僕たちの逆襲
この世界に、最初から僕達の居場所は無かった。
世界はずっと昔から、老人たちのものだったのだから。
物心ついた時、もう僕はこの世界が僕達のものではないことを知っていた。
身体が小さい。
『子ども』と言うだけで蔑まれ、放置され、こき使われるのが宿命だ。
それを思い知らされていた。
屋根があり、そこで眠れるだけまだマシなのだとみんなが言う。
確かにそれは事実なのだろう。
僕達の手の届かない路地で、寝そべる『子ども』を。
自分でさえ幾度も見る機会があった。
そんな時、リオンは血が出る程に唇を固く噛みしめ自分の思いを、必死に押さえているようだった。
自分にとって本当に幸運だったのは、リオンと共に在れたことだと思っている。
自分が自分という存在だと気が付いた時から、既にリオンと二人一緒だった。
フェイ、と名をつけ呼んでくれたのもリオンが初めてだった。
リオンは兄弟だ、双子だと言ってくれたけれど多分それは嘘だと解っている。
持っていたのはリオンだけ。
名前も、言葉も生きる目的も。全てリオンが与えてくれたものだった。
だから、ついて行くと決めている。
リオンが自分を必要としてくれている限りは。
隣にいる事を許してくれる限りは、共に在り続け支えると決めていた。
「なあ、フェイ」
仕事を終えた夜中。二人だけの寝床の中でリオンはよく夢を語ってくれた。
「俺は、力が欲しい。この世界を変えていける力が欲しいんだ」
こき使われて、身体が動かない程くたくたでも、リオンの声を聞くと元気が出た。
「俺達みたいな子どもが、みんなで暮らして平和で生きられる世界が欲しい。
こんな厳しい世界なんか、ぶっ壊れたって構わない。ううん、いつか俺がぶっ壊してやる。
だから、一緒に世界を変える力を探そうぜ」
そんなこと無理だ。と心のどこかでも思わなかった、と言えば嘘になる。
けれど、やっぱり心のどこかでリオンならできると思ったのだ。
生まれた時から、生きる場所なんかなかった厳しく、苦しい世界。
生きているだけで精いっぱい。
みんな心折れて動けないのに、リオンだけは前を向いている。
先を、未来を見つめている。
「そうですね。ええ、いつか世界を壊しましょう」
だから、冗談のように口にした。
「かつて、世界を滅ぼそうとした魔王がいたそうです。いつかリオンが魔王になればいい。
僕は魔術師になって、リオンの側で、助け護りますよ」
「ハハハ、それいいな。世界最高の魔王と魔術師になって世界をぶっ潰そう」
夢のような夢の話。
リオンは、もしかしたら忘れているかもしれない。
けれど、それは自分にとっては未来を夢見る約束。
胸の中でどんな暗闇でも輝き続ける光となったのだった。
魔術師を目指したのは特に理由はない。
ただ、この世界で新しく生まれた者達が生きる場所を手に入れる為には力が必要で、その力を手に入れる数少ない方法が魔術。だっただけだ。
自分たち二人を拾ってくれたのはとある城の魔術師だった。
彼も「子どもあがり」で決して高い地位を持てていた訳ではないけれど、身につけた魔術の力で尊重されるくらいの力はつけ、子どもを拾うくらいの我が儘が許される人間だった。
魔術師の目的は子どもだけが持つ「ギフト」
自分の地位や立場固めの為にそのギフトを使えないか、と考えてのことらしかった。
「ギフト」は基本身体能力系の強化から生まれる。
それは厳しいこの世界を生き抜くために、生まれてくるものだからだ。
リオンはジャンプであり、自分は記憶能力の強化だった。
魔術師は、なかなか「当たり」だったと喜びそれを周囲に隠したうえで『上手く』使っていた。
盗賊まがいの事は何度もさせられた。
敵地に忍び込み、情報収集をさせられた時もある。
貴族の家に忍び込み、持ち出せない魔術書を覚えて伝えた時には上機嫌で、珍しく食事をさせてくれたこともあった。
