魔王城の勉強
勉強というのはとても大事な事だ。
学生時代には解らなかったし、逃げ出したいくらいにイヤな事だったけれど。
でも、大人になってみるとそのありがたみがよく解る。
国語、英語、数学、理科、社会。
体育、家庭科。
確かに全て役に立った。
まさか、異世界でも役に立つとは思わなかったけれど。
『今、勉強しておけば、きっと役に立つから』
…そんな母の声が聞こえたような気がした。
「そう、これが、『実』で、こっちが『花』ですね。
あと、ここの綴り、違ってますよ」
木の板に私が書いた綴りを見て、フェイが間違いを指摘してくれた。
ゆっくり落ち着いて思い出し、横に正しい綴りを書き直す。
「あ、ありがとう。ん…っと、これ、でいいのかな?」
「そうです。流石。覚えが早い」
「フェイ兄の教え方がいいから」
「どういたしまして。リオン、そっちはどうですか?」
「あと、ちょっとだ…多分」
「くそ、負けないぞ!!」
「リオンにいに、がんばれー」「がんばーー」
私達の勉強風景を子ども達は、遊びながら時々興味深そうにのぞき込んで、意味が分からないなりに応援してくれていた。
勉強の為の準備が整った翌日から、私はフェイとエルフィリーネに頼み込んでこの世界で勉強を始めた。
まず最初に学んだのが字の書き方だ。
子ども達の名前、私とエルフィリーネ。
そして三人の名前の綴りは以前教えて貰った。
この世界の言葉は、日本語タイプではなく、英語タイプの表音文字の組み合わせだ。
それは、この世界の名前が英語によく似た発音だったことからも予測はできていた。
基本の文字が32文字。
英語と同じように大文字小文字があって、単語を組み合わせて文章を作る。
動詞、品詞、接続詞、進行形、過去形など。
この世界独自のルールを覚えるのが大変ではあるが、英語だけでなくその他外国語もあった向こうの世界に比べれば、そこまで苦になる話でもない。
ただ、単語を頭に完全に入れるまでは気が抜けない。
計算は所謂10進法。
むこうと同じなので数字10個を覚えればあとは簡単だった。
今は、子どもたちにも食事の時などに物の数を一緒に数えるなどして教え始めた。
掛け算九九や、割り算込みの四則計算は、フェイの方が興味を示していた。
現代の教育課程、恐るべし。
でも、フェイはやっぱり凄くて、基本を教えたら、あっという間に私より計算早くなってた。
…がっくり。
ただ、このお城には現在の硬貨がないので、お金の単位は今一つあやふやだ。
リオンやフェイも、実際にお金を使う事は殆どなかったのでよく解らないという。
それは今後の課題にしておかなくてはなない。
なんとか、外の情報がもっと得られればいいんだけど。
私達の主な勉強時間は子ども達のお昼寝の時間と、寝た後だった。
日中はやらなくてはならないことがたくさんある上に、子ども達から目も放せなかったから。
だから纏まった時間がなかなかとれないのが悩みの種だった。
そこで!
私は秘密兵器を作ってみた。
小さな木の板をたくさん作って、それを正方形にした積み木を作ったのだ。
イメージは子どもの頃に遊んだ「あいうえおつみき」だ。
積み木の表面には大きく基本文字を掘り、裏面にはそれが頭文字の絵を堀り描く。
本当は絵の具やインクなどがあれば、もっときれいになるのだけれど仕方ない。
前から子ども達が遊べるもの、が欲しいと思っていたのだ。
定番として木で作ったおままごとセット。
あまり布で作ったボール、などは用意した。
そして、文字つみき。
今の所、ままごと道具より、文字つみきの方が人気が高い。
文字そっちのけで高く積んだり、長く並べてみたりする子もいるけど、元々そういう遊び方をしても楽しいのがこのおもちゃだから構わない。
子ども達を遊ばせながら、私も字や単語を覚えたし、子ども達も少し読めるようになってきた。
そういえば。
ギフトのおかげでそういうオモチャ作りには困らないのはありがたいのだけれど、定番の動物のぬいぐるみや木の人形、ミニカー、電車のオモチャなどを作ろうとしてハタと考えてしまったっけ。
「この世界の動力とか、どうなってるんだろう?」
フェイに聞いてみたら、基本はヨーロッパ中世に近く、タイヤとかはあるらしい。
でも自動車とかは当然なく、かなりの貴族とかでも移動は良くても馬車、ということだった。
