魔王城の子ども達

 子ども達の朝ごはんを終えた私は、一生懸命に食べ過ぎて汚れた手や顔を拭きながら


「ねえ、ちょっと相談があるんだけど…」


 リオン、フェイ、アル。

 3人に呼びかけた。

 この世界で頼れるのは彼らしかいない。


 保育士は2歳以上は一人で6人を見る。

 3歳以上は20人に一人だ。


 この基準には当時から言いたい文句は山ほどあったけれど、まあ保育士の端くれとして勤続経験も多少はあるから10人くらいならなんとかちゃんと面倒を見る自信はあった。


 生前の日本であるのなら。


 環境が整っていて、水道から水やお湯が出て、着替えも寝具もタオルも雑巾も不足はあっても不自由は無かったあっちとここはあまりにも違い過ぎる。

 何より、この身体には力が無さ過ぎる。

 栄養がちゃんと行き届いていなかったせいで8歳とはいえ、この身体は日本で言えばきっと6歳前後。

 小学校1年くらいの身長と力しかないのだ。


 みんなを育てる、と決めた所で生前とは違う。

 一人で全てはできない、ということは割り切るしかない。

 そして、幸い私は一人では無かったのだから。


「ん、なんだ?」

 私の真似をして子ども達の顔を拭いてくれていたアルの碧の瞳がひょいとこちらに向いた。

 使い終わった食器を片付けてくれていたリオンとフェイも同じだ。


 話を聞いてくれる様子を見せた彼らに安堵して私は

「早いうちにこのお城の中と、周りの様子を把握しておきたいの。

 みんなはこの辺の事詳しいんでしょ? 教えて」

 そう切り出した。


 まずはこの城の中を探索する。寝具や台所のように使えるものや場所があるかもしれない。

 それから、外だ。

 3人は外で狩りをしたと言っていた。

 森があって獣が狩れる環境はあるというのもこの目で見た。

 無くてもなんとかなる、とはいえ食事の大事さを実感したばかり。

 食材の確保はちゃんとしておきたい。

 特に野菜が欲しい。できれば果物も。ビタミン、ミネラルは重要だ。


「う~ん、外はともかく中は俺達も詳しくはないんだよな。自分達の使うとこしか見てなかったから」

「この城はとても広いですからね。1階だけでも全部は把握しきれていないと思います」

「おじいもあんまうろつくなって言ってたしな」


 そこで私は前から気になっていた事を聞く。

「おじい、ってどんなひと?」


 時々3人の話から零れ出て来た「私達以外の存在」のことは気になっていたのだ。

「おじい、はおじいっていうか…俺達を魔王城に連れて来てくれた人」

「あちこちから酷い目にあっている子どもを助けてはここに連れてくる人、でしょうか?