そんな生活は決して楽しいものでは無かったけれど、それでも生きて行く為にはその力を得る為には我慢するしかない、と言い聞かせていたのだ。
いつしかリオンは夢を語らなくなった。
それでもきっと、お互いの心の中でいつまでも最も輝かしいものとしてずっとあり続けていたのだけれど。
我慢が、弾けたのは「アル」との出会いだった。
アルは…その頃は名前すらなかったけれど…自分より酷い扱いをされている子どもだった。
危険を退ける、滅多にいない眼の持ち主だと言われて人買いから買ったのだと自慢する男は本当に獣のように「飼っていた」
首に縄を付け、服もろくに与えず連れまわし、いざという時、彼の主人は彼の眼を使った。
不運を避け、幸運を選んでいく主が幸せになっていくたび、彼は不幸になっていくのが目に見えるようだった。
「フェイ。俺の我がままを許してくれるか?」
「リオン。貴方の我がままじゃありません。僕達の我がままです」
その日、二人で館を抜け出した。
彼の主の館にジャンプして、助け出したその足で街を逃げ出した。
当ては無かった。
以前、子どもが平和に暮らせる土地がある、という話を見知らぬ老人から聞かされたけど信じてはいなかった。どこにあるかも解らなかったし、ただ逃げただけだ。
日々の生活の為か、それともリオンの初めての「人を巻き込んだ空間移動」に身体がついていかなかったのか。
半死半生だった自分達は、そのままだったらおそらくのたれ死んでいただろう。
「貴方は………」
「生きたいか? 子ども達」
追っ手を倒し
そう問いかけて来た老人と出会わなければ。
彼に連れられてやってきたこの島は、今までに比べれば天国だった。
何より周囲に「大人」がいない。
住処は無人の「魔王城」
屋根があり、寝床がある。
周囲は豊かな森。獣を狩れば肉が、手を伸ばせば木の実も手に入った。
ここで、どれだけぶりかでものを食べる喜びを思い出したものだ
ここが世界で唯一の墓場であったとしても。
リオンがいて、一緒に生きられる場所がある。
どれほど幸せに思ったかは言葉では言い表せない。
そこで彼、アルとリオンが名付けた少年も元気と言葉をだんだんに取り戻していった。
老人は基本的に城の中には入らない。
ただ、自分達と同じように虐げられていたであろう子どもたちを連れて来ては、館の中に置いていくだけだった。
子ども達はみんな心、壊れているようだった。
話しかけても反応も無い。
ただ、泣くこともなく、寝そべって上を見上げるだけ。
何かに手を伸ばすだけだった。
話しかけても反応も無く、聞こえる様子も無い、アルよりも小さな子達にできることは思いつかず、食べ物を与えるのが精いっぱい。
「どうしたらいいんだ! どうしたら、助けられるんだ!」
そんな、地面を叩くしかないもどかしい日々は突然終わりを告げた。
「リオン兄、フェイ兄、アル兄 手伝って! 大掃除するよ!」
運命を変える『女神』の訪れによって…。
彼女 マリカは知らないだろう。
自分の存在が、行動がどれほど自分達を救ったか。
彼女が来てから、城は輝きを増し、子ども達は名前と生きる力と暖かい「食事」を与えられた。
墓場は死者の眠る聖地となり、自分達は忘れていた夢と、未来を取り戻していたのだ。
マリカの「ギフト」が目覚めた夜。
「なあ、フェイ」
暖かい布団とベッドの中で久しぶりに自分を呼ぶ、リオンの声を聴いた。
「俺は魔王になりたい、って言ったらどう思う?」
「リオン?」
横を見る。
天井に向けて手を伸ばす、真剣な顔のリオンがそこにはいた。
「かつての夢物語じゃない。これは、本気で本気の夢だ。
俺は魔王になる。
世界を変える大魔王を守る手足となって、世界を壊す魔王にだ」
リオンが言う「大魔王」が自分には誰か、解っていた。
