第四章 第三十四話 資料室では

 波動庁波動犯罪捜査部において、膨大なフロアを占めているのは資料室だ。建国から今に至るまでの千年間、発生し、そして解決してきた事件の詳細がまとめられた紙がどっさり積まれている。部屋もいくつかに分かれ、火災などで全てが消失しないよう工夫がなされていた。


「……うーむ」


 第三資料室と書かれた部屋の中で男がうめき、首の筋をコキコキと鳴らした。八咫烏が纏う漆黒の羽織が薄暗い部屋に溶け込んでいる。口で咥えている明かりと立てかけられた波動杖の光がかろうじて人影を浮き彫りにしていた。


 その人影の名は、雲丹亀玄静。


 六大貴族である雲丹亀家の次期当主にして、現在は波動犯罪捜査部の対天部に籍を置く八咫烏である。


「やっぱ散見してやがる。あー、探すのめんどくせー」


 見終わった資料を脇に置き、玄静は立ち上がって伸びをする。


 天主極楽教に通じている貴族がいる。そう巌部長に呼び出されてから玄静は怪しいとされる貴族たちの身辺調査に乗り出した。玄静自身に犯罪捜査の経験はなくても、六大貴族の権威をフル活用すれば情報の収集は容易い。


 玄静は収集された情報を精査し、書類にまとめ、巌部長と面談する日々。


 そして、時間を作っては過去の天主極楽教に関する資料をこうして漁っている毎日だ。


「ホント、大変だよ」


 見ていた資料を元あった棚に戻し、新しい資料を探す。


 天主極楽教自体はここ数十年で発生したテロ組織だ。事件の数は多いものの、現代の出来事もあって資料は充実している。


 こりゃ精査にそう時間はかからないだろう、と思っていたが、その認識は甘かった。


 天主極楽教ではないにしろ、皇王国における反抗勢力は建国当初から存在している。王国に迎合された地方の豪族や王国の誠実に恨みを持つものは一定数存在する。


 その中でも武力に訴えようとする連中が、天主極楽教の前身といえた。刀刃会、黒を食むものたち、革命軍団。歴史の影に消えては復活するを繰り返しているのだ。


「はぁ」


 次の事件の資料を読み終えて、玄静は一息つく。


 天主極楽教だけ調べるつもりが、遥か昔の資料を引っ張り出しては漁る必要が出てきてしまった。これはもう博士号をもらってもいいのでは? というくらい調べている。


 はっきり言って、こういう資料を見続けるのはしんどいしだるい。だが、


「でも、こーいう地道なのって大切なんだよなぁ」


 コツコツとした努力を淡々と繰り返してきた玄静にとっては、愚痴をこぼしつつもやるだけだ。


「お。さすがに新しいのはちゃんとまとめられてんじゃん。何々……」


 直近十年分の資料はちゃんとまとめて保管されていた。それもわかりやすく。


 ━━━きっと燈がやったんだろうな。


 そう思って中身を開く。年代が近いこともあって漏れも少ない。詳細な情報もある。


「……すっげ」


 燈が波動犯罪捜査部に来る前。天主極楽教関連の事件の解決や、蟠桃餅の生産拠点への強襲、幹部の逮捕など様々な資料に同じ名前が載っている。それも女性だ。


 ━━━燈みたいな女性がいたんだなぁ。


 これだけの事件に関わっているのだから、相当な実力者だ。もしかしたら有力な情報が聞けるかもしれないと、玄静は端末で名簿を確認する。


 しかし、見当たらない。履歴を調べると燈が来る直前に八咫烏をやめている。


「ま、いいか。にしても、やっぱ異常なんだよなー」


 玄静は天主極楽教についてまとめた資料を見る。


 十万人以上いると言われている構成員。十二神将に並ぶ武力の持ち主がいるという噂もある。実際に逮捕されたシオンという女性はは燈と同程度の腕前だという。そして蟠桃餅をばらまいて得ている資金力。


 どれをとっても皇王国史上最大と来ている。ここまで大規模なテロ組織は過去例がない。


「一番ヤベーのは、拠点か」


 拠点数においても過去最大。何より特徴的なのは、大陸の東西南北に満遍なく拠点が確認されていることだろう。


 大陸は広い。東西南北で気候も違うし風土も異なる。人々の暮らしや考え方も違う。皇王国によって一つにまとまっているとは言っても、中身はバラバラだ。故に今までのテロ組織は地域に根ざしているものが多かった。


 なのに、天主極楽教は大陸各地に根を張っている。バラバラな人間を繋ぎ止めるほど強いのだ。


 その理由は何故か? 王国が千年も続いているせいか? それだけ今の政治が酷いのか?


 否。


 続いているだけなら同じような規模のテロ組織が誕生するだけだし、今の時代より愚かな王は過去にもいた。


「つまり」


 玄静は腕を組む。


 この時代にテロ組織が最大勢力になるよう、何者かが意図的に操っているとしか思えない。


 気がかりなのは、天主極楽教の目的だ。


 天修羅の復活。


 大陸を震え上がらせたあの魔神を復活させるなど、正気の沙汰とは思えない。なのに、そんな目標を掲げるテロ組織が最大勢力を誇っている。


「しかも、そんなタイミングでこいつが現れやがったと」


 玄静が端末を開くと、宗次郎から着信の履歴が入っていた。


 穂積宗次郎。その正体は天修羅を討伐した初代王の剣であるという。


 千年前に大陸を滅ぼしかけた魔神の復活を目論むテロ組織と、その魔神を討伐したとされる英雄の帰還。


「何かあるとしか思えねーよ」


 玄静はやれやれとため息をついた。


「ん?」


 ピロリン、と端末が鳴る。


「燈からね……うわ長」


 メールの差出人とその分量にげんなりする。目を通すのも億劫になるが、表題が仕事の依頼と書かれていては無視するわけにもいかない。


 観念して目を通す。何やら学院内で事件が起こっているらしい。


「つか、学院内の事件で八咫烏俺たちを使うなよ」


 ぼやいてからボタンを押す指が止まる。


 もし自分が天主極楽教の一員だったら。王国最大勢力を誇るテロリストであったなら。


 大陸で唯一の学術機関であり、波動を専門的に学べる三塔学院を放ってはおかない。


「……やれやれ」


 また仕事が増えたなーと肩を落としつつ、改めて送られてきたメールの内容を精査する玄静であった。

 

 

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