魔王城の後悔
「夏が終わらないうちに、子ども達を外に出してみようか」
提案してくれたのはリオンだった。
みんなが、賛成した。とても喜んで楽しみにしていた。
でも、まさかこんなことになるなんて。
私は、まだ血の気の戻らないリオンの顔を見つめながら、自分の未熟さ。
見通しの甘さを、心のそこから後悔していた。
もうそろそろ夏が終わる。
そんな言葉を聞いたのは私が、この世界に来てそろそろ一月になろうか、という頃だった。
勿論、私達の世界で言う所の12カ月はこの世界では当てはまらない。
そもそも魔王城では暦も時間も、あまり意味はないのだ。
朝、日が昇ると窓から日が差す。
そうすると起きて朝ごはんの支度をして、子ども達を起こして着替えさせて朝食を食べさせる。
片付けなどを終えてからは子ども達は室内で遊び、リオン達は外に狩りに行く。
私もついて行って野菜や果物を集める時もある。
お昼は朝のものに少し手を加えるくらいで簡単に済ませる事が多い。
午後は子ども達は昼寝をし、その間に私たちは勉強をする。
お昼寝が終わった後は、勉強している私達の側で子ども達は遊ぶ。
天気がいい日はバルコニーに行って遊ぶ時もある。
夕食を食べたら早めの就寝。
私達は子ども達を寝かしつけた後、勉強したりもする。
城には「エターナルライト」という魔法がかかっているとかで、エルフィリーネが許してくれている間は昼間のように明るい。
あまり遅くなると、灯りを消されてしまうので、その前に眠る。
魔王城の1日はそんな感じである。
身体で感じている限り、ではあるけれども1日の長さは、殆ど変わらないような気がする。
一カ月、というのは1日が約30回過ぎたことを私がそう思っているだけだ。
「この世界にも季節があるの?」
「マリカの世界はどうだったんですか?」
質問に質問で答えられて、私は、春夏秋冬を説明した。
「じゃあ、こっちも同じだな。
とっても寒い冬がきて、冬が終わると春が来て暖かくなって、夏は凄く暑くなって、秋は涼しくなって、またとっても寒い冬が来るんだ」
子どもに人権が無いこの世界。
誕生日とかお祝いの習慣は無いようだ。
冬を越せば一つ、歳を重ね生き抜いたことになる。その程度だ。
「今は夏?」
「そうだ。
過ごすには一番いい時期だよな。もう少ししたら涼しくなり始まるから、そしたら冬支度の事、本気で考えなきゃならなくなる」
「エルフィリーネ。魔王城も寒くなる?」
「外の季節に私は干渉できませぬ故。
建物中はさほど寒さを感じない様にできますが、外には雪も積もるでしょうから外出は困難になるかと」
それなら冬の食料を集めておかなきゃいけないな。
果物をジャムにできないかな? 砂糖欲しいな。
加工品、作れるかな?
保存庫や氷室を使って…。
などと私が考えていた時だ。
「だから、子ども達を外に出すなら今のうちだぞ」
リオンがそう言ってくれたのは。
「え?」
「前から、城の外に連れていきたい、って言ってただろ?
