魔王城のビフォーアフター

「でーきた。これで、全員分のお着替え完成!」


 私はやっと10人分揃った幼児服を並べて見る。


「うん、なかなか良い出来」


 自画自賛だが大目に見て欲しい。頬が緩むのを押さえるの大変なのだ。


 私が、自分のギフト=能力に気が付いてから約1日。

 魔王城はかなり劇的なビフォーアフターを遂げていた。


 守護精霊エルフィリーネの許可が得られたアイテムを色々使い、いろいろなもののDIYを開始した。

 勿論、フェイやリオンに手伝って貰っての能力実験検証も兼ねている。


 現時点で私の能力は、やはり「物の形を変える」ということで間違いなさそうだった。

 その「物」の基準は「私が一つの品物と認識しているもの」になる。


 例えば、切って貰った丸太を薄切りにすることはできた。

 薄切りにした板をさらに小さな板にすることも無事できた。

 けれど、その板を組み合わせて棚や箱を作る、ということはできなかったのである。


 これは、多分板、というのが私の意識の中で最小単位だったからだと思う。

 一方で板に簡単でも釘を打ち付けて1枚の大きな板を作った場合、それを箱に作り変える事ができた。

 釘もしっかり、思った場所に移動できて、頑丈な箱の完成だ。


 これを利用して、比較的装飾の少ない使用人用とかだったテーブルやいすを子ども用に作り直させて貰った。

 後で戻すことを考えて、テーブルは足を短くした分板面を広くして大勢が一緒に椅子に座って食事ができるようにする。


 椅子も子ども用に高さを合わせて作りかえることができたので食事だけじゃなく遊んだり、勉強や読書をするときも集中しやすくなると思う。

 子ども一人一人にロッカーも作り、そこに木箱を用意する。

 今後、衣服や自分の持ち物が増えたら、そこに入れて貰う予定だ。



 それからもう一つ、重要なポイントは、形が変わるだけで量は増えもしないし減りもしない。ということだ。


 仮に古着の一枚を子ども用の服に仕立て直そうとする。

 形は思った通りの子供服になるけれど、生地を切って減らさないと裾や袖が異様に長い変な形になってしまう。


 先に裾や袖を切り、布や装飾を減らしておけばピッタリの子供服ができる。

 ただし、服や布地を切り落としてしまうと、今度は元に戻らなくなる。

 切り落とした布地や糸が全て残っていれば元に戻るけれど、オリジナルの布を他のものに使っていたりすると足りない分に穴が開いた変な服になってしまうようだ。


 豪華なドレスなどは勿体ないので、これも使用人用のお仕着せや使っていなかった布地などを利用させてもらうと動きやすくて可愛い幼児服が完成した。

  

 これで、着替えと洗濯もできるようになったのはありがたい。

 切り落とした布地はタオルや雑巾代わりに使う事にする。

 あと、おもちゃ用に布ボールも作ってみた。


 無駄は極力少なく。もったいないの精神は重要だ。


 私のギフトは今の所、料理に一番うまく使えている。

 肉の切り分け、野菜の加工がとっても楽になったのだ。


 肉のミンチ、薄切り、厚切りも思いのまま。

 野菜もみじん切りが可能になったので子ども達のスープもかなり食べやすくなったと自負している。

 今、子ども達に一番人気はエナの実と、玉ねぎによく似た味わいのシャロの実のミネストローネもどきだ。


 あと、一番嬉しかったのは小麦粉が作れる様になったこと。

 城下町で見つけた穂の着いた草は、やはり野生化した麦だった。

 それを採取してギフトで加工したところ、粗びきではあるが小麦粉ができたのだ。

 白く、私達が日本で食べていた粉くらいにキレイな粉にするには胚乳部だけを使うようにすればいいと、以前子ども達と見学に行った製粉工場で学んだけれど今は量がないので質より量。


 栽培ができるようになったら純白小麦粉には挑戦してみたい。

 小麦粉ができれば、料理の幅がぐんと広がる。

 特にリンゴに似たセフィーレの実で作っている天然酵母は今、一番の期待の星だ。

 成功したらパンが作れる様になるかもしれない。

 今から、楽しみで胸がわくわくする。


 城下町で見つけた麦や、野生化した野菜は、子ども達と一緒に魔王城の庭に移植してみた。

 これから丁寧に育てて行けば、子ども達にとってきっといい食育になるに違いない。

 

 今まで使い道が無くて困っていた狩って来た鹿の皮やイノシシの皮も冬になったら加工してみよう思っている。

 たしか、鹿やイノシシの皮から膠というものが作れると以前、ネットで見た小説に載っていた。

 これは「形を変える」だけではできないので試行錯誤してみるしかないけれど、幸い冬には時間はありそうだから。


 私は完成した服を大きな布に包んで抱えると部屋を出た。

 部屋は余っている、というので以前から倒れるたびに寝かせて貰っていたベッドのある部屋を私の部屋、にさせてもらったのだ。


 寝るときは子ども達と一緒に子ども部屋で寝るけれど、作業をするときなどは部屋で集中させて貰っている。

 ハサミとか子どもの側で使うのは危ないし。


 ちなみにリオンとフェイは同室。

 アルはまだ、子ども部屋で一緒に寝ている。

 子どもの体力では10人分を運ぶのはかなり辛いけど、頑張る!


「みんな~、ちょっと来て~」

「あ、ねえね!」

 大広間、もとい子ども部屋に入って皆を呼ぶと、それぞれに遊んでいた子ども達が集まってきてくれた。


 うーん、かわいい。


「お疲れさまでございました。主。御用はお済みですか?」

「うん、みんなを見ていてくれてありがとう。エルフィリーネ。なんとか皆の分できたよ」


 作業中、子ども達を見ていてくれたエルフィリーネにお礼を言うと私は布を開け、子ども達の前に新しい洋服を差し出した。


「はい、新しい服ができたよ。ちょっとお着替えしてみようね」 

「おきがえ?」


 みんな、興味深そうにツンツンと服をつついている。

 これが自分の服だという実感はないらしい。


「そう。今の服はちょっと汚れてるからね。エリセ、こっちに来てみて?」

 私は、エリセを呼んで服を脱がせた。

 布で裸を隠し、新しい服を着させる。

 ずっと、洗濯したことの無かったであろう服はすえた匂いがするしボロボロだ。

 肌着、下着。ブラウスとジャンパースカート。それに靴下。

 髪の毛を縛るリボンもつけた。


「はーい、みんな見て!!」

 布をパッと外して新しいエリセの服をお披露目する。

「わああっ!」

 子ども達の顔が弾ける様に明るくなる。

 そこには生まれ変わったように可愛いエリセの姿があったのだ。

 茶色の流れる髪、同じ色のくりくりとした瞳。

 それに合わせて赤を基調にしたジャンパースカートは、白いブラウスと合わせて、温かみのある色合いでエリセを彩っている。リボンも赤色。

 自画自賛だけれど、良く似合っている。絶対。

 

「すごーい!」「きれー」「かわいー」

 子ども達はみんな少ない語彙の中から全力でエリセを褒める。

 当のエリセはといえば、どこか固まったように服と、服を来た自分を何度も何度も見ている。


「これ…わたし…の?」

「そうよ。エリセのお洋服。エリセだけのお洋服よ」

「おー、かわいいな。エリセ。お姫様みたいだ」


「あ、にいに!」「エリセみて、かわいい」

 騒ぎを聞きつけたのだろうか?

 部屋を覗いたリオンとフェイがやってきて、新しい服に着替えたエリセを見る。


「新しい服…これはギフトで作ったんですか?」

 フェイは洋服そのものに興味があるようだ。服の裾などに触れてじっと見ていた。


「そう。エルフィリーネから貰った古い服を加工してね。一応成長期だから長く着れるように生地は多めにとって織り込んであるけど、サイズは合わせたから…かわいいでしょ」

「ええ、本当に素敵ですよ。エリセ」

「…ありが、とう。…うれしい」


 ぎゅっと、自分の胸元を抱きしめるようにしてエリセはそう言ってくれた。

 初めてエリセが口にしたそれは、自分の思いを伝える、言葉だった。


 子ども達と接しながらなるべく、褒める、というか勇気づけるように言葉かけをしてきたつもりだった。

 ありがとう。ステキ、キレイ、可愛い。

 今まで、きっとそんな言葉に出会えなかった子ども達。

 ここではできるだけ、明るい笑顔で接していきたい。

 プラスの言葉を子ども達にかけ続けて、明るい気持ちをもってもらえるように。

 ここが心の拠り所になるように。

 そんな日々を経て、エリセが「ありがとう」「うれしい」と言ってくれたことが私には本当に嬉しかった。


 かわいい。

 キュンと胸がときめく程に可愛い。

   

