第78話

 本のページを捲る音が響く。

 ソードだった物はもう、指先の一つも動かない。

 具現の勇者は暫く銃を向けていたが、動かないと確信し、銃を背後に投げ捨てる。銃はゆっくり回転しながら、綺麗な放物線を描き、床に当たると弾むと同時に消え去った。

「まだ外に二匹」

 具現の勇者は窓から外の馬車を示す。そこには慌てて頭を引っ込める、二人のミツキの姿があった。

「待て。私が行く。手を出さないで」

 レインがミツキの手を離し、彼女の肩に手を乗せる。待っていてとミツキに告げると、レインは扉に手を掛けた。

「ヤバい。見つかった。メイス逃げるよ」

 一部始終を外から見ていたメイスとクロスは、三人分の荷物をかき集める。持てる分だけ引っ掴み、馬車の影から飛び出していく。

 空では一気に雲が広がり、白い霧となり包み込む。二人は通りに躍り出ると、真逆の方角へと走り始めた。

「ちょっとメイス、どこ行くの!」

 中途半端にクロスボウを肩に下げ、振り向きながら声を荒げる。そんなクロスの言葉を無視して、メイスは通りの中を一目散に駆けだした。

「アンタは先に行って。あっちに弾が飛んでいくのが見えた!」

「なに馬鹿なこと言ってんの! もう!」

 霧は瞬く間に濃くなって、細く冷たい雨が降り始める。クロスは咄嗟に反転すると、離れ行くメイスを追う。

 ギルドから出て来たレインが二人を捉える。彼女は防具も武器も身に着けていない。着の身着のまま、普段着のままで剣さえ持っていなかった。

 一歩、一歩とレインが踏み出す。腕から赤い液を滴らせたまま霧を全身に纏っている。メイスは石造りの壁に取りつくと、銃痕に向けてナイフを引き抜き突き立てた。

「思ったより深い」

 刃を何度も振り下ろす。その度石片が飛び散って、メイスの頬を傷つける。弾丸はあまりに深く、ねじ込む指さえ届かない。急かすクロスを無視して、ナイフを何度も叩きつけた。

「そんな物放っておいて早く逃げるよ!」

「そんな物じゃないでしょ! これには私の、ソードの血が付いている。私が私を助けないで誰が私を助けるの」

 叩きつけたナイフが折れる。メイスは新たにナイフを引き抜くとまた、刃の先を叩きつける。

 クロスは深くため息を着くと、荷物を下ろし、肩から下げたクロスボウを手に持った。

「わかった。私が足止めしてくる。でも急いでよ? あの人相手に長くは持たないから」

 それぞれに矢を据えて、外套の下で両手に構える。通りの向こうで立ち止まるレインに向き直ると、矢の先を彼女に向けた。

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