 ここにいる子もマリカも、僕達もみんなおじいが連れて来たんですよ」

「腕もたつし、力も強いしけっこう頼りになるんだぜ。

 ただ、子どもをここに連れてくると直ぐにまたどっかに行っちまうから、最近はオレらも殆ど顔合わせてないけど」


 なるほど、と少し納得した。

 ここに子どもが集められているのは「集めた人物」がいたからだったのか。

 そのままだと死にかねない酷い目にあっていた子ども達を助けて、まだいくらか安全な場所に連れて来た。


「それはありがたいんだけど、どうせならちゃんと衣食住、整えてくれればありがたいのに…」


 ポロッと零れた愚痴に3人は苦笑いする。

 弁護したいけどできない。

 と言った顔つきだ。


「でも、うろつくなって言ったところでずっと部屋の中に閉じこもっているわけにもいかないし、これからまた子どもが増えたら色々と足りなくなってくるかもだし。

 そもそも今の時点でもいろいろ足りないし」

「だな。確かに一度、ちゃんと調べておいた方がいいかもしれない」


 そんな会話をして、私たちはまず魔王城の探索をすることに決めた。

 森を調べるのはその後でいい。

 時間は昼食後、子ども達を昼寝させたあとと決まった。


 留守番を頼むつもりだったアルが

「探索なら、オレを絶対に連れていけ!」

 と主張し、残り二人もそれに同意したからだ。


 今までずっと放置されていたとはいえ、子どもだけで置いておく時間はできるだけ最小限にしておきたい。

 だから、午前中は力いっぱい遊び、ご飯を食べて静かに寝かせてからということに決めたのだ。



 昼過ぎ、4人で城の中の探検を始めた。

 私達が知っていたのは城の入り口とロビーというかエントランス。

 そこから繋がる大広間。

 そして奥の寝室と少し離れたところにあった台所くらいなものだ。


 まずは台所近辺を調べる。

 多分、倉庫にしていたらしい石造りの部屋があった。

 壁沿いの棚には木箱が並んでいて、中には干からびてはいるが、前は野菜だったんじゃないかなあ? という面影を残した食材がいくつか残っていた。


 その隣は氷室。

「うわっ、寒い」

 入ったとたんにひんやりとした空気に身体が震えた。

「保冷の魔術でもかかっているのでしょうか?」

 フェイは壁を触りながら首をひねる。


 魔術。

 そういえば掃除の時も不思議な力が助けてくれた気がした。

 城の中も窓が少ない割に明るいし。

 そうか、ファンタジーの世界なのか。ここは。


 ぼんやりと思いながら壁に触れようとした私を

「バカ、待て。止めろ。危ないぞ」

 アルの手が引き戻した。

「えっ?」

 くるりと降り返る、その時にスカートの端が壁に触れた。

 と同時、パキパキと音を立てて白くなっていく。


「うわっ、凍っちゃった!!」

「壁に触れると凍る、ようですね。危なかったですが無事でよかった」

「上手く使えば、肉や魚を凍らせてとって置けるかもな。壁に触れなきゃ冷えるだけみたいだし。使いようだろ」

「とりあえず外に出よう」


 促されて私達は廊下に戻った。凍った服はたちまち溶けて重く濡れる。


「ま、今日は暖かいし直ぐに乾くだろ」

「うん、着替えもないし…じゃなくって、アル兄」

「なんだ?」

「助けてくれてありがとう。でもどうしてあそこが危ない、って解ったの?」


 私は服の裾を軽く絞りながらアルに聞いた。

 けれど当たり前のようにアルは答える。

「オレは、なんとなく解るんだよ。危険か、安全か。毒かそうでないか。罠があるか、ないかとか。眼で見えるんだ」

 一度目を閉じて開いたアル。

 瞳の色は変わらない碧なのに、まるでダイヤモンドの煌めきのような虹を帯びる。


「精霊の祝福を受けた、予知眼がアルの『ギフト』だとおじいが言っていましたね」



「え?」

 また知らない言葉が出た。

「おかげで食い物の判断とか、助かってるんだ…ってなんだ?」

 私はリオンの服を引っ張り問いかける。


「『ギフト』?ってなに?」


 私の質問にどう説明しようか、と悩んでいたらしいリオンは短い髪をイライラとかき乱すと

「フェイ、任せた」

 と丸投げにする。


 そんなリオンに慣れているのだろう。苦笑しながらフェイは

「子どもには大抵一人一つ。大人にはない特別な力があるんですよ。

 はっきりとしたことは解りません。でも、不老不死を持たない子どもが生きる為に神が与えた「贈り物」だと言われています」

 と教えてくれたのだ。


 この世界には魔術師や神の奇跡を行う僧侶はいる。

 聞けば精霊とかもいて、それらの力を借りる術者もいるらしい。


 でも「ギフト」はそれとはまったく別。

 子ども達自身が持つ力なのだという。

 不思議な事に「ギフト」は成人して不老不死を得ると消えるらしい。


「それを目当てに子どもを集めて使っている国もあるとか、ないとか。そこは噂でしか僕達も知りません」

「俺達を育ててた領主はギフトのことそのものを知らなかったみたいだけど、俺達の面倒を見てた「子どもあがり」は知ってた。

 あんまり言いふらすなとは言われたぜ」

「そうだろうね」


 納得した。

 そんな力があることが知れたら余計に子どもがいいように利用される。


「ちなみに俺のギフトはジャンプ、な。

 壁とか跳びぬけて行きたいと思う所にジャンプできるんだ。

 そんなに遠くは無理だけど、目に見える範囲なら大体いける」

「僕はその気になって見聞きしたものは忘れずにいられるんです。

 思い出そうと思えば、頭の中にその場を見ているように浮かび上がってくるんですよ」


 その力で酷い目に合っていたアルを助け、追われることになった時「おじい」に助けられてここに連れてこられたのだという。


「凄いね…」

 私はゾッとした。


 二人が組んだら、どこにでも忍び込めてどんな情報も盗んで来れる。

 言葉は悪いが最強のスパイコンビだ。

 アルも含め悪用しようと思えばいくらでもできる。

 それは彼らにとって苦しみとなっただろう。


「よかった……」

 涙が知らずこぼれた。

「無事に、逃げて来れて良かった。悪い大人に捕まらなくて良かった」

 本当に涙が止まらなかった。


「三人が、ううん。みんながここに逃げて来られて…、本当に、良かった」

「…そうだな」

「ええ、心からそう思っていますよ」


 泣き出してしまった私に、三人は困ったように苦く笑う。

 多分、今までに、たくさんの辛い事はあったのだと思う。 


 …でも、本当に無事で良かった。と心から思ったのだ。

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