第四.五章 全ての始まり 第二話 自分の話

 宗次郎と燈が部屋を出る。


 目指すは妹の舞友が暮らしている下の階の部屋だ。


 廊下には午後の日差しが差していた。


 八月下旬。夏と秋の境目にふさわしい、暑いはずなのにどこか涼しさを感じる空気。


「ん?」


 部屋の前まで来て宗次郎は首を傾げる。


 扉の向こうから声が聞こえる。それも舞友のものではない上に複数人だ。


 燈を見るも肩をすくめられてしまった。


 仕方ないのでノックすると、舞友から、


「どうぞ」


 と返事がきた。


「多いなおい」


 入ってすぐ宗次郎を口をへの字した。


 舞友の部屋にいたのは舞友以外に、玄静、シオン、眞姫の三人がいたのだ。


「よっす宗次郎、久しぶり!」


 玄静はいつもの軽々しい口調で挨拶してくる。八咫烏の制服は着崩されていて、部屋に立てかけてあったものと同じとは思えないほど典雅な意匠が台無しになっていた。


 雲丹亀玄静。六大貴族雲丹亀家の次期当主にして、初代国王に仕えた軍師・雲丹亀壕の子孫。宗次郎が持つ天斬剣と同じ特級波動具、陸震杖の持ち主だ。


 天斬剣に選ばれた宗次郎の実力を見極めるべく現れ、皐月杯の決勝では宗次郎と激闘を繰り広げた。


「いいじゃない宗次郎。妹の部屋に誰が来たってさ」


 玄静と向かい合っていたシオンが欠伸しながら愚痴をこぼす。学生服の着崩し具合は玄静とどっこいで、すらりと長い足とか胸元がのぞいていた。


 ━━━目のやり場に困るんだよなぁ。


 宗次郎はわかってると空返事しつつ、視線を逸らした。


 藤宮シオン。


 藤宮家は天斬剣を祀っていた刀預神社の宮司だったが、紆余曲折を経て王国最大のテロ組織、天主極楽教の一因となった。天斬剣強奪事件では燈と宗次郎をあと一歩のところまで追いつめたものの、今はこうして学生として青春を謳歌している。


「宗次郎さん、こんにちは。お掃除は順調ですか?」


「あぁ。なんとか」


 キコキコと車いすの車輪を鳴らしながらやってきたのは、皇槙姫。


 燈の実の妹であり、皇王国の王位継承権を持つ王族の一人だ。体が弱く車いすの生活を送っているが、その特殊な波動により動植物と会話できる才能がある。


 そして、


「兄さん、こんにちは」


 微妙な顔をしているのは舞友だ。


 穂積舞友。宗次郎の実の妹であり、生徒会では書紀を務めていた。宗次郎の入学当初は関係がギクシャクしていたものの、今はこうして面と向かって話せるようになっている。


 ━━━三ヶ月もかかったからな……。


 正直なところ、宗次郎にとっては卒業試験の合格と同じくらい舞友との距離を縮めるのは難しかった。


 宗次郎と舞友は実の兄妹でありながら、一緒にいた時間は人生の半分以下しかない。それも幼少期だけ。


 宗次郎は師匠である引地との修行を終え、三塔学院に入学する直前に行方不明になってしまった。それも八年もの間。しかも発見当初からしばらくは記憶が混乱していたため、宗次郎と舞友はおよそ十年ぶりにこの学院で再会したのだ。


 宗次郎からすれば、小さい頃は引っ込み思案でいつも後ろにいた舞友が穂積家の当主として、また生徒会役員として立派に働くようになったことに戸惑い。


 舞友にしてみれば、行方不明から帰ってきて記憶喪失だったと思えばいきなり有名人になり、第二王女の剣となって戻ってきた兄に距離を感じる。


 血のつながった家族とは思えないほど、最初は赤の他人だったのだ。


「ちょっとぉ。いくら本日の主役だからって私たちのことも忘れないでよ」


「そーだそーだぁ。二人きりの世界に浸るのは反対ー」


 神妙な空気をシオンと玄静が吹き飛ばす。


「うるせーよ。いつの間にか仲良くなりやがって」


 そう言いつつも宗次郎はどこか納得していた。


 シオンと玄静は一見すると軽薄でヘラヘラしているように見えるが、中身は割としっかりしている。似たもの同士だ。顔を合わせて日が浅いのにこれほど息が合うのは性質が似ているからだろう。


「シオンさんのおっしゃる通りだと思います! 私も今日は楽しみだったんですから!」


 ふんす! という鼻息が聞こえてきそうなくらい気合が入っている眞姫。その意外な一面に宗次郎も苦笑いだ。


「こんなに人が多いなんて聞いてないぜ」


「いいじゃない。せっかく貴重な話が聞ける機会なんだし。それにここにいる人間は身内みたいなものでしょう?」


「そりゃそうだけど……」


 宗次郎はやれやれとため息をついた。


 入学当初こそギスギスしていた宗次郎と舞友だったが、互いに距離を埋めようと努力を重ねた。


 そして卒業試験を終えた段階で宗次郎は自分のことを話した。


 自分の人生そのものとも言える時間。行方不明になった八年間、一体何をしていたのか。


 十三歳の時、ちょうど三塔学院に入学する直前。


 宗次郎は自身の持つ波動、時間と空間の属性を持つ波動を暴走させ、時空の渦に飲まれた。


 結果、宗次郎が目を覚ましたところは千年前の大陸。


 天修羅が大陸を支配し、妖が跋扈する時代。宗次郎が憧れた、初代王の剣が活躍する時代だったのだ。


 そこで宗次郎はのちに皇王国を建国する皇大地と出会い、共に戦っていくことになる。


 そう。


 宗次郎こそ、伝説の英雄として名高い初代王の剣だったのだ。


「よっ、歴史の生き証人!」


「伝説の英雄ぅ!」


「茶化すなって!」


 ニヤニヤしているシオンと玄静が心底鬱陶しい。


「だって舞友っちすごく複雑な顔してるしさ」


「そーそー。どうせ宗次郎の説明がクソだったんだろ?」


「このっ……」


 悔しいが、反論できない。


 いざ自分のことを話したものの、舞友には受け入れ難い事実だったようだ。


 話をしたところ、


「少し時間をおいて、しっかり説明してほしい」


 と言われてしまった。


 それから宗次郎は卒業試験やら波動庁への入庁手続きやらで、舞友は生徒会の引き継ぎで忙しくなってしまい時期が今になってしまったのだ。


「兄さん、今は状況が落ち着いているから大丈夫です。聞かせてください」


 舞友も覚悟を決めたのか。それとも卒業試験の一軒が一区切りついたからか。いつもよりしっかりした表情を見せていた。


「……わかった」


 宗次郎は空いている椅子に腰を下ろす。


 ━━━や、やりづれぇ……。


 一斉に向けられる目、期待のまなざし。思わず体がこわばる。


「ちょっと、何ソワソワしてんのよ」


「待ちくたびれてんだから早くしてくれよ」


「大丈夫。待たせているように見えて超面白い話を披露するためのタメを演出してるんだから」


「燈さん!?」


 フォローしてくれるかと思いきや逆にハードルを上げられてしまった宗次郎は慌てふためく。


 見れば燈はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。弱者を痛ぶって楽しむ悪魔の顔だった。


「あーあー。わかったわかったよ! まずは入学前の話からだな……」


 本来の予定では兄妹水入らずで話をして理解を深めるはずだったのに、どうしてこうなってしまったのか。


 宗次郎の脱力感を覚えつつ、語り始めた。

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