第86話
静かでそして穏やかだった。細かな塵が降り注ぎ、月の光が青く浮かぶ。
鏡と、そして勇者証と同じ素材のモザイクタイルの礼拝堂は、わずかな光を増幅し、薄暗くも十分な光量をもたらしていた。施設と一体化したオルガンは雷に撃たれ焼けている。オルガンの一部であった金属管が融解し、ねじ曲がり、朽ちた生き物のようであった。
片手で外套と、そして防具を外す。荷物も全て放り出して、血と汗と泥が滲む、シャツだけの姿となった。
魔神の顔を覗き込む。
翡翠と、黒曜石の頭骨が露出し、眼窩の奥には闇が渦巻いている。どこまでも黒くて深く。まるで吸い込まれてしまいそうなほど、光の欠片もない闇だった。
ソードは、魔神の額に手を乗せる。
冷たくて硬い。見るも無残な姿形は、本当に生きていたとは思えない。魔神の死体に手で触れて、その先へと意識を向ける。
少しずつ魔力が集い、目には見えない所から修復が始まる。
身体に空いた穴は中身から詰まっていき、やがて表面が覆われていく。失われていた両腕両足からは、骨にも見える物が伸びていき、五つに分岐する。同時に肩と腰の切り口から繊維質の物が伸びて、骨を包み筋肉を形作る。
翠玉と黒曜石の頭骨を黒い皮膜が覆っていく。頭の先まで覆い尽くすと、最後に動き出した心臓が聞こえるほどの鼓動を打った。
赤い剣を握り直す。
片手でシャツの襟を掴んで、下着も一緒に引き下げる。露出したソードの左胸で、心臓がゆっくりと脈を打つ。
赤い刃の先端を左胸へと突きつける。眠り込む魔神を無言で見下ろしながら、剣を持つ手に力を込めた。
刃は皮膚を裂き、骨を傷つけ心臓を刺す。貫通し、背から剣の先が現れ、シャツを裂く。
鮮血が剣の先へと流れて落ちる。
体温の下がる感覚は感じるものの、痛みは全く感じない。
ソードは赤い剣を強く握ると、力任せに引き抜いた。
大量の血が剣の軌跡を描き出す。三日月状に大きく広がり、外へ外へと伸びている。
自らの血が付いた剣の先を魔神の口元へと運ぶ。赤色をした血が一滴、二滴、三滴と滴り落ちたその瞬間、魔神の両目が開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます