魔王城の保育士

「で、こんな目にあっても懲りないんだな?」

「うん、ごめん。諦めて」


 私は呆れ、いや諦め顔のリオンは、私とフェイと一緒に川から水を汲んで運んでくれた。

 重いけど、本当に重いけど。

 頑張って運ぶ。

 でも重い。

 子ども達を水場に引っ張ってきた方が早かったんじゃないかと思うけど、流石にあんな危ないのが出るところは危険すぎるだろう。


 なんとか頑張って水を運んで、大広間に戻る。

 まず、私がしたのは換気だ。

 届く窓、全部を大きく開いた。


 次にカーテンの布をリオンのナイフを借りて小さくする。

 そして、水で浸して一番小さな子の顔を拭いた。




「ヒッ!」


 小さな悲鳴を上げた子どもはジタバタと暴れる。けっこう力が強い。


「リオン兄 押さえて!」

「お、おう!」

「大丈夫。こわくないから。ほら、きもちいいでしょう?」


 通じているかどうかは分からないけれど、できるだけの笑顔で。

 声をかけながら安心できるように。

 そっと優しく。でも力は入れて。



 本当は服も洗いたいけれど、子ども用の着替えなんどこにあるか分からない。

 私は汚れのこびりついた顔、手足。そしてできる限りの身体を洗う。

 最初は嫌がって暴れていた子も、だんだんに気持ちよくなってきたのだろうか。

 抵抗なく身を任せる様になってくれた。



「アル。マリカの真似をしてその子の身体を洗って下さい。

 僕が押さえておきます」

「解んないけど、解った」


 リオンと私、アルとフェイがペアを組んで子ども達を洗っていく。 

 子ども達は、キレイになってもまだ、ぼんやりとした顔をしている。

 生気は見られない。


 …これは…きっと。

 悔しい思いを振り払って、私は次にやることを考える。ボーっとしている暇はないのだ。


「アル兄。みんなを見てて。

 多分、勝手な事はしないと思うけど」

「いいけど、マリカは何をする気なんだ?」

「…私、大広間掃除する!」


「仕方ない。手伝ってやるよ。さっきみたいに暴走されるよりマシだ」

「僕もやりましょう。掃除ならマリカより得意です。慣れていましたからね」


 呆れ顔で呟くように息をついたリオンとフェイが、それでも腕まくりをしてくれる。


「ありがと。リオン兄、フェイ兄」


 掃除なら、むこうでもこっちでも毎日やってた。

 ゴミ部屋、汚物、なんぼのもんじゃい!


 私も、水浸しになってしまった服をたくし上げ腕をまくる。


「よし、やるぞ!!」


 そして、真っ暗な部屋に飛び込んで行った。




 掃除は、思ったよりスムーズに進んだ。

 どうやらこの城全体に、不思議な力があるようで、キレイにしたいと住人が望めばある程度はキレイになるらしかった。

 私達が掃除を始めるとみるみる部屋全体からゴミや汚れが消えていった。



 暗い色が染まっているように見えた窓が


「あそこから明かりが入れば明るくなるのにな」


 というリオンの一言で透明な、採光窓になったように。

 洗剤も消毒液も、雑巾も何もない掃除は手こずると思っていたのだけれど、そんな時間も経たないうちに「子どもべや」は綺麗な広間へと変わっていった。




 それから、城中をまわって見つけたベッドから運んできた布団や毛布を敷いて子ども達を寝かしつける。

 生まれて初めてキレイに身体を洗われて、疲れたのだろうか。

 それとも柔らかい布団の効果だろうか。


 子ども達は軽く胸元を叩き、頭を撫ででなればすうすうと静かで気持ちよさそうな寝息を立て始めた。


「おー、すげえ。俺、初めて見たぞ。

 子どもがこんなに幸せそうに寝る様子」


 リオンが腰に手を当てながら満足げに笑う様子を、肩を竦めながら見ていたフェイは


「マリカ」


 私を見ると、スッと膝を落として目線を合わせてくれた。


「僕達や、この城の事を覚えていますか?

 自分自身のことは?」


 青いキレイな瞳が私を真っ直ぐに見ている。

 探るような、ではないけれど真剣な問いかける様な眼差しに、私は頷く。



「…うん。

 それに、私も…聞いて欲しい話があるの」



 掃除の最中、私はぐちゃぐちゃだった「私」と「マリカ」の記憶を私はなんとか纏め直していた。




 まず、最初に認識しなければならないことは、やっぱりここは私の住んでいた世界ではないこと。

 そしてこの世界で「子ども」に人権はない。

 ということだった。


 この世界…私にもマリカにも解らないからこう呼ぶしかないのだけれど…では全ての人間が不老不死を持っている。らしかった。


 それが10年前か100年前か、1000年前かは解らないけれど、かつて魔王を倒した勇者が神にその命を賭けて願い、地上に生きる全ての人間が不老不死を与えられて生きている世界なのだ。




