私のギフト

 生まれた変化は小さなものだった。

 目に見えるものは何も変わってはいない。

 けれど、色々な事が変わったと、解る。

 あの日、自分がどう生きたいかを決めた事で、私は本当の意味でこの世界で生きる「マリカ」になったのだ。

 

 トクン…。

 私の中で何かが音を立て、ゆっくりと動きだしていた。

 今の私は、まだ知る由も無かったけれど。



「みんな~、真ん中の方で遊んでね。端っこはあぶないよ。おっこちるよ~」

 私の声を聞いているのかいないのか。

 子ども達はみんな、久しぶりのお日様を浴びながら広いバルコニーを歩き回っている。


 手すり側に立って子ども達の様子を見ていた私に

「晴れて良かったですね。マリカ様」

 エルフィリーネが声をかけて来た。

「うん。ここに来てずっと外に出してあげられなかったから。

 ありがとう。エルフィリーネ。バルコニーを開けてくれて」

「いいえ、喜んで頂けたのなら幸いですわ」

「うん、みんな喜んでるよ」

「ご安心下さい。万が一にも下に落ちる事の無いように障壁を貼ってございますので」


 少しずつ動きが出て来た子ども達を外に出してあげたい。

 そう思い始めたのは、随分前からだった。

 だが、子ども達を外に出すには色々と準備が必要だ。

 平和だった現代日本でさえ、お散歩するにも散歩セット。

 園外保育には下見としっかりとした準備が必要だったのだから。


 魔王城の周囲は深い森。

 まだようやく歩いたり走ったりができるようになったばかりの子ども達を頻繁に連れ出すにはちょっと危ない。

 少し行った先にある今は廃墟の城下町はなおのこと。だ。


 城下町の状況を『知って』から、4人交代でがんばってできる限り『きれい』にはしている。

 見つけた亡骸は城下町の一角に埋葬して簡単な墓地も作るようにしているが、子ども達を遊びに連れていけるところではやはり、まだない。


 水場に遊びに行くのもいいけれど、服が濡れたら着替えが無い。

 前に見つけた服をおいおい子供服に直していきたいとは思っているけれど、10人分をデザインし仕立て直す余裕もまだなかった。


 そんなこんなで悩んでいた私にエルフィリーネが2階のバルコニーの存在を教えてくれたのは昨日の事だ。

 お城の構造とか未だによく解ってなかった現代日本人。


 二階の中央。

 多分、城主の執務室だったのであろう部屋の外にはけっこう広いバルコニーがあった。

 正門の方に面していて、遠くに城下町も見える。

 ここから民に手を振ったり、城下町を眺めたりしたのかなあ。

 などと遠い記憶の、皇室の一般参賀なんかを思い出しながら眼下の景色を眺めていた。


「マリ…カねえ?」

「あら、エリセ? どうしたの?」


 気が付けば、私の横でエリセが私の服の裾を引いた。

 ちなみに私は子ども達にはマリカ姉と呼んでもらう様にしている。

 リオンやフェイの事を私がリオン兄、フェイ兄という風に呼んでいるのでそれに合わせた形だ。


 流石にこの外見で「先生」と呼ばせるのは恥ずかしすぎる。

 まだそう呼べるのはやっと言葉を覚え始めたエリセやアーサーなど年長の子達だけだけれど。


「にいに、かえって…きた」


 エリセが指さした先、下の森から見える黒と銀の髪。

 リオン達が城に戻ってきているのが見えた。

「ホント? あ、ホントにリオン兄たちだ。おかえり!!」

「おかえりー」「…りー」

 私の真似をしてか、下を見て手を振る子ども達をリオン達も見つけたのだろう。

「おーい、今戻ったぞー!!」

 大きく手を振って見せた。

 リオンが首元に担いでいるのは多分イノシシだ。


「すっごい大きな獲物。相変わらずリオンもフェイも腕がいいわね」 

「真に。あれだけの腕の狩人はそうはおりますまい」


 独り言のつもりだったのだけれど。

 小さくて、下がよく見えなかったのだろう。

