第四部 第五十話 体育祭二日目

 皐月杯の一日目はつつがなく終了し、二日目となった。


 各組の点数は赤組は一五三〇点、青組は一七二五点、黄組は一六八四点、緑組は一七〇三点となっている。赤組の点数が他と比べて低いが、まだ慌てる必要はない。


 二日目の今日は三塔学院体育祭における最終日にして、一番盛り上がる競技が多く集中する日である。


 今日行われるのは個人競技。各学年における成績優秀者のみが選抜され、一対一で争いあうので一日目より見応えがあるのだ。点数配分も高いので逆転の可能性も十分あり得る。


 そして、宗次郎が出場する日でもある。それも特別のイベントとしてなので、閉会式の直前に行われるというVIP待遇ぶりだ。


 いよいよ本番。緊張はしているが興奮はしていない。むしろ宗次郎は落ち着いていた。


 競技の内容は無難なものだし、どの組に点数が入るかは運によるところが大きい。なので気楽に構えていた。


 午前中と午後の前半は暇なので、初日と同じく競技の観戦に向かった。燈は眞姫と見て回るので、鏡たちと四人であちこちを見て回った。


「宗次郎さん、朝イチで見たい競技あります?」


 朝八時、競技開始一時間前に集合してプログラムと睨めっこしていると、鏡が聞いてきた。


「いや、ないかな。見たいのある?」


「競技じゃないんですが、その。雅俊のお見舞いに行こうかなーと」


「あぁ」


 昨日の半里走で大怪我をした雅俊は現在入院しているそうだ。宗次郎と出会って以来、よく顔を合わせる鏡は様子を見たいらしい。


 ━━━ほんと、優しいやつだよなぁ。


 宗次郎はふっと笑って鏡の提案を承諾した。


 周りが競技に夢中になる中、宗次郎たちは四人で雅俊のいる病室に向かった。


 しかしお見舞いはできなかった。怪我自体は大したことはないのだが、精神的にだいぶ参っているらしく、しばらくは誰とも会いたくないという。


 そう看護師に言われると流石に引き返さざるを得なかった。鏡はお土産のお菓子を渡して、病院を後にした。


 それからいくつか競技を見て回った。宗次郎が特に印象に残っているのは式神対決だった。


 式神は波動符の一種だ。波動を込められる紙に刻印を施して作成する。波動のコントロールが得意な術士が使用すると、五感をその波動符に移すことができるのだ。波動術の発動はできなくもないが、遠隔なので威力は劣る。


 その仕様用途は主に偵察。波動符を遠くに飛ばし、視覚や聴覚をリンクさせて遠くの状況を観察できるのだ。


 体育祭で行われる競技は式神を使った模擬戦だ。迷路のように入り組んだ戦場で、術士同士が式神だけで戦闘を行う。


 戦闘を行うとはいうものの式神は所詮紙だ。波動術を受ければすぐに戦闘不能になる。この競技で重要になるのは戦闘力よりも索敵能力。迷路の中で周囲の警戒を怠らず、慎重に周囲を探り、相手の位置をいち早く把握して撃墜する競技なのだ。


 個人戦であれば使用する式神に制限はない。故に勝敗を決めるのは何枚の式神を倒したかではなく、審判である講師の評価。勝つためにはいかに多くの枚数の式神を自在に操るかが重要になる。


 偵察という用途上、波動犯罪捜査部においても式神使いは重宝される。犯罪捜査においては有用なのはもとより、対人戦においても有効な戦闘手段になる。


 波動犯罪捜査部に席を置きたい宗次郎としてもぜひ見ておきたい競技だった。


 式神を通した術士の攻防。戦略と波動術のぶつかり合いを堪能した。


 ━━━俺には逆立ちしてもできそうにないや。


 波動のコントロールを修行中の身としては学ぶべき点が多い競技だった。また、ゆくゆくは一緒に仕事をするであろう職業に対して知識を深めた。


 一時間にわたる攻防の末、勝敗が決まった選手に拍手を送った。


 それからいくつかの競技を観戦し、宗次郎は出場する競技の準備のため訓練場に向かった。


 時刻は午後五時をすぎた。ほぼ全ての競技は終了し、残すは宗次郎が参加する競技のみとなった。


 競技が行われる第一訓練場には多くの生徒が駆けつけ、急増された観客席も満員となっている。


「みんなぁ! 体育祭は楽しんだかー!?」


 そこへ、スピーカーを通して角掛会長の声が轟く。


 生徒たちも歓声を上げたり口笛を吹いて生徒会長の声に答える。


「うんうん! 楽しんでいるな! 体育祭もいよいよ最後の競技を残すのみとなった

! 司会はこの俺、生徒会長の角掛明がお送りするぜー!!」


 わぁぁと上がる歓声。女子のものが多く、その音色は黄色になる。


「そして実況は会計を務める俺の相棒、門之園憙嗣だぁ!」


「よろしく」


 今度の歓声は男性のものが多かった。対人戦闘訓練研究部の部長を務め、武芸長も務める門之園兄は男子生徒からの信頼が厚い。


「うっし、それじゃあ競技の説明に入る前に、全体のスコアを確認しよう! みんな、ボードを見てくれ!」


 第一訓練場に設定された各組のスコアは以下の通り。


 赤組:二九五七点


 青組:三〇二四点


 黄組:二九八九点


 緑組:三〇〇一点


「いやはや凄まじい接戦だったな今年は! おかげで見応えのある競技が実に多かった!」


「全くだ。三塔学院の長い歴史の中でも、四組の点差が百点以内に収まった例は数少ない」


「そんな中での最終競技ともあって、みんなの盛り上がりも最高潮だ!」


「……ふぅ」


 その熱気が期待と合わさり、自分に向けられていると感じて宗次郎は身震いする。


「兄さん、緊張していますか?」


「まぁ、な」


 訓練場にやってきた宗次郎を出迎えてくれたのは、舞友だった。


 最後の最後に行われる競技ということもあって、体育祭実行院長の里奈が気を回してくれたらしい。こうして話し合う機会がまた増えたのだ。


 舞友の方には不機嫌さや緊張は一切ない。むしろ忙しい業務により溜まった疲労と、いよいよ業務が終わるという喜びが混じっており、いつもより和やかだ。


 おかげさまで、今ではこうして二人きりでいても体が強張ることはない。


 ちなみに、燈はこの訓練場のどこかで眞姫と一緒に観戦している。先程まで一緒だった鏡たちも同じくどこかにいるはずだ。


「落ち着いてください。勝ち負けはそれほど関係ないんですから。


「そうだな」


 そんな話をしていると、いよいよ出番のようだ。


「さぁ! それでは最終競技の主役に登場してもらいましょう! 三塔学院にやってきた超新星! あの天斬剣の主に選ばれた実力の一端を見せてもらおう! 穂積ー宗次郎!」


「んじゃ、行ってくる」


「はい。いってらっしゃい」


 舞友に見送られ、宗次郎は訓練場の中央に向かって歩き出した。

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