。

「あの時は頭が真っ白で、何をどうしたらいいかまったく思いつきませんでした。

 君がいなかったらリオンは死んでいたかもしれない。…本当に、ゾッとしますよ」


 言ってくれたけれど、私は首を横に振る。

「ううん。むしろ、ごめんさい。

 リオン兄の怪我は、私の責任だから」

 そして、深く頭を下げた。


「? 何故です? リオンは木から落ちそうなアーサーを庇っただけ。

 どこにマリカの責任がある、と?」

「子ども達から、保育中に目を離した。

 それは、保育士として、子どもの命を預かる者として絶対にやっちゃいけないことだったの」

 フェイは首を傾げている。

 多分、誰も私を責めはしないだろう。

 でも、それでも私は今回の事故の最大の原因は、何より自分の危機管理の甘さにあると思っていた。


 急な提案だったとはいえ、出先の安全確認をしないまま外に出た。

 リオンが木に登った時、止めて貰う様に声をかけるべきだった。

 …リオンに憧れる子が、真似をする可能性は十分に考えられたのだから。

 他にも反省すべき点は色々あるけれど、何よりいけなかったのはアーサーから目を離し、一人の時間を作ってしまったことだ。

 着替えに手を取られたとか言い訳にはならない。

 これがもっと小さなジャックやリュウで、水に落ちたりしていたら、溺れるとか別の意味で大変なことになっていた可能性もある。

 ヒヤリハットどころの話ではない。

 既に事故は起きてしまった。

 私が皆から目を離さず、もっと危機感を持って保育していれば、この事故は防げたのだから


 だから、私の責任なのだ。

 子ども達を守ると決めたのに、守り切れなかった私の…。


「マリカ」

 話を聞いていたフェイは、スッと立ち上がった。

「何、フェイ兄?」

 その表情は、白く、固い。

「僕は、用事を思い出したので、少し外します。

 リオンをお願いできますか?」

「え…あ、うん」

 私にベッド横の椅子を譲り、フェイはその言葉通り部屋を出てしまった。

 何をしに行ったのだろう。

 リオンよりも優先する事が?


 思いながら私はベットの横、置かれた椅子に腰かける。

 静かな部屋。

 残ったのは私と、リオン。二人だけだ。



 まさかこんなことになるなんて。


 私は、まだ血の気の戻らないリオンの顔を見つめながら、自分の未熟さ。

 見通しの甘さを、心のそこから後悔していた。

 

 異世界に転生して、バタバタと毎日を過ごして…。

 ギフトを手に入れて、有頂天になって。


 いつしか保育士としての緊張感を私は失ってしまっていたのだろう。

 この身体が子どもであることは言い訳にはならない。

 子ども達を守ると、保育士であると、決めたのは自分自身なのだから。


「ごめんね、リオン…ごめんなさい…」


 自分の情けなさに涙が出てくる。

 握りしめた拳に、涙の雫が一つ、零れた時。



「あー、やっぱ、泣いてた…か」



 そんな、困ったような、呆れたような…優しい声が耳に、届いた。


「リオン?」

 私はぼやける目元を擦る。


 視線の先、ベッドの上には、少し血の気が戻り笑う、リオンの顔があった。


「お前のせいじゃない…って、マリカに、言っておいてくれ…って、フェイに…頼んどいたのに…な。

 …あいつ、なにしてんだ?」

「ちょっと、用事があるって…。じゃなくって、しゃべって大丈夫?」

「あ~、ちょっと熱くて痛くてキツけど、大丈夫だ。

 ちゃんと…生きてる」

「リオン…兄」

 リオンは傷を受けた方とは違う手を伸ばし、

「悪いな」

 そっと…私の頬に触れた。


「俺のせいで、心配かけた。

 手当してくれたのも、マリカだろ? ありがとな。たすかった」

「ううん、ごめんなさい。ごめんなさい。

 わたしのせいで…」

「お前のせいじゃない。これは、何から何まで俺が悪いんだ」

 

 遊びに誘ったのも、木に登って見せたのも、ジャンプを躊躇ったのも、受け止めに失敗したのも…。

 リオンは指折り数えて自分のせいだ、という。


「でも、でも…」

 優しいリオンは、私を責めたりしない。解っていた事だ。

 でも、私は自分の責任だと、誰よりも知っている。


「だったら、両方悪かった、ってことで手を打とうぜ

 そして、今度は、もう同じミスはしない。って決めて今回のことは終わりだ」

  リオンの瞳は凪いだ湖のように静かで、優しい光を浮かべて私を見ている。


「お前一人に、全部を押し付ける気はないんだ。

 俺達は、一人じゃないんだから、ちゃんと、分けようぜ。

 責任も、反省も…約束も、みんな…」



 一人で、全部抱えなくてもいい。 

  責任も、反省も分け合おう。



 初めてだった。


 そう言って貰ったのは、向こうとこっち、どちらの世界を探しても初めての事。

 乾いていた砂漠に、水が染み混む様にリオンの言葉は、静かに深く、私の心に染み込んでいく。


「解った」

 

 私は誓う様に手を握る。

「もう、おんなじことは繰り返さない。必ず、私がみんなを助けて護れるようになるから」

「…十分、助けてもらってるけどな」

「えっ?」


 くすっ、と小さく漏れた笑い声はなんでもない、と言う声と共に消え。

「ああ、頼りにしてる、…信じてるから…な」

 リオンは眼を閉じた。


 眠るようなら、邪魔をしてはいけない。

 目元にかかる髪をそっと手で避けてからは静かに口を閉ざした私は彼の、まだ白い寝顔を見つめる。


 まだ子どもだ。

 私も、彼も。


 でも、子どもだからと甘えてはいられない。

 ここは、そういう世界なのだから。

 



 同じミスは繰り返さない。

 リオンも、フェイも、アルも。

 アーサーも、エリセもみんな守る。


 子ども達は、みんな守るんだ。



 私は約束を、決意を手のひらに強く、握りしめたのだった。




 傷が塞がったリオンの回復はビックリするほど早く

 …多少無理をしていたのではないかと疑うけど…

 翌日には起き出し一人で食事を食べ、さらに次の日には狩りに出て獲物を狩って戻って来た。

 

 フェイも表向きはいつもの通り。

 ただ、リオンの側からは暫く離れようとはしなかった。


 変わらぬ彼の笑顔に、ホッと私が安心したのはつかの間の事。



 その事故のあと、色々な事が動き出した。

 色々な事が。



  異世界保育士 気合を入れろ。

  まだまだ修行が足りません。

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