第42話

 光は一点に集中し青緑色の太陽となる。天をも覆う安全柵に、無機質な白いコンクリートの広場は、何もない空中の庭園となっている。

 学校の屋上、ただし階下へと続く扉は無い。単なる平坦な空間に、ミツキと対峙する、もうひとつの人影があった。

「ここが地獄の門の一つ手前ってこと? ずいぶん殺風景だけど」

「違うよ。でも地獄に至る道の途中」

 女神のような微笑を浮かべる影を緑色の光が照らす。細く、繊細な体つきをしたかつての友人、ヒナタだった。

「よくも綺麗に私の人生ぶち壊してくれたね。アンタ天才だよ」

「ありがとう。みんなは悲しんでくれた?」

「残念だけど、自分のことで精一杯って感じだった」

 同じ教室だった生徒達、教員、そして両親も、遥か昔の記憶から彼らの様子を思い返す。意識的にか無意識的かは不明だが、厄介事には関わらない、と模範解答のような態度であった。

「ミツキは、悲しんでくれたよね」

「私は。別に」

「でも知ってるよ。あまり表に出そうとしないけど、本当はどこの誰よりも感情豊かだってこと」

 少々おどけた口ぶりで、ヒナタは言った。

「アンタの為にわざわざ悲しんだりはしなかった」

 ヒナタが死んだ光景が脳裏によぎる。わずかに細めた目の先の人影は、女神のような笑みを湛えていた。

「じゃぁ、誰も悲しんでくれなかったんだ。ざんねん」

 小さく短いため息をつき、握り締めた手を開く。

「なんでわざわざ死んだ訳?」

 まばたきしたと、分かる早さで目を閉じ開く。記憶に残るいつものヒナタの癖だった。

「死ぬのに理由なんて必要ないよ。でも、強いて言うなら」

 彼女は一瞬だけ間を置いて言葉を続けた。

「なんとなく?」

 赤茶色に染まった安全柵を片手で掴み、揺らめく緑の太陽へ眼を向ける。そんな彼女のすぐ横に、ミツキは並んだ。

「誰にだって一度はあるでしょ。何もかもが面倒で、生きている事さえ嫌になる。いっそ死んでしまおうか、って思うこと」

「でも普通の人は本当に死んだりしない」

「なら私は異常な人だった」

 瞳の中に緑色の光が灯る。

「なにをしたって意味は無い。どうせいつか死ぬんだから、何もかもが無意味になる。生きることが重荷になるなら、早く下ろして楽になろう?」

 気づけば柵の外にいた。

 狭くて細い空間に二人は隣同士、並び立つ。ヒナタはミツキの手を取って、縁の上に立ち上がる。

「自分を裏切り殺す度、魂は別れて死んで小さくなる。さぁ、自分に正直になろうよ。ね?」

 誘われるまま、片足を乗せ、残った足を持ち上げる。遥か下は暗い闇に包まれて、底がどこだかわからない。太陽が二人の影を長くのばし、風が二人の背を押していた。

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