第80話
レインは一度避けてから、首元を掴み地に叩きつける。種族故の重量をそのまま生かし、新たなミツキを抑え込む。
どうにか脱出を図ろうと、必死になって暴れるもレインは一切動じなかった。
「魔法にそんな使い方があったなんて」
驚きと感心が混ざったような、小さな声でそう言った。
霧の中から静かに雨が降り注ぐ。
激しさは無く穏やかに、点々とした水玉模様を描き上げる。春先に降る雨のような優しさでレインとミツキを、そして帝都を包んでいた。
完敗だ。新たなミツキが両目を閉じた時だった。
霧を裂いて両手剣がレインを退ける。刃を返して追撃すると、ソードは長い刃の剣先をレインに向けた。
「姿も動きもミツキと一緒。アナタはミツキ? それとも私の知らない誰か?」
「私だよ。レインさん、私だって」
レインは全く無防備で、構えるような様子も無い。
メイスがクロス達を助け起こすのも気づかずに、両手剣をゆっくり下す。
雨の雫が剣に落ちて、刃を伝い剣先へと滑る。そして徐々に膨らんでいき、風も無いのに細かく揺れる。霧は一層濃くなって、ソードとレインだけとなった。
「戦い方を教わった。一緒に世界を見て回った。まさか忘れたなんて言わないよね」
「もちろん。全部覚えている。一度も忘れた事はない」
雫の揺れが止まり、上下左右反転された世界が映る。清らかで澄んだ世界は白い霧に渦巻いて、光を捻じ曲げレインの姿を大きく伸ばす。
「だったら」
「でもそれは、ミツキとの記憶でアナタじゃない。本当のミツキは、ずっと一緒に居たから分かる」
膨らむ雫は震え出す。
「アナタはミツキじゃないけれど、ミツキによく似てる。だからアナタを助けたい。アナタを死なせたくはない」
飴の雫は垂れ落ちそうになりながら、辛うじて刃に付いている。雨が更に刃に当たり、雫を大きく成長させた。
「見逃してあげる。だから消えて。そして二度と姿を現さないで。それがお互いに幸せになれる唯一の道」
自らの重さに耐えきれず、ついに雫が剣から離れ落ちて行く。不定形で不安定に、雫の世界は形を変えて、重力に導かれるまま加速していく。やがて石畳へと、ぶつかり弾けて飛び散り跡形もなく消え去った。
ソードは剣を握り締め、下ろした刃を持ち上げる。
教わった通りに腰を低く落として、いつでも動けるように構え直す。
霧は一層濃くなって二人の周囲を渦巻く。雨が剣に当たると今度は二つに分かれて落ちた。
渦巻く霧の上空から大きな羽音が響く。雷鳴と、特徴的な三連符。青白い光を帯びながら霧を乱して現れたのは、六枚羽の竜だった。
竜の割に遅い速度で渦の中を旋回する。四つの脚を折りたたみ、六つの羽を順に動かし、八つの瞳でソードを捉え、レインの背後に降り立つ。雷鳴にも似た咆哮を轟かせると、周囲に電気を撒き散らす。
いくら不滅の魔法でも、勝てる見込みは全くない。
両手剣を握り直すも、剣を下ろして構えを解いた。
「レインさん、私は絶対に戻ってくる。何があろうと。絶対に」
ソードは静かに言い放ち、剣を納める。答えぬレインに背を向けると、外套を風になびかせながら白い霧へと消えた。
「私、間違えたかな?」
霧の中に残されたレインは竜を見上げて呟いた。
放電の止まった竜は小さく鳴いて鼻を近づける。二度、三度、彼女は優しく片手で撫でてから、小さく一度手を叩く。軽やかな音が響くと共に霧が全て雨へと変わる。
澄み切ったグラデーションの紺の空には、星の代わりにドローンの群れが赤い光を放っていた。
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