 バルコニーのふちに手を伸ばしていたリュウを抱き上げてエルフィリーネは私の言葉に頷いてくれた。 


「そろそろ下に戻られますか? 我が主。お料理の準備もおありでしょう?」

「そうね。またいつでも来られるから。

 みんな~。そろそろ戻るよ~。お土産持って帰って来てくれたリオン兄達を迎えに行こう」


 私が子ども達に呼びかけると、みんな転がるように走って戻ってきてくれる。

 私はそんなかわいい子ども達を並ばせるとゆっくりとバルコニーを後にしたのだった。


 生前、獣の解体などは当然というか経験が無かったのだけれど、こっちの世界に来てから何度も教えて貰いながら体験したことでたいぶ覚えて来た。

 肉を食べる為には獣を殺さなければならないという事も理解しているつもりである。

 食育とかも最近は力を入れる様に言われていたので勉強もしてたし。

 で、何が言いたいのかというと


「せっかく命を頂くんだから、美味しく残さず食べたいよね」


 ということだった。

 豚の頭も食べるという沖縄人ほどじゃないけれど、できる限り大事に食べたい。無駄は出したくない。

 けれどその為の一番の敵は、やはり私の体力だった。


 野生のイノシシ肉は味わい深く噛み締める程に味が出る。

 失礼かもだけれどスーパーの銘柄豚よりかなり味は良い。


 ただ、固いのだ。


 部位ごとに塊肉に切り出だすだけでも子どもには一苦労。

 その調理もまた同様である。

 小さい子たちに食べやすいようになるべく小さく、薄く切ってあげたいけれどこれがかなり難しかった。

 塊肉を薄切りにするのも体験して理解したけれど、本当に難しい作業だった。

 大人の身体だったらまだマシだったろうけれど、子どもの身体では慣れた包丁とは形の違う調理用ナイフに力が上手く入らない。

 故に不揃い細切れになるのが精一杯だったのだ。


「はあ、ホントに上手くいかないなあ」


 私はため息をついた。

 材料は良いものなのだ。捕って来てまだ1日と経っていない新鮮なお肉。

 しかも木の実とかよく食べて脂肪もたっぷりついている。

 もしかしたら少し熟成させると良いのかもしれないけれど、そんなことを考えなくても十分に美味しいのは体験済みだ。

 でも、ちゃんと加工できたら、もっと美味しくできるだろう。


 鍋とか、シチューとか。

 うん、ハンバーグとかいいかもしれない。

 私は夢想する。


 最近見つけたトマトによく似た味の木の実もある。

 つなぎは無いけれど無しでも作れるハンバーグとかあったし、ひき肉なら子ども達も食べやすいかもしれない。

 時間を見つけて、骨やくず肉を煮詰めて作ったコンソメスープもある。

 まだ野菜がイマイチそろわなくてくさみとかが少し残るけれど、それでもかなり美味しくつくれるようになったと自負しているあれと、トマトもどきを合わせて煮込みハンバーグにしたらおいしいよね。


「ああ、ハンバーグ。私も食べたいなあ…」


 喉がごくん、となる。

 こっちの世界に来てから、まともな食事を殆どしていなかった。

 魔王城に来てから少しずつ努力はしているけれど、まだ現代日本の食生活を基準に考えると程遠い。


 ああ、ホント。

 日本は便利だった。お肉も塊、薄切り、コマ切れ、シチュー用、ミンチ。よりどりみどりだったもんね。


「っと、無いものをいつまでもぐちぐち言っても仕方ない」


 料理だけは人間の食べ物を扱えないエルフィリ―ネには頼めないのだ。

 せめて火仕事の手伝いにフェイが来てくれるまでに肉のコマ切れくらいまでは進めておかないと。

 私が意を決してナイフを握りしめた、その時、だった。


 うにょっ。


「え゛」


 うにょ、うにょ、ぐにょにょっ。

 肉が不可思議に蠢いて…


「キャアあああああああ!!!!」

 私は全身全霊、渾身で悲鳴を上げていた。



 バン!



