魔王城の朝ごはん

  異世界 二度目の目覚めは快適、ではなかった。


 一度目は身体が重くてあんまり気分が良くは無かったのだけれど、今回は良く寝たせいか頭はスッキリしている。


 ただ、身体が重い(物理的に)


 なんだか、昔実家にいた時飼っていた猫が身体の上にのしかかって来た時と感覚が似ている。

 独り暮らしのアパート住まいでは猫を飼う責任が取れないからもう何年もご無沙汰の感覚なのだけれど。


 私は、ゆっくり目を開ける。

「わっ!」

 そこには、真っ直ぐに私を見つめるいくつもの目があった。

「ギル。ヨハン…。ああ、みんなも起きてたんだ」


 どうやら私より先に子ども達の方が目覚めたらしい。

 早く起きてご飯作るつもりだったのに。


「おはよう。それじゃあ、まず顔を洗おうか?」


 声をかけた私に子ども達が小首をかしげる。


 そうか。


 …もしかしたら、言葉がまだよく解ってないのかもしれない。

 ここにいるのは向こうの世界で言うなら小学校入学前の子どもばかりだ。

 まだ言葉がおぼつかなくても不思議はない。

 教える人も、話しかける人もいなければなおさらだ。


「おはようございます。 あいさつのことば、よ。

 朝になったら出会った人にこういうの」


 私は、ゆっくり話しかけた。

 まだ意味は分からなくていい。

 繰り返し話しかけて言葉を耳になじませる事が大事なのだ。


「お、は、よ?」

 比較的年長のアーサーがオウムのように私の言葉を真似はじめた。

「そうよ。上手上手。おはよう」

 私がアーサーの頭を撫でて褒めるとくりくりした目を見開いて、私の方を見ている。

 多分、褒められることも初めてなのだろう。なんだか、固まっている。


「おはよ」「おはよう?」


 一方ではアーサーを真似て我も我もとおはようの大合唱が始まった。

 まだ声が出てこない小さな子ももごもごと口を動かしている。


「うん、上手よ。焦らないで少しずつ覚えて行こうね?」


 一人ひとりの頭を撫でたり抱きしめたりしながら、様子を見た。

 昨日、急に身体を洗われて風邪をひいたりしないかな? と思ったけれど今のとこは大丈夫そうだ。


「よし、元気だね。じゃあ、待ってて。水を汲んで来るから」


 本当は子ども達だけで置いていくのは保育士として絶対やっちゃいけないことなんだけど人手がないから仕方ない。

 私は無駄に長いストレートの髪をポニテに結んで走り出した。

 廊下は、走らない? 

 その通りだけれど、今の優先順位は子ども達の安全。


 なるべく大急ぎで鍋に水を汲み、昨日身体を洗うのに使った布を持ってくる。

 幸い子ども達は大人しく待っていてくれた。


 固く絞った布で、順番に子ども達の顔を拭いていくとみんな、昨日、洗った時とは違う反応を見せた。

 くすぐったそうな、それでいて嬉しそうな顔だ。


「うん、きもちいいね?」


 身体を綺麗にすることが、気持ちいい。

 という事を知らせるのは大事だ。 

 大人は不老不死らしいけれど、私達子どもの病気や薬がどうなっているか解らない以上衛生管理はしっかりとしないといけない。


「おはよう。おー、チビ共も起きたか? 元気だな?」

 私が全員の顔を拭き終わった頃、リオンが入って来た。

「リオン兄、おはよう。ちょうど良かった。

 みんなを見てて。私、朝ごはんの準備してくる」

「解った。行ってきていいぞ。じきにフェイも来るだろうからな」

「ありがと。みんな行ってきます」


 子ども達の世話をリオンに任せて私は、台所に走っていった。

 

