魔王城のお姫様

 みんなのお着替えが完成して、ホッと一息ついていた私にふと、気付いたというようにフェイが問いかける。


「ところで、マリカの服はないんですか?」

「え、無いよ? 作ってないもん」

「え?」


 答えた私をギロッ、と音がするように全員の目が私を睨んだ。

 なんで? なんだか怖いんですけど。


「何で、作ってないんですか? まず、一番最初に自分の服を作るべきでしょう!」

 フェイの半ば呆れの混じった声に、うんうんと皆が同意する。


「え…、だって…、まず最初にたくさん汚れるから自分で洗えなくてたくさん着替えが必要なみんなの服が先でしょ?

 私の服は、寝る前に自分で一応洗ってるし」


 確かにボロボロではあるけれども、汚れはなるべく落とす様にしているのでみんなよりはマシな筈だ。


 はあ、と呆れたようにリオンがため息をつき

「…確かに、子ども優先ってお前の気持ちも解らないでもないが…。

 なあ、みんな。マリカの可愛い服、見たくないか?」

 にやりと笑ってみんなを煽り始めた。


「ちょ、ちょっと待って!」

「みたい!」「ねえねのキレイなふくみたい!」「かわいいふく、かわいいふく!!」


 リオンの言葉になんだか子ども達が妙な盛り上がりを見せ始めている。


「あのねえ。私は水仕事もあるしあんまりキレイな服は…」

「いつも着なくていいんですよ。僕達だって狩りをするときは流石にこの服では行けませんからね。

 ただ、大事な存在が綺麗な服を着てくれたら嬉しいでしょう?

 僕達の服を見て、そう思ってくれたのなら、マリカも一枚くらい、良い服を作って僕達にお披露目してくれてもいいと思いませんか??」


 こんこん、せつせつと説得するフェイの横で

「ねえね。これ、これ。かわいい…」

 エリセが自分の髪のリボンを私にするりと、外して差し出す。


 …自分がこれをつけて、かわいくなったから。

 私にもこれをつけてかわいくなれ、というわけだ。


「ありがとう。エリセ。だいじょうぶ。

 私も洋服作って、着替えてくるから」

「わあっ」

 リボンをもう一度、エリセの髪に結ぶと私は部屋を出る。

 妙に盛り上がって溢れる期待の眼差しを背に。


 思わずため息が零れる。

 どうしよう。

 おしゃれなんて、あっちでもこっちでもトンと縁が無かったんですけど。


「マリカ様?」

「わっ。エルフィリーネ?」

 ぼんやりとしていた私にエルフィリ―ネは小さな包みを差し出す。

「これをお使いになって下さい」


 そっと開くと、薄紫色の品のいいドレスが入っていた。

 するりとした良い肌触り。これはシルクとかそういうかなり良い布地なのでは?


