第四章 四十六話 体育祭、開幕
角掛会長のささやかな気遣いにより、宗次郎と舞友が話し合う機会は増えた。宗次郎が出場する競技をどうするか。仕事熱心な舞友にとって、また当事者である宗次郎にとってはきっかけとしてちょうどよかった。
ぎこちないながらも会話は続き、おかげで以前のように勉強を見てもらえるようになった。
そして以前と異なるのは、舞友の不機嫌さだ。文字通り針の筵のようだった刺々しさは今はない。
なので、
「なぁ、今度墓参りに行かないか?」
「え?」
マンツーマンでの授業の終わった直後、宗次郎は天井を見上げながら告げた。
お互い忙しい間柄なので、こうしたプライベートの話題は隙間時間を縫って、宗次郎の方からするようにしていた。
九年間も空いた時間と精神的な距離を、少しずつ埋めるように。
宗次郎が千年前の過去に飛んですぐ、父も母も鬼籍に入ってしまった。墓は穂積家の実家がある東部にある。管理をしているのは当主も舞友だ。
こうして記憶が戻り、大地の墓参りも済ませた以上、両親に顔を見せに行く必要がある。
「そうですね。二人で夏の試験に合格したら、行きましょう」
「……おう」
あくまでも、舞友にとっての最優先事項は宗次郎の合格らしい。
となれば、宗次郎もやることをやらねばならない。
そうして日付は過ぎ、カレンダーは七月三日となった。
「それでは!」
朝十時。普段なら眠気を堪えて授業に臨む学生が多い中で、学園全体に放送が響き渡る。
放送部部長の声は誰もが聞いてわかるほどうわずっていた。無理もなかった。
「第千十回三塔学院体育祭の開始をここに宣言します!!」
生徒たちの歓声が大地と学舎を揺らしに揺らす。
三塔学院体育祭。学院祭と並ぶ二大イベントで、また、学院が一般に公開される数少ない機会でもある。
主役はもちろん競技の参加者。各学年から選ばれた有志者は万を越し、己の技量を全力でぶつけ合う。自分たちが所属するチームの勝利を目指して戦う様は毎年ドラマを産んでいる。
観客である下級生たちは先輩の闘志に心を躍らせ、自分のああなりたいと学業や訓練に励むようになる。
他にも、学院にやってきた父母たちに出店を振る舞うもの、競技の勝ち負けを賭ける者もいる。
文字通り全校生徒が参加する祭りなのだ。
「うぉぉ、すげ」
体全体で振動を感じた宗次郎は飛び上がりそうになった。
宗次郎がいるのは訓練区画に割り当てられた、生徒会専用の一室だった。本来生徒会メンバーではないが、特別に入室許可をもらっていた。
「ははは、すごいだろう?」
部屋の奥では角掛会長が座っている。暑くなってきたせいか、手には扇子が握られており、必勝の二文字が描かれていた。
「ところで、宗次郎。君は競技を見に行かないのかい?」
「行きますよ。今は人待ちです」
体育祭は二日間の日程で行われる。一日目である今日は団体競技が開催され、宗次郎は午後四時、ある競技に解説者として呼ばれる手筈になっている。それまでは各種競技を見て回るつもりなのだ。
「舞友と、じゃないか」
「そうですね」
裏方である体育祭実行委員はともすれば主役である参加者より忙しい。
百を越す競技を訓練区画を全て使用して行う。タイムスケジュール、成績の管理、人の移動、その他雑務を全て行うのは大変な仕事だ。それらを統括しているのは、体育祭実行委員長であり生徒会副会長である数納里奈、そして舞友はその補佐役だ。
とてもじゃないが、競技を見て回る余裕はないのだ。
「今は燈待ちです」
「なるほどな」
燈は第二王女の立場から、開会式に出席していた。そのあとは自由だ。
宗次郎としては眞姫と一緒の方がいいかと遠慮していたのだが、初日は宗次郎さんと一緒にいるべきと眞姫に譲ってもらったのだ。
逆に言えば二日目、宗次郎が参加する競技を燈も眞姫も観戦するので無様な姿は晒せない。
「お待たせ」
「お、おう」
部屋に入ってきた燈が着ていたのは祝宴用の礼装でも八咫烏の黒装束でもなかった。
清流のように瑞々しい青を基調とした羽織に、袴。手にした日傘は真っ白で、夏の暑さを洗い流すような爽やかさだ。
「それじゃ、行きましょ」
「ん」
「いってらっしゃい」
にやけ顔の会長に見送られ、宗次郎は部屋を後にした。
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