第11話

 登り始めた月に背に川底を渡る。何本もの支流から成る幅広の川は、抱えるほどの石が転がるばかりで一滴の水も見当たらない。石を跨ぎ、岩を越え、西の空に目を向ける。今まさに最後の光を投げかけて、黄昏時へと移行した。

 気温は程よく冷めて空は綺麗に晴れている。多少の疲労は感じるものの足取りは軽やかだった。

 片手で尾を、片手でバックラーを支え持つ。

 石と石との隙間を埋める砂を踏みつけ跡を残しながら、ミツキは乾燥する岸へと這いあがった。遥か先には砂原が広がり、砂丘の峰が連なっている。帝都は言わずもがな、旧都の尖塔の影でさえ見えないでいた。

 ミツキは砂漠の中にたった一人で、西に向かって歩き続ける。

 一つ、また一つと星が輝き、群青色が夜の領土を広げていく。砂を含んだ風が一際強く吹き渡る。外套のフードをより深く下げると、表面にぶつかる砂粒が音を立てて地に落ちた。

 乾燥地帯の昼と夜では、全く異なる顔を持つ。昼が熱と光の炎の世界なら、夜は冷たく氷のような世界であった。悪戯心を持つ風が、外套を引っ張りかき回す。手足の先から体温が奪われ、痛みを彼女にもたらした。

 酷く赤らむ指先を順に動かして解す。肩を起点に背中で揺れる太い尾が、彼女の腰を打ち据えた。

 砂漠の経験は一度や二度ではない。

 帝都に相対するように蛮族の居城があったから、依頼で何度か来たことがある。強力な種族を筆頭に、ゴブリン、レッドノーズ、オークやオーガ、ジャイアントが軍の大半を成していた。

 率いるのは竜と人の二つの姿を持つドレイクだ。人の姿を持ちながら、戦闘時には竜の姿に切り替える。無尽蔵の体力と、膨大な魔力を武器に命果てるまで戦い抜こうとする、一定の美学をも持ち合わせていた。加えて人並み以上の頭脳を有し、苦しい戦いを強いられた。

 当時のミツキは紫ランクになる前で、レインと共に行動していた。人族と蛮族達との間ではお互い不可侵の領域があったのだが、代替わりに伴い、領域を無視するようになっていた。

 ドレイクは絶滅危惧種に認定されており、条約によって無為な殺戮は禁じられている。だから誰も勇者ギルドに依頼を出さなかったし、ギルド側でもなるべく断っていたらしい。本人も絶滅危惧種の自覚があったようで、出会う度に殿を務め、やれるものならやってみろ、との態度であった。

 砂漠を渡る商隊が立て続けに襲われたのを発端に、討伐部隊が結成された。帝国軍を陽動に、ミツキとレインのたった二人で殴りこんだ。

 陽動は初めから見抜かれおり、二人ですべてを相手取ることになった。狭い城内を巧みに生かし、レインの魔法を封じつつ数と奇襲で追い詰められた。戦略家としては優秀だったが、ドレイクにとって不運だったのは、紫ランクのレインが一緒にいた事だった。

 ブチ切れたレインさんは感情の赴くままに、大量の水を生成させた。砂漠の中で濁った流れを作り出し、城を丸ごと押し流した。回避できたのはわずか一人、ドレイクだった。孤立無援の最後の一人になりながら、ドレイクは決して剣を手放さず、最後の最後まであがき続けた。

 今となっては懐かしい。

 レインさんは地に伏せたドレイクを助けた。条約を理由にしていたが、違う理由があったのではと今でも思う。再戦の申し出をいつでも受ける代わりに、三つの約束を突きつけた。

 勇者として活動すること。

 今後いかなる場合でも人族に手を出さないこと。

 命の危険に迫られた場合に限り最優先で自己の命を守ること。

 ドレイクは当時交わした約束を今も律儀に守っている。蛮族であり、勇者でもある。相容れる事の無い二つを結ぶ象徴として活動する内、レインさんや私と同じ紫ランクまで上り詰めた。

 それが今の時空の勇者であった。

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