「私こそ、ありがとう。エリセ。大好きだよ。ここに来てくれてありがとう」

 ギュウと、その小さな体を抱きしめた。


「マリカねえね。ボクのはある?」

「ぼくのは?」

「あ、心配しないで、もちろんあるよ。

 みんなの分、あるからね。えっと、こっちがアーサーので、こっちがギルの…。

 リオン兄、フェイ兄、アル兄。

 みんなの着替え、手伝ってくれる? あと、エルフィリーネ。私の部屋から木箱持ってきてほしいの。

 服が入ってるけど重くて持って来れなかった分があるから」


「よしきた」「いいですよ」「任せておけ」「わかりました」

 それからみんなで総出でかかること一刻。


「じゃーん! どう? ステキでしょ?」

 全員の着替えが終われば、見違えるほどに可愛らしくなった子ども達が勢ぞろいしていた。


 いや、元々うちの子たちはみんな可愛かったけれど。


 でも、顔や手を綺麗に洗い、清潔な服を着ればもう蔑まれ、捨てられた孤児の面影は見えなくなる。

 みんな良家の子女と言っても十分に通用するかわいい子達ばかりだ。


「ホントだ。服って大事なんだな」

 感心したように子ども達を見るリオン達が頷きながら言った。

 当の子ども達はと言えば生まれて初めてであろう新しい服にうっとりとしているのが解る。

 破けても継ぎも当たっていない服は着心地が良い筈だ。


「寝るときはこっちの寝巻に着替えて。後で着替えもっと作るからそしたらこまめに洗濯して清潔を心がけようね」

 大広間の一角に作った子ども用ロッカーに寝巻や下着の替えを入れる。

 舞踏会ができそうな美しい大広間に、幼稚園保育園仕様のロッカーは似合わないだろうけれどそこはスルーだ。


「こっちに来て。みんな」

 私は着替えた子ども達をロッカーの方に手招きする。

「これが、みんなの名前。そして、名前の下のロッカーの中にあるのが、みんなのもの。だよ」


 名前を打ち付けた木板の下にそれぞれのスペースがある。

 木箱の中には自分の寝巻、下着。そして皮で作った簡単なものだけど、靴を入れた。

「ここに入っているのは、自分のもの。でも、他のところに入っているのは他の人のものだから触らない。約束してね」

「…ぼくの…」

「そう。ここに入っているのはアーサーの。誰も取らないアーサーだけのだよ」

 生まれて初めての自分のスペースをアーサーはじっと見つめている。


 エリセもまたロッカーに嬉しそうに、触れていた。

 他の子ども達はまだ意味がよく解らないようだけれど、段々に教えて行こう。

 自分の持ち物、他人の持ち物。

 それを尊重する事は、最初に伝えて行きたいと思っていた。

 それが相手を思いやる事の基本だと思うから。




「あ、あとこれ着てみて。リオン兄。フェイ兄、アル兄」


 私はエルフィリーネに持ってきて貰った箱を、三人の前に差し出した。

「これは、皆の分の着替え。一応、サイズも合せて作ったつもりだけど…どうかな?」


「俺達の…服?」

「作ってくれたんですか?」「やった! オレも欲しかったんだ!」


 あっけにとられたような三人に、それぞれに合わせた服を私は取り出し、押し付ける。


「もし良ければ着てみて。なんだったら後ろ向いてるよ」

「い、いや。外で着替えてくるから。待ってろ」


 私が後ろを振り向くとリオンは照れたように顔を赤くすると服を抱えて外に出て行く。


「待って下さい。リオン! ありがとう。マリカ。僕も着替えてきます」

「オレも行ってくるな。待ってろよ!」


 3人を見送り、子ども達に衣服の畳み方や片付け方を教えたりしていると、トントンと控えめなノックが聞こえた。

「あ、にいに達が着替え終わったみたい。

 みんなでカッコいいって褒めてあげようね」


 私達は子ども達と一緒にドアの方に視線を向けた。


「どーぞー」


 呼び声と共に扉が開く。


「うわ~~~」

 ビックリした。


