第87話
翡翠の色をした緑の両目は全ての光を吸い込んで、純粋な緑の中に消えていく。天の窓に敷かれた、薄い緑黄色のカーテンに月が隠れる。月よりも暗く、鈍い光のオーロラは不安定に波打っていた。
腕を付き身体を起こす。いつか見た黒い肌をした巨人の身体に、黒色をした豹紋が浮かぶ。眼球だけを動かして、辺りを瞬時に見渡すと目の前に立つソードで止めた。
緑と茶色の瞳が交わる。まばたきもせず、互いに互いを見つめ合う。
塔の中の最も深いその場所で、言葉も動きも全くなく。無音の時間が過ぎていく。
月の光が細くなり、やがて塔の影へと消える。最後の光の一筋が消え失せた時、魔神の瞳にカンテラの灯が映り込んだ。
魔神はソードに掴み掛る。
大きい、だがやや骨張った手でソードの肩を強く掴む。尖った爪が皮膚を裂き、十の爪痕を刻む。唾液を長く引いて、口を大きく開けて、腐臭にも似た悪臭をソードに向かって吐きかけた。
表情一つ変えぬまま、魔神の腕を切り落とす。
魔神はよろめき、ソードの前に膝を付く。肩を激しく上下させ、緑の瞳で彼女を見上げる。ソードは両目を細めると、飛ばした血の一滴へと意識を向けた。
一滴の血の溜まりから、肉の欠片が浮かび出す。
欠片はみる間に成長し、こぶし大の塊となる。幾本もの太い管が伸びていき、枝分かれし細く細かくなっていく。肺や胃そして肝臓に、脊椎、肋骨、腸骨と内臓に骨、筋肉が生成されて人の形を成していく。
胸、腹、腰に足と腕、最後に頭蓋が姿を現し神経系が伸びていく。脳と同時に筋肉が顔面頭蓋を覆い尽くして、皮膚が更に覆い尽す。
見慣れた口、鼻、頬に瞼が生まれ、肌が後頭部まで広がる。まつ毛に眉毛、そして髪が生え揃い、最後に脳が修復される。その証明に血の一滴だった塊は、深く呼吸し、瞼の奥から茶色い瞳を覗かせた。
体格も、顔つきも、そしておそらく記憶さえも、ソードと全く変わらない。新たなミツキの誕生だった。
新たなミツキは辺りを見渡し、魔神と、赤い剣を持つソードに気付くと、大きく目を見開いた。
カンテラの油が底を尽きかけて酷く明滅する。部屋の大半を呑み込むほどに巨大な影が火に揺れる。
ソードは赤い剣を引いて暴れるミツキの首から頭を刺し貫いた。
生温かな液体が柄を伝い、手を真っ赤に染める。脈打っていた心臓は止まり、ミツキの全身から力が抜けていく。
再生し、復活するような素振りはない。
ソードは赤い剣を抜くと、肉体を魔神の前に放り投げる。曲がりなりにも紫ランクの肉体へ、黒い魔神は夢中になってかぶりついた。
骨のひと欠片も余すことなく平らげる。血の付いた自らの指の先、爪の先まで舐めとって、もっと欲しいと視線だけで催促をする。ソードは赤い剣の先を、魔神の頭に差し向けた。
片膝を着き、頭を垂れる。
ソードの赤い刃が魔神の首に傷を付けても、微動だすらしない。
剣を魔神の顎に当てると、自分に顔を向けさせた。
深い緑の瞳の中にソードの影が映り込む。黒くて巨大なソードの影がまばたきに合わせて揺れる。やがてソードは目を閉じ剣を下ろすと、ゆっくりと目を開いた。
彼女は魔神に背を向ける。
心臓、胴体、手足、頭が血の飛沫の数だけ増えていく。ソードは剣を納めると、暗い影で蠢く肉体の中へ姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます