魔王城の勉強(準備)
翌日から、私の「勉強」が始まった。
訳ではない。
その前の下準備が、色々と面倒だったのだ。
現代日本だったら、紙も本も山のようにあったし、字を書く道具も鉛筆、ボールペン、サインペン、油性ペン、クレヨンなどなどより取りみどりだった。
でも、この世界にはそんな便利なものはなにもない。
本は羊皮紙に手書きで書かれた貴重なモノ。
魔王城の図書室の本も全て羊皮紙製の手書き本だった。
ただ、フェイが言うには外の世界では少し安価な紙や、印刷技術が生まれていたらしい。
本も随分前から出回り始め、まだ一般人が手にすることは難しいけれどお金持ちの家には聖典と呼ばれるこの世界の聖書のようなものや、楽しむための物語本などもあったらしい。
この世界の物語とかは少し読んでみたいけれど今は、勉強が先だ。
どうせ、手に入れても読めない。
まず先にすべきことは、この世界の文字、言葉を覚える事だった。
その為には書き取りが必須で、書き取りの為には筆記用具が必要だ。
ペンなどは古いものがお城に少しあったけれど流石にインクは無かった。
「インクの作り方、インクの作り方…」
私は必死であちらでの記憶を掘り起こす。
流石に保育所や幼稚園でインクづくりはしたことはなかった。
まだ紙づくりの方が経験がある。
牛乳パックの再生紙作りだから、再現なんて絶対無理だけど。
「作り方は解るんですか?」
フェイが興味深そうに聞いてくる。
外の世界では識字率は本当に低いらしい。
つまりインクや紙は貴重品、ということだ。
子どもとしては本当に珍しく、文字数字を教えられ覚えたというフェイですら、インクに触れた事は数えるくらいだという。
「確か、煤と油を混ぜて作ればなんとかなる…と聞いたような…?」
私がネットで見たおぼろげな記憶では粘土と煤を混ぜて、鉛筆の芯もどきを。
煤と植物性油を混ぜてインクを作る、という記述があった。
何かの小説でやっぱり、異世界転生系の主人公がそういうことをしていたような気がする。
迷っている暇があるならやってみるしかない。
ギフトがある分、「作る」ということなら私には分があるのだ。
煤と言えば、竈。
台所の竈を覗いてみる。煙突が付いていて調理の煙は外に逃げるようになっている。
けっこう高い。けど、中は真っ黒だ。
煤は確かについている。
私が煙突掃除をして煤をあつめればいいのかな?
とりあえず中に昇ってみようかと私が壁に手をかけると
「何をしておいでですか? 危ないのでお止め下さい」
必死の形相のエルフィリーネが止めに来た。
流石お城の守護精霊。建物の中の事なら、どこで何をしているか解るのか…。
ん?
ふと思いついて頼んでみる。
「エルフィリーネ。煙突の煤って集められる?」
「? はい、できますが…?」
城の守護精霊がパチン、と指を弾くと煙突の中の煤がポロポロと落ちて、竈の下に山を作った。
うわー、凄い。掃除機いらずだ。
「ありがとう。あとは…何か植物性の油…無いかな?」
「この城は蝋燭やランタンのような灯りは必要ありませんので…」
そうなると外で探すか、獣の油でやるしかないのかな?
そんなことを考えていた時、ふと、思いついた。
向こうの世界のサインペン、油性と水性ってあったよね。
とりあえず、使うだけなら水と混ぜればいけない…かな?
私は煤を入れた瓶に水を足して、少しずつ混ぜてみることにした。
ぐるぐるぐるぐる。
大丈夫だ。
水を加えた時点で一つのものも、と認識されたらしいインクと水が瓶の中で、洗濯機のように回っている。
あんまりゆるくなりすぎては使えない。
私は適当な所で止めてみた。
私が使うのは筆記用だから、あんまり粘性が無くてもいい。
とりあえず、古いタイプの羽ペンにインクを付けて、薄く切った木の板に日本語の文字と数字を書いてみた。
書きづらいけど、なんとか書けそうだ。
「これならいけるかも」
書ききれなくなったら、ギフトで木の表面を削って消せばいい。
数を用意して、アルや、リオン、子ども達の勉強にも使おう。
お絵かきとかにも使わせてあげられるかな?
それにしても。
私はため息をつく。
「勉強するのさえ、一苦労だ。
現代日本って、ホント、恵まれてたんだなあ」
向こうの世界では飽き飽きしていた文書作成。
保育計画にお便り。お知らせ、報告書。
最近はパソコンも使えたけれど。
…ほんの、ほんの少し、懐かしく思ったのだった。
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