「これは?」

「前の主が使っていたもののひとつです。執務用なので装飾も少ないですし仕立て直しには良いかと」

「いいの? 大事な服でしょ?」

「マリカ様が着て下さるのであれば」


 深いお辞儀と共に一歩下がってしまったエルフィリーネの眼にも、さっきのみんなと似た色が浮かんでいる。

 多分、私がこの服を着るところを見てみたいと思ってくれているのだろう。

 仕方ない。逃げるのは諦めよう。


「ありがとう。使わせて貰うね」


 受け取ったドレスを持って部屋に戻り、広げてみた。

 優美でシンプルな趣味の良いドレスだった。

 中世でよく見る胸元から前の部分が白く、長いケープを着ているように見えるデザインだった。

 ハイウエストで、フレアボトムには金の刺繍がある。

 袖が広い服は仕事をしなくてもいい富裕層の証だったと前に本で見た気がする。

 サイズは女性服のSサイズといったところ。

 前の主、という人は小柄だったらしい。


 とはいえ、

 今の私の外見は小学校1~2年生くらいだ。

 流石にこの服は大きすぎてそのままは着られない。


 頭の中で完成形をイメージする。

 袖は長すぎると困るので少し切らないといけないけれど、大事な服なのだろうから、できる限り元の形を残したい。

 長すぎる裾も切るのは最小限にして後は内側に腰上げして止めた。

 まるでペチコートを着ているようにふわりとスカートが膨らんだ。

 それでもかなり長くてキレイな、裾引きのドレスはまるでファンタジー世界のプリンセスそのものだ。


「どうかな?」

 あまり布で作ったサッシュをショールのように肩に羽織ってみる。


「とても良くお似合いですわ。どうぞ、ご覧になって下さいな」

 エルフィリーネが、どこにあったのか姿見を出してくれた。

 この世界にも鏡があったのかと驚きながら、私は初めてこの世界での自分の姿を、じっくりと見つめた。


「髪に櫛を入れさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「あ、ありがとう」


 丁寧にエルフィリーネが梳いてくれた髪がサラサラと肩を流れる。 

 生前と同じ黒髪だけれども、癖が強かった昔と違いサラサラのストレートだ。

「夜色の美しい髪でいらっしゃいますね」


 目の色は深い紫。

 エルフィリーネが選んでくれた服の色と、よく合っている。

 涼やかな目元。整った鼻。桜色の唇。

 最初は細く年相応には見えなかったけれど、近頃は栄養がいいのかすんなりと伸びて肉がついてきた手足。

 黙っていれば多分、お姫様に見える。


 …この世界の私はもしかしたら、なかなかの美少女なのかもしれない。


「こうしてまた、主の髪を整えさせて頂ける日が来るなんて、これ以上の幸せはございません」

「エルフィリーネ…」

 噛みしめるように告げたエルフィリーネは余った布で作ったリボンで髪を編みこんで結んでくれた。

「さあ、参りましょう。

 きっと皆が心待ちにしております」

 長い裾を踏まない様にエスコートの手を伸ばしてくれたエルフィリーネと一緒に私は、ゆっくりと大広間の扉を開けた。


 自分ではそこそこ似合っていると思ったけれど、みんなはどう思うかな?

 ちょっと心配だったのだけれど


「ふわあああっ~~」


「マリカ?」

 迎えてくれた子ども達の笑顔と歓声が、すべてを物語っていた。


「ねえね。キレイ。すごくキレイ」

 エリセの目がさっきよりもキラキラと輝いている。


「キレイ、キレイ!!」「ホント、キレイ!!」

「ありがとう」


 真っ直ぐに褒めてくれた子ども達をにお礼を言って、私は

「どう? リオン兄、フェイ兄、アル兄」

 3人の前に立つ。


「すげえ、キレイでかわいい。化けたなあ。マリカ!」

 子どもらしい素直な反応を見せるアルの額を

「レディに向かって失礼でしょう」

 ピン、とフェイが指ではじく。

「痛っ。何するんだよ。フェイ兄。褒めたのに」


 ふくれっ面のアルを無視して

「でも、本当に良く似合っていますね。僕が見てきた女性の誰よりも綺麗ですよ」

 フェイはまるで騎士のように私の手を取り跪くと手の甲にキスをしてくれた。

「わっ…」

 端正なフェイの顔つきと相まって本当に童話の主人公になった気分だ。

 少し照れる。


「あ、ありがとう。フェイ兄。アル兄も褒めてくれて。

 リオン兄は、どう…思う?」

 フェイから視線を外したくて、なんの気なしにアルの方を向く。


 と、そこには私よりも赤く染まったリオンの顔があった。

「あ…その…うん、似合ってる」

 照れ隠しのように咳払いしながら、顔を背け、それでもリオンは私を褒めてくれた。


 少し、可愛いと思う。


 リオンはこの世界で一番頼りになる、頼りにしているけれど、『私』の目から見ればやっと中学生くらいの男の子だ。

 思春期まっさかりとなれば、可愛い女の子を見れば照れるのも無理はない。


 うんうん。

 私は、すっかり学童保育の先生モードになっていた。


「ありがとう。リオン。これからもよろしくね」

 ふわりと服の裾を持って、マンガやアニメのお姫様風にお辞儀してみた。

 ちょっと刺激が強いかな?

 と思ったら、やっぱりそうだったらしい。


 リオンの顔の赤みが増した。

 マンガだったら、ボンッ! と擬音語がつく展開だ。

「お、おう、任せろ!」

「うん、頼りにしてるから」

 それでも胸を叩いてくれたリオンに私は、今できる最高の笑顔で微笑んだのだった。


「ねえね。きれい、きれい」

「だっこ、だっこして」

「はいはい」


 その後は、キレイな服を来た私に甘えてくる子ども達をだっこしたり、一緒に遊んだり本を読んだりして夕食の支度まで過ごした。

 仕事をするために着替えてしまったことで、みんなにあからさまにがっかりの顔をされた私は、ふと保育士時代を思い出す。


 …そう言えば、キレイなエプロンしてたり、ちょっとおしゃれしたりしていると子ども達もよろこんだっけ。


 あんなお姫様ドレスを普段着にするのは無理でも、なるべくキレイな服を作って着よう。

 と、改めて思ったのだった。



 




「どう思いますか? エルフィリーネ?」

「それは、ええ。とてもステキな提案ですわね」

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