第43話

「どうでもいい」

 強引に手を振り解く。風は急に吹き止んで、太陽の揺らぎも絶える。ヒナタの顔を半分を緑の光が照らしあげ、残り半分に影を落とす。今のいままで浮かべていた微笑が薄れ曇って、少しだけ、初めて残念そうな笑みに変わった。

「ミツキなら。受け入れてくれると思ったんだけれどな」

 影の中から黒い蛇が現れて、ヒナタの身体を這いまわる。身の毛もよだつ片側だけの蛇の目は、鋭く細く睨みつける。ヒナタが醜い老婆に変わり、まばたきした後、元に戻った。

「確かにアンタの言う通り、何もかも嫌になって、死にたくなる事もある。でもね。お前を受け入れるわけねぇだろクソババァ」

 ミツキは自己の内に意識を向ける。膨大な魔力が内部で新たな肉体を構成し、古い細胞はプログラムされた死を引き起こす。アポトーシスで死滅した細胞は収縮し、断片化して、新しく生まれた細胞たちに取り込まれていく。

 学校の屋上だった光景は光が明滅するたびに、薄暗い倉庫の中と入れ替わる。ヒナタの身体を這う蛇が、咄嗟にミツキに飛びついて両手を固く縛り上げた。

「ダメだよ。抵抗してはならん。身を任せなきゃ。感情に焼かれるな。荒ぶる感情を静めないと。冷静になるのだ、不滅の勇者」

 赤と緑がせめぎ合い、老婆とヒナタが交互に映る。

 片手をミツキに差し出して肩に触れる。ミツキはその手を掴み引き寄せて、ヒナタの顔に蹴りを入れた。

 学校の屋上の縁に立つヒナタは老婆へ変わり、倉庫の中で老婆はよろめき距離を置く。メイスを持ったゴブリンが緑の世界の影に変わって、ミツキと老婆の間に入る。

「なぜだ。なぜ、抵抗する。儂は助けようとしたのだぞ」

「誰が助けろって言った。蛮族風情が」

 メイスに激しく打ちのめされて、干しレンガの壁に叩きつけられる。力なく壁にもたれながらずり落ちて、冷たい床に座り込んだ。

「いかんな。負の感情が暴走しておる」

 ゴブリンがメイスを振るう。ミツキの頭を直撃し、堅い石の床に叩きつける。生暖かな液体が顔半分を覆い尽くす。視界は黒い霞みが覆い、同時に白い閃光が迸る。

「折角の善意を無下にするとは、呆れを通り越して笑いが出るわ。勇者と言う者達はどこまで野蛮である事か。薬を毒にしたのはお前自身だ。受け入れておれは楽になっただろうに。お前の軽率な行動が自身を苦しめたのだ」

 激しく肩で息をするミツキの目と目の間から、赤黒い血が流れ落ちる。失せた女神の微笑みは、老婆へ戻り、細い瞳には緑の光が湛えていた。

「砂漠の力にやられる者は少なくない。必ず元に戻してやる。だが、抵抗するのであれば、儂等としても強硬手段にでるしかあるまいよ」

 ゴブリンがミツキを蹴って転がす。指先が、まだ少しだけ動くのを見てから、老婆は静かに言った。

「お前たち、暴れぬように拘束しろ。だが油断するなよ。縛り上げるのは徹底的に弱らせてからだ。忘れるな、奴は紫ランクの不滅の勇者だ」

 二匹は赤く輝くメイスを掲げると、何度も何度も打ち付けた。

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