魔王城の仲間

 私が不思議な部屋から城の守護精霊と一緒に戻ってきた時、3人は明らかに警戒していた。


 無理もないだろう。

 突然、私が消え戻って来たと思ったら、どっからどう見ても人間じゃない超絶美形と一緒に戻って来たのだから。


「お前は…! マリカから離れろ!」

 一番最初に我に返ったのはリオンで、服に隠していたらしいナイフを取り出して素早く構えた。

 黒い瞳が真っ直ぐにエルフィリーネを映している。


 と、ほぼ同時アルを庇う様にフェイが立ち

「マリカ! 早くこちらへ!」

 私を呼んでくれた。


 う~ん、この二人やっぱり凄い。息がぴったり。

 じゃなくって。

「大丈夫。ナイフ降ろして。リオン」

 私はリオンとエルフィリーネの間に立った。


「危ないぞ。マリカ!」

「安心して。この人…っていうか彼女はエルフィリーネ。

 この城の守護精霊なんだって」


 リオンのナイフの切っ先が私に向けられた形になるけれど、私はそのまま続ける。

 リオンは絶対に私を斬ったりしないから。


「守護…精霊?」

「でも、精霊っていうのはもっと小さいものでしょう?

 こんな…まるで人のような者は見たことがありません」


 私の言葉に驚きながらもまだ警戒を崩そうとしない三人の前に、エルフィリーネはスッと膝をついた。


「改めてご挨拶させて下さいませ。

 私はエルフィリ―ネ。この城の守護精霊にしてマリカ様にお仕えする者でございます?」


「マリカに…仕える?」

「はい。この城の守護を預かる私は、主無くては動くことが出来ません。

 前の主を失い、長く眠りについておりましたが新たなる主をお迎えした今、皆様のお力になりたいと存じます。

 どうかお許し下さいませ。リオン様、フェイ様、アル様」

「…僕達の事を…知っているんですか?」

「この城の中で起きた出来事でしたら、私にとっては目の前で起きたことと同じですので」


 突然現れ、名前を呼んだ存在に、明らかに警戒するフェイにエルフィリ―ネは優しく、美しく微笑む。

 そんなフェイの服をつんつん、とアルが引っ張った。


「アル?」

「フェイ兄。それ…悪いやつじゃないと思う」

 エルフィリーネを見るアルの碧の瞳が薄く虹色を帯びている。

「守護精霊…か」


 後ろのアルと前の私。その両方をみやったリオンはふう、と息を吐きナイフを降ろした。


「リオン!」

「本当にこいつが守護精霊でこの城を護ってるなら、勝手に住み着いてた俺達の方が立場は悪い。

 アルとマリカが敵じゃないって言うなら話を聞こう。

 俺達には他に行くところは無いんだ」


 リオンは警戒を解いたようだけれど、フェイの眼からはまだ厳しさが消えない。

「…リオンがそう言うなら仕方ありません。

 マリカ。話を聞かせて下さい。僕は突然現れたそいつのことは簡単には信じませんが、君の話は信じます」

「…うん、解った。

 でも、一度戻ろう。そろそろみんな、起きちゃうかもしれないし」


 けっこう時間も過ぎた。

 私達は一度、みんなが寝ている大広間に戻ると広間の食事に使っているテーブルに集って、私は吸い込まれた部屋でのこと。 

 エルフィリーネとの出会いと会話を隠さず全て話したのだった。



「ふーん、あんた。魔王に仕えてたのか?」


 話を聞き終わり溢したアルの言葉にエルフィリーネは明らかに気分を害したようだった。


「かの方が後世、そう呼ばれる様になった、ということは存じております。

 ですができればこの城の中でその呼称は避けて頂きたく」

 目を伏せ、そう頭を下げる。


「かつてのこの城の主は世界を滅ぼす『魔王』ではなかった。と?」

「世界を滅ぼす…ある意味でならそう言えなくもない存在であらせられました。

 特別に大きなお力を持っておられましたから。

 ですが、決して人を殺めたり世を傷つけたりすることはございませんでした。

 むしろ民も部下にも優しく、愛された方であったと私は今も思っております」


 親愛の籠った眼差しでかつての主を語るエルフィリーネ。


「…マリカに似てたのか?」

「同じ魂の色をなさっておいでです」 

「魂の色…ですか? 僕達には確かめようもないことですが…マリカには記憶はないのですよね?」

 その様子にリオンとフェイは確認するように問いかける。

「うん。全然」


 この世界で生きて来た記憶の中にも、その前の保育士としての記憶の中にもエルフィリーネのこともこの城の事もまったくない。


