魔王城の衣食住

  保育士にとって一番、とは言わないまでも大切な事に生活習慣の指導、がある。

 ご飯を食べて、排せつして、寝る。

 極端な話、これができていれば最低でも生きていけるから。


 寝るのはまあ、教えなくても自分でできる、と思うかもしれないけれど


「眠らなくてはならない時に、眠る」


 というのは、実は子どもにはけっこう難しい話で、取り巻く大人はけっこう苦労させられるのだ。


 まあ、そのあたりはさておき、城のあちこちにあった寝台などから寝具を剥いできたことで、とりあえず子ども達が落ち着いて眠れる場所を子ども部屋に決めた大広間に確保した。

 なんとか寝かしつけてやっと一息。


 そしたら次に考えるべきはやはり「ごはん」だろう。


 本当なら、食事は寝場所よりも先に考えるべき事だ。

 でも、ただ生きていくだけなら、この世界において食事は必須のものではなかったりする。

「誰もが不老不死」の中には「餓死や渇死しない」というのも‏入っていて、それに関してだけは子どもにも当てはまっているようだった。


 子どもも、食事をしなくても死ぬことはない。渇き死ぬ事もない。

 食べなければ出ない。

 幸いな事に。


「いや、それは全然幸いじゃないから」


 私は手を握りしめた。

 だから、子ども達は食事を与えられない状況におかれるのだから。

 加えて子どもは食事をしないと身体の育ちが悪くなり、大人になるのが遅くなる。


 そうでなくても、食事は重要だ。

 生きる源だ。

 心と身体を健康に保つためには適切な食事が必須、なのである。

 何より私が、食事の無い生活に我慢が出来ない。



「ねえ? 前にくれたお肉…っていうか食べ物、どこで捕って来たの?」

「外」

 私の問いに、くい、っとリオンは外を指さした。


「外って、お兄たちが狩ってきたの?」

「そうだ。この辺に店なんかないし。この辺はけっこう獲物が豊富なんだ」

「外、見てみますか?」


 アルとフェイに誘われて、私は頷いた。

 もう夜だけれど、ちょっと外に出るくらいなら。

 軽い気持ちで外に出たのだけれど

「うわあ~~っ。すごーい」

 外に出て、外から魔王城を見て驚いた。


 考えてみればここに連れて来られて、ゆっくりと自分が住んでいるところを見る余裕は今までなかった。

 一回だけ水汲みに外に出たけれど、あの時は周りを見る余裕などまったくなかった。


 何かに集中すると、他の事がまったく見えなくなるというのは私の悪い癖だと生前何度も言われていたけれど、多分これは生まれ変わっても治らない。

 ただ、「魔王城」というからよくあるゲームのようにおどろおどろしいものを想像していた私の予想をそれを遙かに超えていた。


「キレイだね~」


 白い壁、漆黒の屋根、そこは正しく私が貧困なイメージでも想像できる「中世のお城」そのものだった。

 ヨーロッパの観光ガイドとかに出て来そうな感じの白亜の城。

 である。しかも不思議な光を放って仄明るい。

 その灯に照らされ深い森が周囲を取り囲んでいるのが見えた。


「この周囲はけっこう広い森なんだ。近くに廃墟みたいな城下町。

 入ってくるのはこの城を目指せばいいからわりかし簡単だけど、出るのは難しいな。多分。俺たちでも下手したら迷う」

「でも獣も木の実も多い豊かな森ですから、今くらいの人数が食べる分くらいなら頑張ればなんとかできますよ」

「そっか…」


 フェイの言葉に私は考える。

 狩りとかそういうのはむこうの人生含めてもまったく未経験だ。

 むしろこの小さな体では逆に獣にやられる未来しか見えない。

 実際、イノシシにひかれかけたし。


「私がごはん、作るから材料を狩ってきて、頼んでもいい?」

「そうしてもらえると助かるな。俺達じゃ肉を焼いて塩を振るのがせいぜいだ」

「? 塩? あるの?」

「ああ、そっちに岩塩の鉱脈、っていうのがあるっておじいが」


 城の裏手には小さな洞穴があってそこを入って直ぐに、確かに茶色っぽい結晶がごろごろとあった。

 その塊を一つ拾って舐めてみる。


「ホントに…お塩だ」

 精製されていない岩塩だけれど、塩があるだけでも料理の幅は広がる。


「あとは、どこか火を炊けるところがあるといいんだけど…」

 電子レンジとかオーブン、ガス台、とかまで贅沢は言わない。

 せめて、かまどっぽいものがあれば…。 

「あるだろ? 台所?」

「え? あるの? 台所??」


 あっさり返されて本気でビックリした。

 お布団、ベッドがあって魔法のライトがあって掃除が自動でできて、塩と台所があるって魔王城って住環境いいんじゃ…。

 そこでリオン達が焼肉を焼いたという台所は、勿論中世風ではあったけれど、竈に調理台。水を溜めておく大きな壺が備え付けられていて、さらには鍋や皿、ナイフ類まで揃っていた。


「わあ、これオーブンかな。凄い。完璧だ」

「この間の水汲みに使った鍋はここから持ってきたんですよ」


 とにかくそこは何百年も使われていなかったとは思えない位に状態が良かった。

 少し水拭きすればすぐに使えそうだ。

「これも…魔法なのかな。一度ちゃんと調べた方がいいかもね」


 一通り確認し終えた私は、自分が持てるサイズの中で一番大きなものをよいしょ、と抱える。


「なにをするつもりなんだ?」

「お湯を、沸かそうと思って水汲みに。

 掃除して、お肉ゆでて。スープだけでもできないかなあ? って」


 前に食べさせてもらったお肉の残りがまだ台所にあった。

 早く料理してしまわないと悪くなる。

 塩と肉、骨を上手く生かせばコンソメ風スープくらいはできると思う。

 臭みとりの香辛料や野菜が欲しいけど、それは今後の課題にすればいい。


「まて、水汲みは俺達が後でやっとくから任せてマリカは今日は寝ろ?

 いくらなんでも働き過ぎだ。

 周りと自分を見ろ」

「わっ!」


 言いながらひょい、とリオンが私の鍋を取り上げてしまった。

 持ち上げられれば身長差がある。私にはもう届かない。


「そうですよ。焦らないでゆっくりと進めて行きましょう」

「明日も明後日もやることはあるんだからな」


 3人にサラウンドで説得されるうちに、

「ふわああっ」

 気が付けば口から欠伸が零れていた。

 言われてみれば、確かにもうけっこう遅い時間に多分なっている筈だ。


「じゃあ、みんなもちゃんと寝てね。あ、見張りとかしなくて大丈夫かな?」

「魔王城に攻撃を仕掛けてくる奴なんて、今の世の中まずいないって」

「?」


 アルの言葉の意味はよく解らなかったけれど、私は思い出した眠気に負けて子ども部屋の端で開いている布団に潜りこんだ。

 思ったより、ふわふわで寝心地の良い布団に包まれたとたん、私はほぼ気絶と言っていい状態で意識が遠のくのを感じる。


 異世界1日目。

 やっぱり、疲れていたのかもしれないなぁぁ~~。

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