 褒めてあげようね。なんて子ども達に言う必要は無かった。

 カッコよかった。

 ものすごく、カッコよかった。


「どうだ? こんな、ちゃんとした服は初めてだから、これでいいのか解らないけど…」

 リオンは黒髪に合う様に白のシャツに赤地に金で刺繍したチュニック。

 動きやすいように短めにしたマントも赤。剣帯もついたベルトが本当に良く似合っている。

 鍛えられて背が高めのリオンはこのまま、王子様か、騎士見習いだと言っても十分に通じるくらだ。


「まるで、騎士団の儀礼用の衣装のようですね。凄く上質で着心地がいいです」

 フェイにはリオンとお揃いで、でも青系の衣装を仕立てた。

 リオンより細めだが筋肉の着き始めた若い精悍さが際立って、本当に似合っていると思う。


「元より騎士達が使っていた服ですから。 良く似合っていると思いますよ。お二人とも」

「二人? オレは?」


 エルフィリーネの言葉にアルが拗ねた様に頬を膨らませるけれど、アルだって似合っている。

 金髪と緑の瞳に合わせて、緑をベースに作ったのだ。

 日本人と違い、目の色、髪の色も色々だから、そう言う時はとりあえず目の色に服を合わせるのが良さそうだと今回の服作りで学んだ。

 緑のシャツにチュニック、ベルトにブーツ。

 リオン達に比べると、チュニックは短めにしたけれど、それが子どもらしい軽快さに溢れていて、映画に出てくるロビンフットかピーターパンのようだ。


「とっても似合ってるよ。みんな、すごくステキ」

「にいに。ステキ、かっこいい」

「カッコいい。カッコいい!」


 オウム返しのように繰り返す子もいるけれど、みんな目がキラキラ輝いている。

 憧れのものを見つけ、見つめる眼差しだ。


「おれも…」

「ん? どうした?」


 リオンは、いつの間にか足元に寄って来たアーサーを見下ろした。

 何か言いたげなアーサーと視線を合わせてくれる。


「おれも、にいにとおなじのが、いい…」

「? その服、似合ってるぞ? 嫌なのか?」

 アーサーの柔らかい金髪をくしゃりとリオンの手が掻き撫でる。


 アーサー達、男の子の服はそれぞれのサイズに合わせてはいるけれど、着やすさ重視なのでカッコいい飾りは少ない。

 それが不満なのかと思ったけれど、アーサーは慌てた様に頭を振る。


「いやじゃ、ない。でも…にいにたちと、おなじが…いい。にいにみたいになりたい」

 その青い眼に真っ直ぐな憧れと羨望が溢れているのを感じ取ったのだろう。


「わっ」

 ひょい、とアーサーをリオンは抱き上げた。

 リオンとアーサーの視点がほぼ同じになる。


「どうだ?」

「たかい。こわい」

 ぎゅっとリオンの頭にしがみ付くアーサーにリオンは静かに笑う。


「アーサーの背が伸びて、俺と同じ物を見れるくらいになったら、お揃いの服を着ような。

 マリカに頼んでやる。作ってくれってな。いいだろ? マリカ?」


 アーサーをだっこしたまま笑うリオンの言葉に私は勿論、と頷いた。


「うん、いいよ。だから、アーサーもごはんいっぱい食べて大きくなろうね」

「おおきくなる! ぜったい、すぐに、おおきくなるから!!

 そしたら、ぼくもリオンにいにやフェイにいにとおんなじふくつくって」

「ぼくも」「ぼくもおおきくなる!」


 降ろされたアーサーを子ども達が取り囲む。


「ありがとう、リオン」

「何がだ?」

「なんでもない」


 打ち捨てられていた子ども達が、夢も希望も無く、ただ寝そべっていただけのみんなが、大きくなりたいと願えるようになった。


 未来を夢見られるようになった。

 私は、それが本当に嬉しかったのだ。

 ここに、来れて良かった。

 この力を持つ事が出来て良かった。


 それが、魔王城一番の劇的ビフォーアフターだと思う。

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