 扉が蹴り飛ばされるような勢いで、いや、実際に蹴り飛ばされたのだろうけれど開いて

「どうした?」

 リオンとフェイが飛び込んで来た。

 その後ろにはアル。

 エルフィリーネも、子ども達の何人かを連れてやってきていた。


「凄い悲鳴が聞こえたけど、何か魔物でも出たのか?」

「変な虫でもいましたか? それとも火傷でも?」

「失礼な事をおっしゃらないで下さい。守護精霊の名に懸けてこの城に魔性も油虫も入れません。

 ですが、本当に何があったのですか? 我が主。驚く様な声でしたが」

「お、お肉が…お肉が…」

「肉? ああ、随分頑張ったな。こんなに細かく刻んだのか。大変だったろう?」

 カッティングボードの上を覗いたリオンは感心してくれるが…


「違う、違うの。お肉が、勝手にひき肉になったの!」

「「「「はあ?」」」」


 四者四様。異口同音。

 呆れたような訳の分からないというような声を挙げた。

 さもありなん。

 私も訳が分からない。


「お肉を触って、切ろうとしたらお肉が勝手に動いてひき肉に…」

「ホントかよ」


 信じられない、というようにリオンはミンチになった肉を見つめる。


「もう一度、やってみればいいんじゃないですか? マリカ。

 こっちのお肉をもう一度、同じようにやってみて下さい」

「う、うん」


 フェイが差し出してくれたお肉を受け取って、ひき肉になったお肉を鍋に移して新しくカッティングボードに乗せて。

 私はナイフを握りしめてお肉に手を触れた。


 ひき肉欲しいな。お肉が小さくなればいいのに。

 あの時と同じように、そう思いながら。

 すると、またお肉がうにょ、っと動いた。


「おおっ!」


 見ているみんなからも声が上がる。

 さっきと同じように肉がまるで見えない包丁に叩かれ、刻まれる様に動いて…あっという間に見事なミンチになっていた。


「凄いな…でも、どうして?」

「台所に、こんな魔術がかかっているのですか? エルフィリーネ」

「いいえ、そんな技はありません」


 フェイの言葉に首を横に振ったエルフィリ―ネは


「………これは、マリカ様のお力ではないでしょうか?」

 少し考える様に首を傾げた後、そう言った。


「…私の?」

「そうか、マリカのギフトかもしれない。肉の形を変えられるんだ」


 アルの言葉にふむ、とリオンが納得したように頷く。


「マリカ。そこにあるエナの実、料理に使う予定だったのか?」

「あ、うん。潰してスープの味付けに…」

「じゃあ、それでもやってみてくれ。使いたい形をしっかりと頭の中に思い浮かべて…」

「うん」


 私は言われた通り、トマトもどき。エナの実を手にとった。

 そして、思い浮かべる。潰れてペースト状になったエナの実を…


「わっ!」


 パシャッ、と音を立ててエナの実が潰れた。

 思い描いていたようにペースト状になったけど、私の手では収まりきれず零れてしまったのだ。


「どうやらエナの実でもできるようですね。後は…マリカ」

「なに?」


 こぼれたエナの実をどうしようと思って慌てた私にフェイの不思議に冷静な声が届く。


「元に、戻せますか?」


「あ、うん。やってみる」

 私は手の中と、零れて台の上に落ちたエナの果汁に意識を乗せた。

 イメージするのは元のエナの実。

 …元に戻れ。戻ってエナの実になって私の手の上に…。

「あ!」


 今度こそ、本気で本当に驚いた。


「うわ~」

「すごーい」

「元に、戻ってる。ホントに凄いな」


 見ていた皆の目も丸くなっている。

 まるでビデオの逆回しを見ているように、弾けた筈の木の実は元のプックリとした形を取り戻し、気が付けば私の手の中に納まっていた。


「どうやら、マリカのギフト、で間違いないみたいだ。肉だけじゃなくて、物の形を変えられるんだな。きっと」

「物の形を…?」

 リオンの言葉に私は目を瞬かせた。


 私にも超能力とかスキルとか、そういうモノがあったんだ。

 少しビックリした。

 本格的に異世界転生ものっぽくなってきたな、とも思ったのだけれど。


「これから、どの程度のものがどのくらい変えられるのか調べてみた方がいいと思うけど、便利になったんじゃないか?」

「うん、そうだね。この力があれば…」

「この力があれば?」


「ハンバーグが作れる!」


 ガクッ、とみんなが脱力したのが解った。

「そこかよ」「ギフトの使い道がまず料理ですか?」


 呆れたように言う二人に私は、すかさず訂正を入れる。


「勿論、料理だけじゃないよ。いろんなことに使う。この力があればお洋服の仕立て直しが楽になると思う。

 古い使ってない服、子供服に仕立て直せる。

 あと、テーブルとか椅子とか子ども用に作り直したり、ロッカー作ったりDIYに凄く便利。いいかな? エルフィリーネ」

「DIY? なんだそれ?」

「城のものは全て、主のものです。どうぞお好きに」


 あきれたようなリオンとは対照的にエルフィリーネは本当に嬉しそうに微笑んでいる。


「あ、とにかく今は料理だね。待ってて、今日は最高に美味しいハンバーグご馳走するから!」


 わあ、とエルフィリーネの足元で歓声をあげる子ども達を台所の外に送り出し、私は自分の手を見た。



 私にも、この世界で生きて行く為の、この世界の住人としての能力があったんだ。


 少し、嬉しい。

 私がこの世界の住人として認められたようで。


 力と、思いを握りしめる。

 大事に使って行こう。

 みんなの為に、子ども達の為に。



 私のギフトを。



 その日の夕食は、とっておきの煮込みハンバーグになった。

 味付けは手作りコンソメもどきに、トマトもといエナの実を合わせたソース。

 デザートはリンゴに似たセフィーレの実。

 皮を上手く加工してうさぎにしてみた。

 前からやってみたかったけれど、ナイフでは時間がかかりすぎてできなかったのだ。


 でも、ギフトを使えば簡単に出来た。

 玉ねぎもナツメグも入っていなかったけれど、良くできたと思う。

 みんな、美味しい美味しいと喜んで食べてくれた。


 私も、一緒に一口食べる。

 美味しかった。

 懐かしい昔を思い出す。


 でも、新しい、この世界の味だった。

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