夜の風

第88話

 薙刀を手に、割れた床を跳び回る。

 巨大な剣が振り下ろされる度に、床は砕けて隆起して、身体の一部が切り裂ける。傷を受け、手足が取れて身体に穴が開く度に魔法で治す。

 武器は全て失った。薙刀は二つに折れて、ナイフは切れた四肢と共に転がっている。短剣は瓦礫の下へと埋もれて、片手剣は天井と床に刺さっていた。

 グレイは腰を低く落とす。両手は軽く握ったまま魔族の竜と対峙する。

 武器の代わりの石さえ拾う事も間も無く、頭を下げて横払いを避ける。バランスを取るため無意識的に開いた腕を、爪が裂き、長い尾がグレイを打ちつけた。

 片腕を失って壁に叩きつけられる。

 頭を強く打ちつけて、朦朧とする意識の中で、意図から離れた本能により彼女の身体は治癒されていく。

 限界が近づいていた。いつ終わるとも知れない戦いに身を晒し、武器も防具も失った。シャツとパンツは酷く破れて、千切れ泥と血にまみれている。

 身体に傷はついてない。だが髪は、手や足も全て赤く染まって照り輝いた。

 突風が彼女を壁に縛り付ける。風は彼女の胸を圧迫し、呼吸さえも困難にする。指先の一つも動かせず。細く開けた視界の中で、竜はゆっくりとした足取りで彼女へ迫り、額へと輝く刃を突きつけた。

 結局、傷の一つさえつけられなかった。いくら竜は強いと言え、紫ランクが聞いて呆れる。でも、だけど。時間稼ぎにはなったなら、それでいいやと目を閉じた。

 竜は刃を少しだけ引く。必要最低限の勢いで、刃はグレイの頭を貫いた。

 カンテラの灯が消え去った。

 一秒、二秒、三秒と、竜はグレイを眺めていたが、やがて興味を失って、武器の先で割れた床に触れる。

 金属と岩の擦れる音が響く。

 手にした武器を魔力に還し、再び闇の中へ戻りかけた時だった。通路の奥の足音を、鋭敏な耳で聞きとって、竜は再び武器を取る。暗がりの奥へと目を細めると、おもむろに盾を構えて強く足を突っ張った。

 黒い炎が盾にぶつかり四方へ飛び散った。飛散した黒い炎は一つに集まり人型となり、手に炎の剣を作り上げる。竜に向かって斬りかかると、盾を二つに切り裂いた。

 ソードはグレイだったものへと近づいて魔法をかける。

 頭の深い傷は塞がって、心臓はまた動き出す。開いたままのグレイの瞼が瞬き、やがてソードに顔を向けた。

「遅かったじゃん」

 赤い剣を引き抜いて、グレイに背を向け外套を翻す。

 魔神と竜が組み合う中へと走り込み、実体化した魔神の背中を駆け上る。黒い巨人の頭を強く踏みつけ高く跳び、空中で剣を両手に持ち変えると、竜の頭に突き立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る