 大広間から台所、厨房はそれほど遠くはないけれど子どものコンパスでは移動もけっこう大変だ。

 大きな扉を開くと調理台の上に岩塩と肉が置いてあり水場には水も汲んであった。


「リオン兄達がやってくれたのかな?」


 調理台などは大人基準で作られているので、今の私が使うには少し大きい。

「どうしようかな? …あれ?」

 考え込んでいたら、足の横に踏み台を見つけた。


「昨日まで、ううん、さっきまでここにこんなのあったっけ?」


 無かったような気がするのだけれど、まあ、あるものは使おう。

 私は踏み台を使って、まず竈に火を入れた。

 薪も部屋の隅に積み上げられてあった。


「あ、火打石発見、火口は…この辺の木くずでいいかな?」


 私も現代日本人だから、つまみ一つで火がつけられるガスコンロ、下手すればレンジでチンで料理を済ませていたけれど。

 仕事で子ども達と一緒にキャンプとか野外炊飯をしたことがある。

 まったく0からのスタートではないのだ。


 火口に火花を使って火をつけ、乾いた薪に移した。

 そして水を入れた鍋をかける。

 獣の骨からスープや出汁を作れればいいけれど、今日は時間がない。


 肉を細かく切って、すりつぶした岩塩をまぶすと鍋に入れてくつくつと煮ることにした。

 塩味だけの肉スープだけれど、殆ど食事をした事のない子どもたちの最初にはこれくらいでいいだろう。

 と思う事にする。


 本当は野菜が欲しい。

 胡椒とか香辛料も欲しい。

 …無いものねだりをしても仕方がないけれど。


 煮込む間に台所を改めて調べる。

 食器棚には結構な数の食器があった。

 皿とカップ、ボール。カラトリー。

 陶器のけっこういい食器だ。

 総動員すれば、みんながとりあえず使う分くらいはありそうだ。


「あれ?」


 微かに感じた違和感を、でも今は後回しにする。

 食事の準備が優先だ。

 今日はスープだけだからお茶のカップなどを優先して取り出す。

 割れない様に気を付けないといけないけれど、小さい子の分は後で木のお皿とか作るといいかもしれない。


「あ、カートみっけ。ラッキー」


 部屋の隅に埃にまみれてはいるけれど、装飾の着いた2段カートを見つけた。

 これを使えば一気に料理と食器を運べる。

「よいしょ」

 煮上がったスープを小さな鍋に分けて入れ、食器と一緒にカートに乗せた。

 あとはスプーンを人数分乗せて注意深く押していく。

 大人用のカートだから子どもには重いけれど、これくらいならなんとか…。

 台所を出ると滑らかな床だから、少し運ぶのは軽くなった。


「お待たせ。ご飯の用意できたよ」

「待ってました!」

「手伝いますよ」


 何時の間にかやってきていたアルとフェイが運ぶのを手伝ってくれた。

 暖かいスープをティーカップに注いで子ども達に渡す。


「?」


 直ぐに口につけるかこぼすか、だと思っていたのに子ども達はじっとカップを見つめるばかりだ。


「これは、食べ物です。こうして食べる、というか飲むんですよ」


 フェイが子ども達の前でくいっ、とカップを口に当て飲みこんだ。


 それを見て、私は思い出す。

 …ああ、この子達にとっては初めての『食事』なんだ。


「こうやって、ふうふうして。ね。ほら、口を開けてみて」

 まだ食器も持てない一番小さなジャックの前に私はスープを入れたスプーンを差し出した。

 そしてぽかん、と開けられた口にそっと注ぎ入れる。


「!」

 ジャックの目の色が変わった。

 ぼんやりとしていた顔に不思議な力が宿った気がする。


「あ! ああ!!」


 もっと欲しい、というように開けるジャックの口に、私はスープを運ぶ。

 あっと言う間にカップは空になってしまった。


 その様子を見て他の子達も集まってくる。

「リオン兄、フェイ兄。大きい子達をお願い。

 アル兄、私と一緒に小さい子達に食べさせてあげて」

「解った」

 どの子達も一口スープを食べたとたん、顔つきが変わった。

 がつがつ、としか表現しようがないほどに貪るようにスープを飲み始めたのだ。


 この子達は多分生まれて初めて、この世に『味』があることを知った。

 美味しい、という感情を、喜びを知った。

 もっと、おいしいものを用意してあげたかったと思うけれど。

 でも、この子達にやっと芽生えた『感情』を。

 自分の意思を、思いを私は嬉しく思ったのだ。


「美味いな。これ」

 スープをカップを持ち上げて笑ってくれたリオンの言葉に頷きながら、私はあふれる涙を抑える事ができなかった。 

   

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