 刃は身体に刺さらない。鈍器で殴られてもまったく潰れないし、痛みも殆ど無い。

 高所から落ちても死なない。

 食事をしなくても飢えない。

 水を飲まなくても乾く事はない。

 水に沈められて呼吸を奪われても平気。



 どんなに歳を経ても衰える事も無い肉体を世界中の全ての人間が持っている。

 …けれどもそれは「成人」した者だけ。


「子ども」には不老不死は与えられていない。

 成人すれば不老不死は得られるけれど、それまでは「普通の人間」である。

 傷つけば血が出て悪くすれば死ぬし、落ちれば死ぬし、溺れても死ぬ。

 飢えと渇きで死ぬことは、幸いないけれど、食べ物を食べないと身体の完成は遅れるらしい。



 目を離せば直ぐに死に、育てるのに手間のかかる子どもを「自らが望むだけ生きられる」人々は、徐々に必要としなくなっていった。

 そして「子ども」は打ち捨てられ、良くて使い捨ての下働きとして、扱われる様になっていったらしかった。



 これは、この世界で8年を生きていた「マリカ」の記憶。

「マリカ」はとある貴族の家で下働きさせられていた子どもだった。

 その時には、名前すらなかったのだけれど。


 物心ついたころから冷たい納屋で家畜と一緒に寝かされ、働かされていた。


「子どもなんか、生かしておくだけありがたいと思え!」


 ただ言われるままの事をするだけの日々が多分、8年続いた。

 そしてある日、意識を失い、気が付いたらここにいたのだ。


 とはいえ、この城の広い部屋に閉じ込められていただけだったけれど。




 ここには指図をする大人は誰一人おらず、ただ、子どもだけが一人、また一人と増えていた。

 その多くは何も知らず、何もできない低年齢の子ばかりだったが私以外その中に、三人だけ。

 自分で動くことができる子どもがいた。




 それがリオンとアルとフェイ、だった。

 彼らは外に行き、獣を狩ってきてはその肉を子ども達に与えていた。


 何もすることがなくぼんやりしていた私は彼らの手伝いをするようになり 




「僕らも、下働きとして働かされていたんです」

「仲良くしよう」



 生まれて初めて、ちゃんと、話しかけてもらったのだ。

 会話は、できなかった。


 なんと返したらいいか分からなかったから。




 でも彼らは優しくしてくれた。

 そして


「名前がないなら…そうだな。マリカってのはどうだ? 世界を救った勇者の仲間の一人だって聞いたことがあるぜ」



 生まれて始めて『名前』を『貰った』

 直後、倒れた。




 そして『私』が目覚めたのだ。






「ふーん。他の世界で生きた記憶があるのか~」

「信じてくれるの? 私の話」



 私には、今、この世界で生きて来たマリカの記憶と、現代日本で保育士をしていた『私』北村真理香 の人格が入り混じっている。

 主導権は北村真理香、つまりは『私』だ。



 マリカに生まれた私が北村真理香だった事を思い出した。という表現が一番合っている気がする。



 我ながら荒唐無稽な私の話を三人は、黙って聞いてくれた。



「まあな。お前が嘘つく理由なんてないし」

「さっきの働きぶりを見れば、納得ですしね。掃除、洗濯だけならともかく子どもを丁寧に洗ったり寝かしつけたり、なんて経験がないとできないでしょう?」

「オレより、上手かったもんな」


 そして、実にあっさり全く疑うことなく、あっさりと信じてくれたのだった。




「正直、『ホイクシ』だっけ?お前が子ども育ての専門家っていうなら、助かる。

 オレ達、自分達の事で手いっぱいだったからな。おじいが子どもを助けてきても何にもしてやれなかった」


「ええ。せっかく助け出しても、死んでいないだけ。

 でも、君がいてくれるなら。彼らを本当の意味で助けてやれる。生かしてあげられるかもしれない」


「アル兄、フェイ兄…」



 悔しげに呟く彼らの目に、薄い光が浮かんでいた。

 それは希望と呼べるものだったのかもしれない。


「それだけじゃない。お前がいるなら、俺達の夢だって叶うかもしれない」

「夢?」


 首を傾げた私に、リオンはああ、と頷く。


「この不老不死の世界に。『俺達』なんかいらない、って言った世界に逆襲してやること」

「逆襲、は大げさですけど。せめて子どもが自分の意思で、自分の道を選べる、生きる事ができる世界を取り戻したいって思うんですよ」

「それが、オレ達の夢なんだ」


 瞳を輝かせる3人を見て、私の胸はドキンと音を立てた。

 元いた世界で、誰かに恋とかしたことはない。

 ましてや相手は子どもだ。

 だから、恋とかでは絶対にない。

 ないのだけれど…。



 前世でも仕事が恋人だった。

 保育士の恋人は子ども達。

 彼らを守り、幸せにするのが私の務め。



 だから、迷うことなく答えていた。

 何も解らない世界。

 彼らのことも、この世界の事も何一つ解らない。



 でも、子どもがこんな目に合わされる世界が正しいわけは、絶対ない。



「手伝う。ううん、手伝わせて!

 私も子ども達が笑って生きられる世界を作りたい!」




 私の答えを聞いた彼らはニッコリと笑うと私の手を取って強く握った。


「ありがとう。マリカ」


 言葉と共に、


「一緒に世界に一泡吹かせてやろうぜ」


 重ねられる言葉が、心が胸に染み込んでくるようだ。




「俺達の逆襲、ここからスタートだ!」


 私は、子ども達の笑顔を守るために。子ども達の幸せを守るために。

 北村真理香 25歳 ううん。


 マリカ 8歳

 異世界で、保育士を始めます。


 

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