水場くらいなら行けるんじゃないか」
「あ、そうか…そうだね」
私は以前、言ったことをリオンが覚えていてくれたことに驚きながらも、頭の中で考える。
魔王城の城門から出て少し行った先。
私達の距離感覚で言うと500mくらい行ったところに川が流れていてちょっとした水場になっている。
一番最初に三人で水を汲んだ場所がそこだ。
城の中を調べ、エルフィリーネが目覚めてからは城の中に井戸があることが解ったので今、水は井戸から汲んでいる。
ホント、最初はそこから水を汲んで料理に使うのも大変だったのだ。
私は水場で獲物の始末をしたりするからそれでもよく行っているけれど、子ども達は城門の外に出ていないから季節が変わる前に、確かに機会があれば一度外に出してあげたくはある。
「私は城門の外ではお手伝いができないのですが…」
心配そうにエルフィリーネが言うが、リオンは、ドンと胸を叩く。
「それは、俺達が手伝うさ。
秋になれば言った通り、冬支度のことを考えなきゃならないからな。
遊ぶなら今のうちだ」
「俺達、って勝手に言わないで下さい。
勉強をサボりたいだけでは?」
「うっ…」
フェイのツッコミにリオンの言葉が無くなったから多分、勉強をサボりたい、というのは確かにあるのだろう。
「とはいえ、確かに今は、服が濡れても着替えなどもありますからね。
どうです? マリカ? 子ども達を外に連れて行ってみますか?」
フェイも別に反対している訳では無いようだ。
「オレも手伝うぞ。お前達、外に行きたいか?」
「行く!」「行きたい!」「おそと、おそと」
アルの言葉に、わあっ、と話を聞いていた子ども達の歓声が上がった。
この嬉しそうな顔を見ると、出してあげたいと思う。
「解った。行って来よう。でも、みんな約束してね。
危ない事はしないこと。言う事をちゃんと聞く事」
「「「「はーい!!」」」」
子ども達の元気な返事が揃った。
「大丈夫ですか? マリカ様」
心配してくれるエルフィリーネに私は大丈夫、と手を振って見せる。
「まあ、直ぐ近くだし。何かあったらすぐ戻ってくるから」
後で、自分の見通しと想定の甘さに後悔することになると、この時はまだ、知る由も無く。
それから少し後。
準備を終えて私達は、城門を抜け、初めての外へのお出かけにでかけた。
ジャックは私が、リュウはフェイが抱っこしている。
リオンが先頭に立ち、アルが最後尾。
子ども達は二人か三人ずつ、手を繋いで歩くように声をかける。
みんな、大体素直に従ってくれたが、アーサーだけは同年齢と手を繋ぐのを嫌がった。
「アレクはあるくのおそいし、エリセとはヤダ」
幸い、アレクとエリセは気にしているようではないが私は頭を抱えてしまう。
あ゛~、向こうにもいたいた。こういう子。
女の子と手を繋ぐのは恥ずかしいのか嫌がるんだ。
男女の違いを意識し始めている成長の現れではあるのだけれど。
なんと声をかけていいか、考えていると
「じゃあ、俺と手を繋いでいくか?」
リオンが手を差し伸べてくれた。
「うん!」
大好きなリオンと手を繋げてアーサーは大喜びだ。
「ありがとう。リオン」
「いいさ。これくらい」
足元はちょっと悪いが、天気の良い昼下がり。
楽しいハイキングになりそうだ、と私は楽し気な子ども達を見て、心を弾ませていた。
大人の頭で考えると500mは直ぐ近くのように思えるが、子どもの足だとかなりの距離だ。
車の心配はないけれど舗装もないし、はっきりとした道も作られているわけではない。
城門を出て、目的地である水場まで辿り着いたのは城門を出て、けっこう経ってからだった。
体感でいうと、30分くらいだろうか。
「うわ~~~!!」
気持ちのいい森の中をさらさらと流れる川。
子ども達の多くが近代日本の子どもたちとは別の意味で、こういう場に来るのは初めてだったのだろう。
キラキラと目を輝かせている。
「じゃあ、ここで遊ぼう。
行っていいのはここから、ここまで。森の方にはいかないよ。危ないから。
水には触ってもいいけど、落っこちない様に気を付けて」
「はーい」
布の端切れを付けて、遊んでいい場所を示してから、私は子ども達を開放した。
森の中の川であってもここは、…多分、かつてお城の人も水場の一つとして使っていたのだろう。
ちょっと開けていて、水に触れやすい浅瀬になっていた。
水遊びにはもってこいだ。
まだ、川に直接触れさせるには心配なジャックとリュウを特に側に置いて様子を見ながら、私は楽しそうに遊ぶ子ども達を見つめていた。
靴を脱いで、もう水に足を浸している子もいる。
プルプルと身を震わせる様子は、本当に気持ちよさそうだ。
あちらでは、ギルとシュウが水のかけあいっこも始めた。
そこにクリス達も加わって、大合戦の気配が漂う。
…まあ、川に来る以上こうなるのは想定済み。
タオル代わりの布や、一応着替えも持って来てある。
天気もいいし、最悪、濡れて帰ってもエルフィリーネが着替えを用意してくれている筈だ。
少しくらいなら、いいかな? と見守ることにする。
「おーい、これ食べるか?」
ふと少し離れたところから声がした。
しかも斜め上?