魔術、精霊術を使った移動手段もあるらしいが一般的ではないとのこと。
なら、ミニカーとかは作ってもあまり意味は無さそうだ。
代わりに木剣やおもちゃの弓矢とか作ってみる。
ケンカとかに使われると困るけど、小さい頃から正しい使い方は練習しておいた方がいいかもしれないから。
それから、穴の開いた大きい木の球を紐に通すおもちゃとか、薄い丸い板を箱の中に入れるおもちゃとか、ジグソーパズルもどきとかこの世界の材料で作れそうな物を思いつくまま作ってみた。
あれもこれも、と考えていたら止まらなくなっただけだけど、幸い子ども達は喜んでくれている。
自分達の好きな遊びを見つけて遊べるようになってきたのだ。
おもちゃは子どもにとって万国共通の喜び。
頑張った。私。
片付けはもちろん、しっかり教えるけどね。
そうして、私たちはエルフィリーネに全体の子ども達の様子を見てくれるように頼みつつ、側で勉強できるようになったのである。
「あー。もうめんどくさいなあ」
基本文字の書き取りに悲鳴を上げているのはリオンだ。
この暫くの間で解ってきたことだけれど、リオンは日本で言う所の体育会系。
けっして頭が悪いわけではなく、むしろかなり頭はいい方だと思うけれど、じっと座っていたり勉強したりはあまり好きではないようだ。
私とアルが勉強を始めるようになって、リオンもいつの間にか参加するようになったけれど、真剣に取り組んでいるけれどそれでもやっぱり苦手なものはあるだろう。
そこは仕方ない。
でも…
「でもリオン兄、ここ暫くですごくしっかりと字が書ける様になってきたんじゃない?
前はペンで字を書くのも苦労していたのに…」
私は立ち上がり、リオンが書いた木の板を見ながら、そう声をかけた。
「え??」
上手くいかない、とイライラしていたリオンは私の声に驚き、パチパチと眼を瞬かせている。
「うん。ここの綴り、私も間違えたのにちゃんとできてる」
「あ、ああ…」
「私はむこうで勉強してた基礎があるからできるけど、全然の所からやってるんだもん。リオン兄はすごいよ」
「そ、そうか?」
「今は大変だと思うけど、覚えておくと絶対に役に立つから。一緒に頑張ろう?」
「よし、解った。ありがとな。もう少し頑張ってみるか!」
気持ちを切り替えることが出来たらしいリオンは、一度背伸びをするとまた木板に集中し始める。
「お見事」
パチパチパチとフェイが小さく手を叩いてくれた。
…どうやら彼にはバレていたようだ。
隣で見ていたアルは意味が分からないようで首をかしげているけど。
これは、教師とか保育士が良く使うテクニックの一つ。
俗に言う「勇気づけ」というものだ。
子どもは叱るより褒めてやる気を出させた方が良く育つ、というのは最近の子育てとかでも言われているけれどそれをもう一つ、進めた手法。
良い点を見つけて、具体的に褒める。
そうすると、子どもは自分には良い所があるのだと自信を持てるようになる。
悪い所があると、そこばかり気にしていると思考がマイナスになってしまいがちだけど、気持ちを切り替えてプラスの思考を持たせた方がやる気になるし。伸びるものなのだ。
現にリオンは諦めかけていた書き取りを最後までちゃんとやり終えた。
「どうだ!」
とフェイに木板を見せて合格点をもらうと、心底嬉しそうな笑顔を見せた。
「リオン兄に負けてらんねえ! オレも頑張る!!」
少し手が止まっていたアルもまた課題に取り組み始める。
「焦らないで。アル兄の字のいいところは丁寧で、キレイなところなんだから。
ゆっくり、しっかり覚えよう」
「おう!」
二人とも、すごく勉強熱心だから、きっと1年もしないうちに読み書き計算はできるようになる。
課題に一生懸命に取り組む二人を見ながら、私は思った。
…異世界だろうと、人の心持ちは、多分そんなに変わらない。
それはここ暫く、子ども達と接してよく解った。
なのに、どうして世界はこんなに歪んでしまったのだろうか?
不老不死というものはそれほど魅力的なものなのだろうか?
他の事など、どうでもよくなるほどに…。
私も、木板にもう一度むかう。
負けてはいられない。
私が覚えないと、子ども達に教えられない。
教える為には、教える事の倍、学ばなくてはならないのだから。
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