第四.五章 第三話 運命の日 その1
今から九年前。皇歴一〇一五年の冬。
宗次郎は十二歳。そろそろ十三歳になろうかという頃だった。
「寒……」
穂積家の本家を目指しながら、宗次郎は寒風に身を震わせた。
十二月という冬真っ盛りでありながら、宗次郎の服はかなりの軽装だ。通り過ぎた人がこちらをジロジロ見るくらいには。
「畜生、師匠のやつ」
宗次郎はぶつくさ言いながら本家のある東都の通りを進む。
十二神将第三席、引地鮎。国王が最強と認めた波動師にのみ贈られる称号を持ち、さらに十二神将の中でも最強ではないかと噂される女傑。
時間と空間の属性を持ち、調子に乗っていた宗次郎に喝を入れ、波動と剣術の手解きをしてくれた尊敬すべき師匠ではあるのだが。
「しまった!」
二日酔いでダウンしていた引地は急に起き上がると、素振りをしていた宗次郎のもとへ駆け寄り、
「お前を実家に帰すのを忘れていた!」
そう叫ぶや否や、ろくな準備をさせないまま宗次郎を帰路につかせたのだ。さすがに汽車の運賃は出してくれたが、真冬でも比較的暖かい南部で修行していたため服は薄手なのだ。
実力もあって教え方もうまいのだが、こういう雑なところがあるせいでいまいち尊敬の念を抱きづらい。
「はっくしょん!」
大きなくしゃみが出てしまい、恥ずかしくなって裏路地に進む。
およそ三年ぶりに戻ってきたため、街並みに懐かしさをかじる。
まぁ、それよりも寒さのほうが深刻なのだが。
体をさすりつつ足早に住宅街を右へ左へ進むと、やっと見慣れた茅葺屋根が見えてきた。
「あ」
本家の正門が見える位置まで来て、ようやく宗次郎は帰ってきた実感がわいた。
割烹着を着た森山が正門の前でせっせと箒をはいている光景が飛び込んできたからだ。
「宗次郎さま!?」
足音に気づいて顔を上げた森山と目が合った。その表情は驚きと歓喜に満ちている。
「ただいま」
小さいころからお世話になっていた使用人の顔に、宗次郎は一瞬寒さを忘れることができた。
「遅い!」
室内に怒号がこだまする。
寒空の下帰ってきた宗次郎は森山に迎えられ、三年ぶりに屋敷に戻った。やっと暖かい部屋で休めると思いきや、着替える間もなく宗次郎は父から呼び出された。
穂積家の当主が暮らす執務室はそこそこ立派で大きな書斎と一体になっていた。
その中央の机に座っているのはの父親、穂積敬翔だ。年齢は五十に差し掛かろうとしているが比較的若く見える。宗次郎をそのまま老けさせ、顔に皺を刻めば見分けがつかなくなるだろう。
「遅いぞ! 入学試験まで三週間とない! 心配をかけさせおって!」
「……申し訳ありません」
師匠がうっかり忘れていました、などと言えるはずもない宗次郎はとりあず頭を下げる。
「あなた、そう責めないで。どうあれ試験前に戻ってきてくれたのですから」
「だ、だがな。俺は帰ってこないのではないかと心配で心配で……」
「気持ちはわかりますが、今は久しぶりに戻った宗次郎を労うのが先でしょう?」
おっとりした表情で敬翔を落ち着かせるのは宗次郎の母、穂積愛美だ。いつもおっとりして優しい母だが、今日はいつもより迫力がある。押しに弱そうなのは見た目だけで、宗次郎どころか敬翔も頭が上がらない、穂積家の影のトップなのだ。
「そ、そうだな。ああその通りだ」
敬翔はおほんと咳をしてから表情を和らげた。
「宗次郎、よく戻ってきた。穂積家の一員として立派に成長したようだな」
「ありがとうございます、父上」
宗次郎はペコリと頭を下げる。
「だがこれからだ。お前ほどの能力があれば三塔学院に学年トップで入学し、主席で卒業できる。穂積家の繁栄はお前にかかっていることを忘れるな」
「はい。父上」
景気良く返事をしたものの、宗次郎は内心家の繁栄について真剣に考えていなかった。むしろ嫌な気持ちさえしている。
自由奔放な師匠の影響か、自分を縛り付けるものに対して嫌悪感を抱いていた。
━━━ま、いいさ。
自分の家よりも宗次郎にとって自分の夢の方が大切だ。
英雄になりたい。
初代王の剣のように、強い英雄になりたい。
否、絶対になる。
そう思っていたのは、過去の話。
もちろん三塔学院に行くつもりだ。同世代では誰よりも強いという自負があり、年上の波動師にだって負けるつもりはない。
そして八咫烏となり、ゆくゆくは師匠と同じ十二神将になる。
━━━それが現実的な人生ってことだろ。
今はまだ選ばれる実力でないことは自覚している。師匠はズボラでいい加減で人としてダメなところが山ほどあるが、その強さにはまだ及ばないのだ。
それに、宗次郎が夢を叶えれば必然的に穂積家の繫栄にもつながるだろう。
「あなた。難しい話はその辺でいいでしょう。宗次郎。今日は帰ってきたばかりだからゆっくりして頂戴」
「ああ。そうだな。明日に備えて今日は休め」
明日に備えて。その言葉に引っ掛かりを覚えて宗次郎の体が固まる。
「明日? 何かあるのですか?」
「ああ。知り合いの研究員が、お前の波動をぜひ見たいと言ってな。急だが明日、私と来てもらうぞ」
「わかりました」
面倒だな、という思いを顔に出さないよう宗次郎は深く頭を下げる。
「面倒臭そうな顔をするな! 少しは隠さんか馬鹿者!」
頭上を通り越した父親の叱責が部屋に反響した。
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