魔王城の家族

 今、魔王城にいる子は私を入れて14人。

 そのうち、私が兄と呼ぶ、リオンと、フェイ、アルを抜いた10人は私が絶対に責任を持つ、と決めていた。


 もちろん『私』にとってはリオン達も、守るべき、守る相手だけれど。


 年齢は下が多分2歳から3歳。

 自分で歩いて自由に動ける様になったくらい。

 上はきっと5~6歳。

 自己主張や、自分の身の回りのことが自分でできるようになってくるくらいだ、と思う。

 身体的には。


 正直なところ、混合保育には慣れているけれど、ここの子ども達は私が今まで出会って来た現代日本の子どもとは随分と違っていた。



「大丈夫?」


 いや、もちろん解ってる。

 大丈夫、と声をかけて返事を返せる子はいないって。


 だってまず、言葉が出ないのだ。

 そして、動かない。

 部屋を動き回り


「あー」「うー」


 何かを伝えようとしている子はまだいい方。

 多くの子は身動き一つせず、ただ、部屋の隅で座っているだけだった。


 何をしようともせず、ただ床に寝そべっている子。

 周囲に興味を示さず自分の爪を噛みしめている子。



 私は悔しさに唇を噛む。

 …これは、知っている。

 なんで、異世界に来てまでこれを見る事になるのだろう。



 頻繁に、では幸いなかったけれど時々見て来た。

 親に構って貰えない。

 話しかけて貰えない。

 放置されて面倒を見て貰えなかった。


 現代日本において、虐待、と呼ばれる仕打ちを受けて来た子ども達だ。




 解っている。

 異世界だから、こうなんだ。っていうことは。


 日本でだって、子どもの人権が守られる様になったのはごく最近の事。

 中世ならただでさえ、子どもは受難の時代なのに、大人は不老不死。

 子どもは人権が無いなんてことになればどうなるかって、ことくらい。



「どうしたらいいと思う? マリカ?」


 リオンが子ども達を見て呟く。


「俺とフェイはさ。城で下働きのようなことをさせられてたんだけど、面倒見てくれた人が『子どもあがり』でさ、少し普通の大人より優しかったんだ」


 だから、言葉と簡単な読み書きを教えて貰った。

 と。フェイに至っては吞み込みが早い、と文字や計算を教わりながら助手のように扱って貰えたのだという。


「でも、そんな城でも子どもは邪魔者扱いだった。

 それで逃げ出した時、おじい助けてくれたんだ」


『おじい』というのが私達をこの魔王城に連れて来た人物らしかった。


 私には、正直、記憶も何もないのだけれど。

 あちらこちらで酷い目にあっている子ども達を助け出しては、ここに連れてきているらしい。

 連れてくるだけで放置とは無責任な話だ。



 …まあ、とにかくこの世界の現状からして助け出さないと死んでしまうわけで。

 私も助けて貰った身だから文句など言えないのだけれど。



「生活習慣とか、字も覚えて欲しいけれど、まずはそれより先にしないといけないことがあるよね」

「何です? マリカ?」


「名前…つけてあげたい」

「名前、ですか…」


 私の言葉に、フェイ兄が端正な顔をこちらに向けた。


「だって、私達、同じ家に住む家族だもの。

 私一人じゃできなから。フェイ兄、リオン兄。力を貸して?」

「オレは役に立たないのか? マリカ?」

「アル兄には、一番、大事な事をお願いするから」



 そうして、私は三人で一緒に考えた。一生懸命に。

 これは絶対、一番大事な事だ。




 私は、部屋の隅でぼんやりと座るその子に手を伸ばした。


「アル兄」

「おう!」



 アル兄はその子の背中に手を回し、ゆっくりと抱き上げた。

 ビクリ、とその子が身体を震わせたのが分かった。

 茶色の髪の男の子。3歳くらいかな。怯えた黒く怯えた瞳で私達を見つめている。

 でも


「大丈夫、大丈夫だからね」

 

 意味は解らなくていい。

 ただ、思いが伝えれば。

 私はそっとその子に声をかけて頭を撫でた。




「ギル。お前は今日からギルだぞ」

 リオン兄がそっと囁くようにその子。ううん、ギルの耳元で言った。



 私だって『マリカ』と名前を貰って始めて自分を取り戻した。

 3人が自分を持って動けたのも、どんな形にしろ『名前』を持つ自分があったからだ、と思う。



 だから、4人で10人分の名前を考えた。



「アーサー、ってね異世界の王様の名前なの」

「…ジョイ、っていうのはどうだ? 喜ぶっていう意味があった筈だ」


 この世界の物語や伝説から貰ったり、私が現実世界で読んだマンガや、アニメ、小説からもってきたものも、実はある。

 でも…一人一人が幸せになるように。

 そんな気持ちを込めて、最初の名前を選んで、呼んだのだ。




 言葉を教えて貰ったことは、殆どの子ども達には無い筈だ。

 だから、そう呼びかけられた言葉が自分の名前だと、多分、まだ分からないだろう。


 けれど…




「う、うわああああああん!!」




 名前を呼ばれて、抱き上げられた瞬間、泣き出した子がいた。


「泣くなよ。クリス。大丈夫だ」

「もう、一人じゃありませんからね」


 その子は細い手でアルにしがみ付き、水色の瞳に涙を止めず、ずっとずっと泣いていた。



 私には、それがその子。

 ううん、クリスという子どもがこの世界に初めて生まれた産声に聞こえたのだった。




 10人の子ども。


 ギル、ジョイ、クリス


 ヨハン、アーサー、ジャック


 シュウ、アレク、エリセ、そしてリュウ。



 一人ひとりを抱きしめて、名前を呼ぶ。



 彼らは生まれて初めて名前を呼ばれてこの世界の住人に。

 そして、私達の家族になったのだ。

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