魔王城の守護精霊

 気が付いた私は、あたり一面真っ白な部屋にいた。


「ここ…どこ?」


 いや、部屋かどうかも考えてみると少し怪しい。

 部屋であるなら壁や天井がある筈なのにそれらが全く見えない。

 床にと思しき場所に足を付けていなければ、自分がどこかに浮いているような気がしたかもしれない何もない場所だ。


 その、私の目の前。


「お帰りなさいませ。

 お戻りをお待ちしておりました。我が主」


 右手を胸に当て、私の前に膝をつく「人」がいたのだ。

 …正直な話「人」がどうかは解らない。

 顔は伏せたままで、まだ見えなかった。

 ただ流れる様な銀にも虹色に見える髪が見惚れる程に綺麗だった。


「おかえりなさい? 我が主?

 何かの間違いじゃない? 私はマリカ。ただの子どもだよ?」

「マリカ様…でいらっしゃいますか?」


「彼」いや「彼女」かもしれない。

 その存在は、私を見上げる様にゆっくりと顔を上げ、私を見つめる。

 訂正。

 見惚れる程ではなかった。

 私はその瞬間、間違いなく彼女に見惚れた。

 その紫色の眼差しに息が出来なくなる。

 整った鼻梁、涼やかな目元。ほっそりとした顔の形。桜色の唇。

 向こうの世界のモデルなんか目じゃない。

 こんな綺麗な存在がいることが信じられない位に彼女は綺麗だった。


「そうですね。姿形は以前とは違う様にお見受けします。

 でも、貴女は間違いなく我が主。

 かつて敬愛したあの方と同じ魂の色をなさっておいでです」


 誰もが魅了せずにはいられないその美しい顔で、瞳で、彼女は柔らかく、そう微笑んだ。

 目を合わせた瞬間、心臓がトクンと音を立てたのを感じる。


『私』は彼女を知らない。

 向こうでの記憶でも、こちらでのマリカの記憶でも会ったどころか見た事も無い。

 でも、向けられる視線は温かで、優しくて確かな親愛に満ちている。


「貴方は、誰?」


 私は問いかけた。

 人違いだ、もう一度言う勇気は無かった。

 むしろ、彼女の事をもっと良く知りたいと思ったのだ。


「私は、この城を護る守護精霊にございます。

 主に仕え、お留守の間を預かるが我が勤め」


 城の守護精霊、ということは…やっぱり人間じゃない?


「え、この魔王城の?」

 魔王城。

 私がそう言った途端、彼女の目にスッと暗い影が落ちる


「……かつて、この城がそう呼ばわれていたことは存じております。

 ですがどうか、他ならぬ貴方様がそうおっしゃらないで下さい」

「ご、ごめん。でも、この城の昔を私は全然知らなくって…。

 あ、もしかして勝手に私達が住み着いたこと、怒っている?」

「いいえ。主のお帰りを喜ばぬ筈はありません。主のお連れ様共々、城は皆様を歓迎いたしております」

「じゃあ、私をここに連れてきたのは?」


 彼女がこの城の守護精霊であるというのなら、探索途中の私を、私だけをここに連れて来たのは彼女で、その理由があるのだろう。


「主へのご挨拶と、私がこの城で再び動くご許可を頂きたく」

 彼女は、再び頭を下げ跪く。

「どうか、この城で再び貴方様のお手伝いをさせて下さいませ」


 手伝い…。

 ふと、私は気付いて彼女を見る。


「もしかして、今までも手伝ってくれてた?」


 今までも誰か、もしくは何かの存在は感じていたのだ。

 部屋の掃除が魔法のようにはかどったり、欲しいものが直ぐに出てきたり見つかったり。


「はい。差し出がましいとは思いつつ。孤軍奮闘される貴方様を見るに見かねて」


 でも、と彼女は続ける。

「私と前の主との契約は、消えております。私は人に必要とされて生まれる守護精霊。

 形をとるためには新しき契約が必要なのです」


 正直、助け手は欲しい。喉から手が出る程。

 私がいない時、子ども達を見てくれる人がいれば、もっといろいろなことをしてあげられる。


 でも… 


「…私は、かつて貴方が仕えた主じゃない。

 万が一そうだったとしても、その記憶も力も何もない。それでも、私を主と呼んでくれるの?」

「あの方と同じ魂の色を持つ方。

 私にとってはそれで十分です。

 そしてここ数日の様子を拝見して、私は『貴方』のお力になりたいと思っております。

 今生の忠誠を、貴方様に捧げます」


 真摯な誓いに嘘はない。

 なら、私にとって彼女は「必要」だ。


「解った。…お願いします」

 淡い光が周囲に舞い始める。

 まるで光を弾く水しぶきのような、日差しに煌めく雪のような美しい光が。


「…どうか、名をお授け下さい。それによって、私は『貴方』に仕える精霊となります」


「エルフィリ―ネ…」


 頭を垂れる彼女の『名前』を、私は呼んだ。

 理由は解らない。

 ただ、心にその言葉が、名前が浮かんだのだ。


「どうか、私達を助けて。守護精霊」

「はい。新たな主に忠誠を…」


 彼女の声が耳に届いたと同時、光が弾け、私はその中に包まれて…意識を失った。



 どこか、遠くに声が聞こえる。


「くっそ、どうしたら中に入れるんだ?

 アル! マリカに危険はないだろうな?」

「今だって、危ないものには見えねえよ。でも…ここまでうんともスンともいわないなんて」

「この紋章に意味があるんでしょ… ! マリカ!!」

 

 目を覚ました時、私が最初に見たものは心配そうな顔で私に駆け寄ってきた3人が


「な、なんだ? お前?」

「お初にお目にかかります。私はエルフィリ―ネ。この城の守護精霊にございます」


 私の手を取ったエルフィリ―ネに、その挨拶に、目を見開いた顔だった。


 う~~ん。なんて説明しようかな。

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