第48話
空高く舞い上がる砂の中を突っ切って、剣のミツキは砂地へと叩きつけられる。
両手で頭を抱え込み、全身をぶつけながら防具の破片を撒き散らす。蛇の石が降り注ぐ中、砂丘の斜面を転がり落ちて、麓にぶつかりようやく止まる。
息も絶え絶えに、天頂の月を見上げる。
折れた骨を接合し、傷を全て癒していく。
呼吸が落ち着くのも待たず、剣のミツキはおぼつかない足取りで立ち上がる。風に背を押され、足を何度も砂に捕らわれながら砂丘の斜面を登っていく。
顔半分を覆う血は乾いた空気によって張り付いて、赤くて黒い仮面のようだった。
やっとの思いで砂の丘の頂きに至る。
砂丘だと思っていた場所は、今しがたまで無かったはずの砂のクレーターの縁だった。
蛇の鱗を成していた巨岩がいくつも転がっている。すり鉢状の穴の底ではメイスのミツキの影が動いていた。
岩の間を真直ぐ滑り降りて行く。
月の光は穴の底まで差し込んで、岩に刺さった赤い刃の剣を示す。岩に刺さった剣を抜き、血も払わずに、倒れた老婆に近づいた。
誰がどう見ても、死んだと判断できるほど無残な状態となっていた。周囲に散乱する石の武器は数知れず、大半が折れて欠けている。
老婆の身体を調べていたメイスのミツキを押し退ける。彼女は抗議の声を上げたが剣のミツキは気にしなかった。
幸福そうな死に顔だった。
死後の世界が安寧であるかのように、自ら死を受け入れたのかのように、目を閉じ、口には笑みを湛えている。長年培ってきた努力が報われたかのような表情が、ミツキの炎に油を注ぐ。
ミツキは老婆の死体に意識を向ける。
やや間を置いて、指が痙攣し、老婆の瞼が開く。
力無く顔を傾けると、ミツキに目を向け口を開いた。
「なにをした。儂は死んで、そして」
それ以上の言葉はなかった。
赤い剣が老婆の喉を貫いて、血が砂に吸われ染み込んでいく。大きく見開かれた老婆の目には、月と星の白い光が宿っていた。
ブーツで踏みつけ剣を抜く。
やがて流れ落ちる血は止まり、心臓の停止を告げる。ミツキが死体を見下ろすと、喉の傷が癒えだした。
「あの世とこの世の魂が混ざり合い交差することの美しきことよ。儂の魂は今どこに」
剣を振り下ろす。
胸の内から溢れるものは勢いを増し、感情の炎が身を焦がす。
「個にして全、全にして個。全ての魂は溶けあい、そして」
刺青の蛇の首が落ちる。
砂漠の砂は赤色の泥となり広がっていく。
「美しい玉虫色だ。闇の色。鍵、そうだ鍵が要る。あの世とこの世を結ぶ鍵」
首を切って落とす度、老婆はみすぼらしく、しわがれていく。
支離滅裂な言葉を発し、ろれつも回らなくなっていた。
「殺せ。殺してくれ。こんな地獄で一人にしないで」
幼い子供のように涙を流す。
懇願する老婆を蘇生させては貫いて、また呼び戻しては斬り殺す。繰り返す度、燃え盛る炎は収束し、落ち着きと冷静さが戻ってくる。
息一つ乱すことも無く、ミツキは老婆を蘇らせた。
剣に付いた血を払い、鞘に納める。泣きじゃくり嗚咽を漏らし、老婆はミツキの顔を見上げる。懇願するかのような表情に、ミツキは何も与えなかった。
「おかあさん、おとうさん。お願い、一人にしないで」
最後の力を振り絞り、石のナイフを創りだす。空中を滑るように、自らの心臓に突きつける。月と星の輝きを見ながら涙を流すと、ひと思いに突き刺した。
見開かれた蛇の瞳に、月と星の光が映る。
剣のミツキは石のナイフを引き抜くと、老婆の心臓を治し傷を塞いだ。
背を向けて、遠くに石のナイフを捨てる。
天を見上げる老婆の目からは全ての光が消え失せて、ただ胸を上下させるだけの塊と化していた。
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