両方の敵

第72話

 街道に沿って馬を進める。

 帝都が直接管理する山間を縫う街道はよく整備され、綺麗に整えられている。それでも山道には変わりない。急勾配を登り降りし、山肌に沿い右へ左へとうねっていた。

 馬は自らの判断で街道に沿って進んで行く。常に揺れる鞍の上で癖の付いた羊皮紙を、メイスは頻りに読みふけっていた。

「最新の戦果速報。やっと砂漠を越えて来たみたい。見る?」

 日付はひと月も前の物だった。丁度、旧都へ飛んだ日だ。

 砂漠を越えた位置にある共和国へ、更に東の連合国が大艦隊を派遣した。戦艦、航空母艦に巡洋艦、駆逐艦に揚陸艇、非戦闘の工作船に貨物船から商船まで、大小多くの船が集まり数百隻にも上ったらしい。

 対する共和国はわずか数隻、片手の指で数えられるほどの少数だ。誰が見ても一目でわかる戦力差だが、この手の話によくあるように、勝利したのは共和国だった。

 当時の天気は雷雨。それも過去にない程、激しい雷だったらしい。雷の雨は海域中に降り注ぎ、ありとあらゆる船を滅ぼした。陸から一部始終を見ていた者は、世界の終わりのようであったと記者の取材に答えている。

 もちろん人為的なものであり、決して天災なんかではない。世界最高戦力の、雷の勇者その人だった。

 海戦による共和国の損害は無い。一方で連合国は壊滅的だ。

 大破した船舶一つ一つの名前だけでページを一つ埋めている。死者、重軽傷者は五桁をも超え、数字だけが記載されていた。

 称賛も、批判も無い。事実だけが記されている。世界の中立を謳う勇者ギルドだからこそ、ありのままを伝えるのだ。

 十分な金銭さえ支払われるなら、きっと帝都も潰すだろう。たまたま連合国が迫ったために、そちらへ裂かれただけの事であり帝国も共和国とは仲が悪い。危ういバランスの上で経済力が拮抗しているからこそ、もたらされた一つの平和の形であった。

 話にはまだ続きがある。

 戦闘の後、かつてない程の雨雲が共和国全土を覆い尽くした。ただでさえ夏の時期は雨の多い国に、豪雨が毎日のように降ったらしい。被害の全容は不明だが学者の寄稿によれば、戦争で与えた損害以上の被害を被ったとのことだった。

 ソードは戦果速報をメイスに返す。

 勇者への批判、特に紫ランク以上には表立って行われる事はない。人族が蛮族に対抗する要であるのに加え、自らの国の軍事力に繋がるからだ。内心勇者に不満があっても基本的には漏らさない。それが世界における暗黙の中の常識だった。

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