第85話
竜と呼ぶには忌々しく、禍々しい。レインさんの竜でさえ、もっとましな見た目をしている。生前の神話に出てくる馬と人との半人半獣に近い。近いだけで似ても非なる怪物で、馬の代わりに竜の下半身、頭も人から大きく離れた半実体の化け物だった。
「ここは任せて。何とかする」
グレイが薙刀を片手に、ナイフを口と、もう一本を片手に握る。薙刀を半回転させると、一人で先に走り出した。
手にしたナイフを投擲し、口のナイフを落として蹴り放つ。二本のナイフは竜へと飛んで、首と胸に突き刺さる。
深く刺さったナイフを気にする素振りも全く見せず、迫るグレイに目を向ける。彼女が間合いに入ったと見るや否や、素早い動作で薙ぎ払う。
膝から下が切れ落ちて、グレイの身体が傾く。グレイは瞬時に再生し、尖ったガラスの欠片の中を素足で踏ん張り立て直す。頭上から振り下ろされる巨大な剣を横っ飛びに避けると、砂埃に包まれた。
ソードは走りながら両手剣を抜き竜の股下を滑り抜ける。立ち上がりつつ、重たい一撃を叩き込むも、鱗によって弾かれた。
「長くは持たないから早く行け!」
強靭な尾の一撃を真正面から受けながらグレイが叫ぶ。薙刀は大きく曲がり、脇腹からは大量の血が流れだす。グレイはやっとのことで傷を治すと、盾の打撃を何とか避けた。
両手剣を背に納め、グレイを残して奥へと進む。戦闘音と地響きが城全体に木霊して、細かな塵が天井から降り注ぐ。
ソードは徐々に速度を落とす。カンテラの灯を頼りに暗い通路を進み、やがて塔の広間に出る。石造りの床は最下層まで穴が開き、直上からは射す月の光に満たされていた。
内壁に沿った螺旋階段を降りる。神聖文字が掘られた壁を指の先で触れながら、一歩一歩、下って行く。
艶やかな壁は彼女に合わせて色を変え、黒から順に赤橙黄緑青藍紫へと変化する。そして彼女の触れる指の位置では紫色もほとんど消え失せ、もはや白となっていた。
戦闘音は遥か遠く。まるで異世界かのようだった。静かで暗い闇に差す月の光は、階を重ねる毎に、細く、儚いものとなる。
何周も、何周もして、最下層へと降り立つ。砂埃の中に唯一の足跡を残し、一筋の月の光が照らす先へと進む。雷の焼け跡が残る床の上には、黒い物体があった。
ソードは赤い剣を抜く。
頭と、そして胴体だけの大きな男性体だった。両の手足を失い、仰向けに月を浴びている。雷により焼き潰された胴体は、かつての魔神が成り果てた姿であった。
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