第四部 第五十一話 鬼ごっこ
歓声が響き渡る訓練場の中を宗次郎は手を降りながら進む。
訓練場の中央にはハーフコートのフィールドが設置されている。白いマットのような素材でできているようだ。
「当初は出場予定がなかったんだが、やっぱ生徒からの要望が多くてね! 宗次郎選手にはお願いして競技に出てもらおうことにした! 頑張ったぞ俺、偉い!」
「明、自画自賛はいいから競技の説明をしろ」
「はいはい。ツグは硬いなぁもー」
やれやれと言ったふうにため息をついて、角掛会長は一泊おいた。
「では競技の説明をしよう! 宗次郎選手は学生ではあるが、その戦闘能力は強大だ! 一時はガチで戦ってもらう案が出たが、流石に危険すぎるので却下されてしまった! そこで危険度が少なく、なおかつ見ていて面白い競技を採用した! そう、鬼ごっこだ!」
角掛会長の叫びに合わせて、観客が苦笑する。子供のような提案が実に会長らしいと、どこか納得している様子である。
「ルールは超単純! 制限時間の十五分以内に、設置されたフィールド内を縦横無尽に動き回り相手を捕まえる! 一対一で行うので、捕まえられたらその場で五秒停止してから相手を追いかけてもらう! フィールドから出てしまった場合、鬼の場合は五秒停止、追いかける側は鬼にチェンジして五秒停止してもらう! 波動具は使用不可だが使える波動術は自由! ただし━━━」
放送席にいる角掛会長がニヤリと笑い、宗次郎は嫌な予感を覚える。
「フィールドの下部には波動符が敷き詰められている! ちょっとした量の波動にも反応する、いわば地雷だ!」
「命を脅かすようなものはない。安心していいぞ」
こちらを気遣ってくれる門之園会計の言葉が温かい。
宗次郎はほっと胸を撫で下ろしつつ、フィールドを観察した。
フィールドはかなり広い。幅は四十メートルと言ったところか。活強を使えば数歩で横断できる距離だが、障害物があるとなると話は別だ。
━━━しかも足元にあるってのがまたいやらしいな。
バーとかジャングルジムではなく、設置されているのは地雷。それも波動符だ。電撃が走るか、火柱が上がるか。足にダメージを負えばそれだけで不利になる。
「では次に、対戦相手の紹介をしよう! これもまた難題だったなぁツグ!」
「ああ。いくら鬼ごっことはいえ見ていてつまらない相手は選べないからな」
「そこで、今回は教師陣の中から選ぶことにした! 先日、生徒たちにこっそりアンケートを実施! その内容は、駆け引きの上手い教師は誰か!?」
「合計三二四名に協力いただいた。ここで感謝を述べさせていただく。ありがとう」
「武闘派教師二十三名の戦いは、こちらもなかなかシビアだった! そこを勝ち抜いたのは、この人!」
ドラの音が鳴り響き、宗次郎が入場した箇所の反対側から人影がやってくる。
アンケートの結果は宗次郎も知らなかった。宗次郎が知っているのはあくまで大枠の部分だけで細かい調整は実行員が決めていた。秘密にした方が面白いという角掛会長の思惑もあって。
なので、
「おぉ」
煙の中から現れた人影に宗次郎は驚きを隠せなかった。
いつも勉強を見てくれている正武家尚美がゆっくりとこちらに歩いてきていた。
━━━もっと武闘派みたいな人が来ると思っていたな。
単純な戦闘力で言えばもっと強い教師はいるのに、と宗次郎はまじまじと正武家を見つめた。
「歴史の教師であり、かつては八咫烏として活躍した正武家先生が選ばれました!」
「まさか宗次郎の担当教師が選ばれるとは、これも因縁かな」
「そこは関係ないと思うぞ。アンケートの詳しい内容を見てみよう!」
角掛会長曰く。
常に隙がなくてどうすればいいのかわからない。
生徒のことをありえないくらい把握しているので、戦ってもなす術もなくやられそう。
色々な意味で読めない。
など、褒め言葉と捉えるには首を傾げたくなる文言が続く。
「やれやれ、散々な言われようだな」
「そ、そうですね」
目の前に来ていた正武家から宗次郎は思わず目を逸らした。
━━━コメントに困るぜ。
確かに得体の知れない何かが正武家にはある、ような気がする。だがそれだけで選ばれるのかと宗次郎は自身の警戒心を引き上げた。
「そう身構えなくていいよ」
「……」
早速見抜かれた宗次郎は思わず冷や汗をかく。
「君は波動犯罪捜査部志望だろう? なら、犯罪者を見抜いて捕まえる必要がある。せっかくだからこの鬼ごっこで色々と教えてあげよう」
「随分と余裕ですね」
「それはそうさ。多分逃げ切れると思うよ」
つい、宗次郎はカチンときた。
明らかになめられている。余裕の笑みを浮かべている正武家には警戒心とか敵対心がまるでない。
「もしこれが波動刀を使った戦いなら勝てないさ。戦闘力が違うからね。でも追いかけたり追いかけられたりするだけなら得意だ」
「へぇ」
このルールでは波動術は使用してOK。宗次郎は時間と空間の波動も活強も使える。その動きは何者も捉えることができなかったと言われた伝説の力を存分に振るえるのだ。
「そして、肝心の点数配分について! 競技の内容は鬼ごっこな訳だが、その結果は各組の点数には関係ない! フィールドの下は四つのエリアに区分されていて、各色に分けられている! 制限時間が終了したときに宗次郎がいたエリアの色に百点がプラスされる! もし終了時点でエリアを跨いでいた場合はそれぞれに五十点ずつ決めてもらうつもりだ!」
「この接戦で最後の最後にギャンブルみたいな競技が来るとはな。各人、頑張って祈ってくれ」
「たとえ逆転されても宗次郎を恨まないようにな!」
「恨むならこの男の思いつきを恨むように」
抜群のコンビネーション? で実況と解説をこなす二人に観客は苦笑している。いつも通りの二人に癒されていると言った感じだ。
「ふふ、結果は関係ないのか。なら余計に伸び伸びやろうかな」
「……」
あくまで笑顔の正武家に宗次郎は大きく息を吸い、真剣な表情をする。
勝負事には手を抜かない。たとえ相手がお世話になった恩師であっても。
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