第90話
帝都に向かって街道を行く道すがら、手ごろな旅隊を襲撃し、物資を補充し馬を奪う。
どこかの貴族か王族か。護衛の兵士は多く居たが、四人のミツキの敵でない。魔神の力も相まって、戦闘と呼ぶには一方的だった。
馬は低地の品種で筋肉質で極めて大柄、手入れも行き届いているらしく、毛並みも艶やかで美しい。少々気性は荒かったが力づくで黙らせた。
人目につかぬ道を通ること数日あまり、帝都の近くへ戻ってきた。
雪の残る峰の向こうの上空は、具現の勇者の魔法によって哨戒機がひっきりなしに警戒している。その数たるや星の数をも超えるかのようで、不用意に近づこうものなら即座に気づかれてしまうだろう。
四人は人目を阻み、火を囲む。
太陽はつい今しがた沈んだばかりであった。夜空に浮かぶ月と星は、前世と何も変わらない。射手座の時期が間もなく終わる。
時が進むにしたがって、太陽の明るい光の下へと、射手座は姿を隠すだろう。そして一年経ってまた天蓋に浮かぶまで、次の星座に夜空を託す。
干し肉を携行鍋に入れて煮る。簡単な調味料で味付けて、奪った野菜を放り込む。大きく切ったジャガイモに、トマトと肉が鍋の中で混ざり合う。苦手なトウガラシは火にくべて、メイスが鍋をかき混ぜる。
砥石を出して、赤い剣を鞘から抜く。鈍く、くすんだ赤い刃の剣は、暖かな火に当てられ、一層赤く輝いている。刃こぼれの一つも無い刃に、一回、二回と砥石を当てた。くすんだ剣は、砥がれる度に磨かれて輝く赤の色を取り戻す。
そういえば、この剣だけは一度も手入れをしなかった。手入れの必要が無かったのだ。あれだけ手荒に扱って、刃こぼれも、傷の一つも受け付けず、切れ味だけは変わらなかった。
銅と何かの合金が、ソードの両目を見つめ返す。彼女は剣を裏返すと、丁寧に砥石を当てた。
メイスがスープを差し出す。少しだけ土の匂いがするスープであった。
ソードは剣を鞘に納めてスープを受け取る。
大きく切った野菜の中に、何かもわからぬ干し肉が湯にふやけて漂っている。ソードはスプーンを手に取ると、白い湯気の立つ中へ静かに差し入れ口へと運ぶ。
美味しくはない。だが決して不味い訳でも無い。
「明日は」
クロスが言った。それだけだった。彼女は黙り込み自分の手元のスープを見つめる。
ソードもメイスもグレイにも、この場のミツキの全員が、言葉の意味を理解していた。
誰にでも、いつかは必ず訪れる日だ。今更覚悟を決める必要はない。
今夜も冷たい風が吹く。だがスープが身体を温る。
口の中を火傷しながら淡々と、爆ぜる炎の音を聞きつつ、ひたすらに口へと運んでいく。やがて空になった食器を脇に押しやると、ソードは目を閉じ夢想の世界に沈み込んだ。
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