第92話

 小石を蹴とばし、カラス共を驚かす。片手で手綱を操って、朝の空気を裂くように、街道を駆けていく。

 伸縮する筋肉の流動を足の下で感じつつ、バランスを取る為に強く挟む。馬の体温を感じる程の前傾姿勢を維持し続けて、槍を手に走り続ける。

 第一の関所が遠くに見えてくる。旅人たちの姿は無い。朝の日差しを帯びだ関所に小鳥が止まり、自由気ままに歌っていた。

 近衛兵が一人現れ、夢現の中伸びをする。半分閉じた寝ぼけ眼で朝の日差しに目を向けて、大きな欠伸を撒き散らす。そうして体の力を一気に抜いたかと思うと、頭の後ろを掻きながら迫るソードに顔を向けた。

 兵士の目が見開かれる。一直線に迫る騎兵は目の前だった。武器を取る猶予さえも与えられず、近衛兵は慌てて脇に跳び込む。

 たった一騎でありながら砂を巻き上げ、大地を酷く轟かせる。その様はさながらワイルドハントであった。

 兵士は暫く呆けていたがしばらく経って我に返ると、腰の抜けた足取りで、やっとの思いで立ち上がる。震える手で短い伝文を書きあげると、ツバメに括って空へ放った。

 馬の目と鼻の先に、第二の関所が見えてくる。

 ツバメはソードを追い抜いて、一足先に関所へと着く。

 兵士の一人が伝文を出し、短い文を二度読んだ。

 彼は自分の眼が信じられずもう一度読む。文は何度見直しても変わらない。短く、かつ簡潔で小さな巻紙には震える文字で、勇者ミツキに供えよ、との文があった。

 兵士達は、互いに顔を見合わせて笑い合う。遠くから響く馬の蹄の音を聞きつけて、裏切りの勇者が殺しに来たぞと、おどけた調子で言って笑った。

 馬の足音は瞬く間に近づいて来る。それも激しく攻撃的な襲歩の音だった。

 さしもの呑気な兵士達も、流石に異常に感づき、一人また一人と外へ見に行く。間髪入れずに戻ってくると、敵襲だ、と叫び急いで武器を取り上げた。

 右往左往する兵士達を蹴散らして、ソードが第二の関所を突破する。背後から何本もの矢が飛んできたが、風に流され明後日の方角へと消えた。

 馬の腹を強く蹴飛ばし、さらに速度を要求する。背後から低空を跳ぶツバメがソードを一気に追い越して、第三の関所の中へと舞い降りた。

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