「リオン?」
声の方を見上げると、川から程近い木の上からリオンが手を振っていた。
腕の中には木の実がたくさん。
「これは?」
「ピアンの木の実ですね。美味しいですよ」
いつの間にか木の下に集まっている子ども達に木の実を落としている。
そのうちの1個を拾ったらしいエリセが
「ねえね、…はい」
私に、小さな手で渡してくれた。
「ありがとう。半分こしようか?」
着替えとかを詰めて来た布袋からナイフを取り出し、皮を剥き、半分に割った。
エリセに半分を渡し、残りの半分を、ジャック、リュウに切ってあげる。
もちろん、少し味見もしたけど。
「…ちょっと桃っぽい、かな」
甘みが強くて柔らかい。白桃と洋ナシを混ぜたような味わいだ。
ジャムやコンポートにできたらおいしそうだと思った。
「ぼくも、ぼくも!」
実を落とし終わったリオンに、アーサーが手を伸ばしている。
手には木の実を持っているから、木の実が欲しい、じゃなくって、ぼくも「木に登りたい」なのかもしれない。
「おっと。危ないからダメだぞ」
ひょい、っと木から飛び降りた様に見えた瞬間、リオンは地面に着地していてアーサーの頭をポンポン、叩いている。
「あれがジャンプ?」
「そうです。リオンのギフト。でも、あれは普通の使い方、の方ですね。
リオンは木の上くらいなら、助走無しでジャンプして登りますよ」
「普通の使い方か…」
どこか自慢げにいうフェイの言葉に、思い出す。
確か、壁ぬけできるって言ってたっけ。そっちが「普通じゃない」使い方の方かな?
そんなことを考えていると、川の上手の方から
バッシャン!
大きな音がした。
「うわっ。マリカ。大変だ。
ヨハンとジョイが川の魚に手ぇ伸ばしてハマった。びしょ濡れだ!」
「なんですと!! フェイ兄、ジャックとリュウお願い!」
「はいはい」
アルの呼び声に私は鞄をひっつかんで走っていく。
その後は、濡れた服を着替えさせたり、絞ったり、頭を拭いたりドタバタ、ドタバタ駆け回った。
…勿論、そんなことは言い訳にならない。
子どもたちから、一部でも目を離した事の言い訳には。
「うわ~~~ん!」
突然、場に泣き声が響いた。
「え? どこ?」
「あそこです!」
キョロキョロと泣き声を探す私にフェイが指さした先。
細い木の上に必死でしがみ付く、アーサーの姿があった。
「なんであんなところに! どうやって登ったの?」
「話は後だ。早く降ろさないと!」
リオンが駆け寄って、木の上を見る。
本当に、どうやって登ったのか問い詰めたくなるほどに、高い木の上にアーサーがいた。
細い枝はたくさんついているので足場はあったのだろう。
…けれど、どの枝も細すぎて足をかけるのは難しそうだった。
「リオン?」
「ダメだ! 空中に跳べてもその後がアーサーを巻き込む!」
アーサー自身が掴んでいる枝もミシミシ音を立てている。
いつ折れても不思議ではないくらいに。
でも、木の高さそのものは大したことはない。
手を伸ばせば、届きそうだ。
と「私」は思った。
「大丈夫…、アーサー。ゆっくりこっちへ…」
手を差し伸べかけて
「バカ! 何してるんだ!!」
リオンの声で、我に返った。
「あ…」
思い出す。
私の身体はかつて大人の保育士だった「私」のそれではないのだ。
細くて、小さくて…手を伸ばしても落ちてくるアーサーを支えきれない。
それに気付いた、正にその時だった。
ミシシッ。
鈍く、重い音が響くとほぼ同時
ボキッ!
木が折れた。。
「うわああっ!」
「アーサー!」
その時、なんとも言えないイヤな音がした。
例えるなら、
グシャッ。
何かが肉を裂いた音だ。
「リオン!!」
真っ先に我に返り、駆け寄ったのはフェイだった。
「フェ…イ。わるい…ぬかった」
「リオン!!!」
抱き支えたフェイの服と、その手が真っ赤に染まる。
私はそれを呆然と見つめていた。
落下したアーサーを、抱き留めたリオン。
その上腕には折れた木の枝が、深く突き刺さっていたのだった。
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