マリカの「ギフト」 物の形を変える能力、と彼女は認識しているだろう。
あれは、普通の「ギフト」ではない。
本人は料理や裁縫に使うものだと思っているのかもしれないが
恐ろしいほどに「壊れている」
自分を作り変えるのではなく、他者を作り変える能力はもし、大人に知れたら奪い合いになることが目に見えているほどに。
しかも「ギフト」には先がある。
本人が研鑽し、磨き上げたその先に新たなステージが待っているのだ。
気付けない人間にはただの飛翔でしかない「ジャンプ」を磨きあげ、他者さえも介入させる空間飛翔にまで磨き上げたのはリオンの研鑽と努力の賜物だ。
自分の記憶能力にも、リオンにさえ伝えていない続きがあった。
見聞きしたものを完全に記憶する能力。
それは、他者の技術や知識にも応用できると知った。
かつて、館で見た射手の指運び、腕の動きそれをトレースしてみれば始めて射た矢は簡単に的に吸い込まれて行った。
剣の術も同じ。正しい剣士の正しい剣術を真似てみれば多分リオンにも負けないだろうとそういう自信が今はある。
「異世界」という異邦の高度な知識を持つマリカ。
真面目で、優しい彼女が自分達と同じように能力を使い、学び磨き上げて行けば、おそらくきっとステージが上がる。
その先に何が待つのか、何か考えるだけで胸が泡立つ程に楽しい。
リオンは夢と言ったけれど、夢でなくする術を自分は知っている。
ここは、一度は世界の頂点となった魔王城。
人の世で失われた知識や宝物が山のように眠っている筈だ。
加えて側には人外の知識と魔力を持つ最高峰の「精霊」。
星の祝福を持つ子ども達を率いるのは絶望の中でも決して諦めず、人に与える力を持つ男と、異世界の知識と世界を変える力、何よりも「人を育てる技術」知る女。
大丈夫。できる。
不老不死に頼り、甘え、育つことを忘れた老人たちなど自分達はきっと、滅ぼすことができる。
そして、いつかは役立たずの神さえも…。
「僕の返事は変わりませんよ。リオン」
横に眠る半身に答える。
あの日と同じように。
「リオンが魔王になればいい。大魔王が仲間に増えただけです。
僕は大魔術師になって、リオンとマリカの側で、二人を、みんなを助け護りますよ」
「ああ、そうしよう。世界最高の魔王と魔術師になって世界をぶっ壊そう。
そして、こんな酷い世界を作り直すんだ! 世界に逆襲してやろう!」
今、星が生まれた。
希望という輝かしい星が。
老人たちには絶望かもしれないけれど、知ったことか。
この世界には最初から自分達の居場所は無かった。
なら、全部壊して作り上げるまでだ。
「ありがとう。リオン。これからもよろしくね」
「お、おう、任せろ!」
「うん、頼りにしてるから」
「魔王城を統べる輝かしき守護精霊」
麗しの姫君と未来の魔王の会話を見つめていたエルフィリーネの横に立ち、僕は囁く。
「マリカが大魔王として呪われたこの世界を作り変え、リオンが魔王として彼女を守り統べる。
僕がそんな世界を、大魔術師として作りたい、支えたい、と言ったら。
どう思いますか? エルフィリーネ?」
彼女はそれを聞くと、嬉しそうに笑って見せた。
「それは、ええ。
かつてと同じ。豊かで幸せな城と、主と良き人々が作り上げる平和が戻ってくるということ。
愚かで浅はかな神々を滅ぼし、大地に星の祝福を取り戻せるということ。
とても、とてもステキな提案ですわね」
その瞳は強く暗く輝く。
やはり彼女は、マリカや子ども達には決して見せないけれど、憎しみと怒りをその胸に今も燃え滾らせていたのだろう。
「その為に、力を、お知恵をお借りできますか?」
「勿論。喜んで」
戦くがいい。
呪われた大地にしがみ付く老人共。
僕達の逆襲はここから始まるのだ。
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