 …ただ、もしかしたら、って思う事が無くも無いけれど、今は言わない。



「それでもマリカに仕えると、貴方は言うのですね。

 そして僕達がこの城に住んでもかまわないと」

「はい」

 問い詰める様なフェイの言葉にエルフィリ―ネは頷いた。


「神の呪いを受けた者達を入れるつもりはございませんが、皆さまは星の祝福を持つ方々。

 城は人が住まわねばただの箱です。心より歓迎致します」


「神の呪いに、星の祝福…ですか」

「もう難しく考えなくてもいいんじゃないか? とにかくあんたは俺達を助けてくれるで、いいんだな?」

「はい。マリカ様と皆様にお仕えし、お助けしたいと存じます」

「じゃあ、頼む」


 考え込んでしまったフェイと対照的にリオンはエルフィリーネを信じる事に決めたようだった。


「またリオンはそうやって、直感で決める…」

「前にも言ったが俺達の方がこの城では居候なんだ。住まわせてくれるっていうんなら甘えるしかないだろ?」


 考えて論理的に結論を出すフェイと、本当に対照的にリオンは直感で物事を判断するようだ。

 …でも、不思議とそれは正しい答えに近いように思える。


「それに、ずっと思ってたんだ。これから先、ここでの生活が長くなればなるほどマリカの負担が大きくなるってな。

 食事や掃除や、チビ共の世話。洗濯とか俺達が教えて貰って手伝っても、どうしたって『知ってる』マリカに頼る事になるだろ?」

「それはまあ…確かに…」


 フェイが口ごもる。

 実の所、私がエルフィリ―ネを頼りにするのも一番はそこだったりするのだ。

 リオンやフェイは館の下働きをしていたと言っても男の子だから、庭仕事や技術関係、あと戦いの訓練とかが多かったらしい。


 ここ数日の様子も、年ごろの男の子としてみれば良く手伝ってくれているけれど、率先して出来る程でもやれるほどでもない。

 何より、私が料理や掃除をしている間、子ども達から完全に目を離したくはないのだ。

 保育士として2歳の子どもを20人、一人で見ていた頃に比べればずっとマシだけれど。

 でも一人ひとりの子どもをちゃんと見てあげようと思うなら、助け手は欲しい。絶対に。


「…アルはどう思うんです?」

 こういう時に、ちゃんと全員の意見を聞こうとするのがフェイの凄くて、頭がいいところだと思う。


「オレは前も言ったけど敵じゃない。悪い奴じゃないって思うから、マリカを助けてくれるならそれでいい」

「フェイ兄、お願い。

 エルフィリーネを信じてあげて。彼女は私達を裏切ったりしないから」

「フェイ兄」

「フェイ…」


 私とアル、そしてリオンの言葉にフェイは大きく息を吐き出して見せた。

「解りましたよ。こうなれば多数決で僕に勝ち目はありませんし、元より反対していた訳ではないですしね」


 ? 妙にスッキリとした、そして楽しそうな、というか嬉しそうな顔をしていると思うのは気のせいだろうか?

 フェイは立ち上がると私の横に控える様に立っていたエルフィリーネの手を取り膝をつく。

 長い銀の髪が床に流れ揺れる。


「エルフィリーネ。

 守護精霊よ。こちらからお願いします。お力をお貸しください。

 そして、願わくば僕に知識と力を与えては下さらないでしょうか?」


「?」「??」「???」

 フェイのどこか芝居めいた、というか儀式めいた仕草と言葉に私たちは首を捻るだけだったけれど、エルフィリーネには意味が分かった様だった。


「貴方は精霊術士希望なのですか?」

「精霊術、というか魔術師になりたいと夢見ていました。

 子どもあがりには不可能な話だと諦めていたのですが。叶うなら…」


 くすっと、エルフィリーネは愛しいものを、懐かしいものを見る様に笑った。

「私は主持つ守護精霊なので契約は出来ませんが、知識を伝える事くらいなら喜んで。

 この城の住人なら、力を貸しても、いいえ、契約してもよいと望む精霊もいるかもしれませんよ」

「ありがとうございます」


「あー、結局、なんなんだ?」

 意味が分からず首を傾げるリオンにエルフィリーネは優雅に微笑みながら頭を下げた。


「これからも宜しくお願いします。ということですわ。

 リオン様、フェイ様、アル様。そして我が主マリカ様」


 こうして魔王城での生活に新しい仲間が増えたのだった。

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