第四.五章 全ての始まり 第一話 憧れの制服
穂積宗次郎はオシャレに興味がない。
重要なのは動きやすいかどうか。そして気候に適しているかどうか。
ぶっちゃけてしまえば、動きやすきて、夏に涼しく冬に暖かいかが重要にして肝要。
デザイン、色合いは二の次。清潔感は最低限に。
それが宗次郎のスタイルだった。
のだが、
「……ふふ」
三塔学院の生徒会棟に割り当てられた自室で、宗次郎はニヤニヤと笑っている。
視線の先にあるのは、壁にかけられた烏羽色の和装一式。両胸には八咫烏の紋があしらわれている。
そう。皇王国に支える波動師、八咫烏が身にまとう正装だ。
穂積宗次郎は幼い頃に交わした約束を果たし、皇王国の第二王女である皇燈の剣となった。
剣とは王位継承権を持つ王族が自らの最も信頼する相手を選ぶ儀式だ。選ばれた宗次郎にとってはとても名誉な称号である。
が、称号はあくまで称号。
天斬剣の持ち主に選ばれていようと、燈の剣になろうと、宗次郎の身分がただの貴族の一員でしかないことに変わりはない。故に宗次郎は八咫烏として働くため、三塔学院に入学して卒業試験に挑んだ。
「長かったような。短かったような……」
三塔学院に入学して三ヶ月あまり。
本来通うべき六年という歳月に比べればあまりにも短いが、その分濃密な時間を過ごした。
勉強のため机に齧り付いたり、部活に打ち込んだり。体育祭を楽しんだり。
卒業試験では……まぁ色々あったが。
結果としては、合格。
ギリギリではあったが、そんなことはどうでもいい。
兎にも角にも、三塔学院を卒業し、八咫烏として働く資格を得たのだ。
目の前に立てかけられているこの正装が何よりの証拠である。
「本当、かっこいいよなぁこれ」
シックな黒さにうっとりする宗次郎。色合いこそ黒のみで華やかさはないが、落ち着きと上品な雰囲気が伝わってくる。
燈がよく着ていたので物自体は知っているが、それが自分のものとなるとまた味わいが変わる。
何より子供の頃に憧れた職業の制服に袖を通せるのは実に嬉しい。
「宗次郎、入るわよ」
「どうぞー」
部屋に入ってきた燈は青を基調とした私服姿だった。長い銀髪と碧の瞳によく似合っている。
「片づけはどう? ……って、どうして制服を出してるの?」
「せっかくだから見たいなーって思ってさ」
「もう、数日後にはここを立つのに」
ため息をつく燈にそうじろうはまぁまぁと応える。
三塔学院を卒業し、卒業式を終えた宗次郎は近日中にこの部屋を出る。
引き払うまでまだ猶予はあるものの、ぼちぼち準備をしなければならない頃合いだ。だから宗次郎は朝から部屋の掃除と荷物の整理に明け暮れていたのだ。
それなのに、わざわざ宗次郎はしまってあった制服を取り出し、壁に立てかけていたのだ。
「いいじゃんか、部屋の掃除なんて中断してなんぼだろ?」
「それはそうだけど……」
燈は優しく微笑んでから、それより! と声を上げた。
「さっき舞友から話があったわ。やっと覚悟ができたみたい」
「……そっか」
宗次郎は天井を見上げる。
「ちゃんと考えてある?」
「考えるも何も、出来事を起きた通りに話すだけさ」
宗次郎は息を吐いて立ち上がり、燈と一緒に部屋を出た。
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