第四章 第三十三話 どうしてこんなことに
保健室の目の前にある椅子に座る宗次郎、シオン、凛の三人。
部屋の壁を挟んだ向こう側では運び込まれた優里の状態を保健の先生が確認している。
━━━大丈夫、のはずだ。
泣きじゃくる凛と彼女を宥めるシオンを見つめながら、宗次郎は物思いに耽る。
敷地内が広いおかげで保健室は各所に点在しており、幸いにもすぐに運び込むことはできた。シオンの見立てでは外傷もないそうだし、息もしていた。
こうなったらもう祈るしかない。宗次郎は両手を握りしめた。
「ふぅ」
「あ、先生!」
扉が開き、白衣を纏った教師が出てきた。赤い髪をボブカットにして、どこか気怠げに見える人だった。
「優里は大丈夫なんですか!?」
「あぁ。無事だとも。呼吸、脈拍共に異常なし。今は寝ているだけさ。じきに目を覚ますだろう。いつもの症状だよ」
「本当ですか!?」
「よかったね、凛」
「うん!」
喜びを分かち合うシオンと凛。宗次郎は保険医の発言が気になっていた。
━━━いつものって、どう言う意味だ?
同じような症状の生徒が他にもいるのだろうか。だとしたら尋常ではない事態だ。
宗次郎が何があったか口を開こうとしたところで、後ろからの気配に振り向く。
制服を着た男子生徒が二名、こちらにやってくる。腕には緑色の腕章をつけていた。
━━━あの腕章、確か風紀委員の……。
学生服に腕章をつけるのは生徒会役員と風紀委員だけだ。
「失礼。中村先生。風紀委員の宮本です」
「同じく卜部です」
灰色の短髪に顎髭を生やした老け顔の生徒と、癖毛を肩まで伸ばして目にクマができている生徒が挨拶をする。腰には短刀を差していて、有事の際に対応できるよう緊張感を漂わせていた。
「ありがとう。彼女は医務室で寝ているよ。で、第一発見者が彼ら」
「そうでしたか」
風紀委員二人は宗次郎を見て少しだけ目を見開いている。こんなところで出会うとは、と顔に書いてあるようだ。
「三人とも、このあと時間をもらえるかな。詳しい状況を聞きたい」
「いいわよ。凛は?」
「私も平気」
「俺も大丈夫です」
「この時間帯なら、下の教室は空いているはずだよ。使っていいんじゃないかな?」
三人が頷くと、保険医が床をトントンと鳴らした。
「助かります。では、女性陣二人からで伺いましょう。こちらに」
風紀委員二人とシオン、凛の四人が歩き出す。
「君は中で待つかい? 水くらいは出してあげよう」
「助かります」
案内されて保健室の中に入る宗次郎。白い壁に白い床、布団を区切るカーテンと医薬品が並べられた戸棚が目についた。
━━━変な匂いだなぁ。
薬品のものかわからないが、甘ったるいような匂いが鼻についた。
「どうぞ」
「どうも」
保険医から紙コップを受け取り、空いている椅子に腰を下ろす。
「いけね。連絡しないと」
そろそろ夕方になる。いつもなら生徒会棟に戻っているはずの時間だ。
「げ」
端末を開くと未読のメッセージが十件以上ある。
━━━ま、まさか。
宗次郎が危惧した通り、差出人は妹の舞友だった。
兄さん、まだ戻らないのですか?
どこかで勉強しているんですか?
なんで連絡をよこさないのでしょう?
「はぁ」
ため息をついて、宗次郎は端末から電話をかけることにした。
はっきり言って離したくはないが、ここで無視すると後が怖い。
「もしもし」
「兄さん、今どこにいるんですか?」
発信したら音速で電話に出た妹。怖い。
「あー、今は保健室にいるんだ」
「保健室? まさか、体調がすぐれないのですか!?」
「いや違うそうじゃない。落ち着け、舞友」
宗次郎は今日の件について手短にはなずと、舞友はそうですか、と言って、
「私もそっちに行きます」
電話を切った。
やがて待つこと数分。少しだけ息を荒くした舞友が保健室にやってきた。
「兄さん!」
「よ」
「怪我はありませんか?」
「ないよ、この通り無事だ」
「よかった……」
胸を撫で下ろす舞友に宗次郎は面食らう。
舞友の心配は本物だ。宗次郎が無事であると知って心の底から安堵している。普段の厳しい態度のギャップがすごい。
「おや、書記の。もう来たのかい?」
「はい」
今にも泣き出しそうだったのに、保険医に話しかけられた途端に立ち上がる舞友。その表情はキリッとしていて、いつも通りの表情だ。
「被害者はこちらですか?」
「あぁ。見ていくといい。と言ってもいつもの症状だよ」
舞友が布団を遮るカーテンを開き、宗次郎も中に入る。
すやすやと寝息を立てている優里。その表情は穏やかでただ眠っているだけのように思う。
「ん?」
宗次郎はふと違和感に気づく。
「波動が少ない……?」
「そうだな。何者かによって波動を奪われたのだろう。そのせいで━━━」
「先生」
舞友の咎めるような口調に保険医がおっと、と口をつぐむ。
「兄さん。このあと風紀委員の取り調べが終わったら、すぐに生徒会棟に戻ってください。宿題がたまっているでしょう」
「そりゃやるけどさ。この問題は放っておけないだろ」
波動の源は精神だといわれている。ゆえに波動が著しく減少すると精神に異常をきたす、記憶の欠落が見られるなどの症状が現れる。体内時間を停止させ、千年間眠りについた宗次郎が記憶喪失になったように。
口ぶりからして同じような事件は何件も起きているのだとすれば、誰かが人為的に引き起こしていることになる。由々しき事態だ。
「兄さん」
舞友は張り付けたような笑顔でゆっくりとこちらを向く。
「兄さんはこの学院に何しに来たのですか? 卒業試験に合格するためですよね。なら、油を売っている余裕はないでしょう」
「そりゃ、そうだけど」
「この案件については生徒会と風紀委員で対応します。兄さんは自分のやるべきことに集中してください」
「……それは」
舞友の発言は正鵠を射ている。宗次郎のなすべきことは今回の事件とは関係がなく、また宗次郎には解決する権限はない。ただ一人の生徒に過ぎないのだから。
━━━だから見て見ぬふりをする……なんてできるわけがないだろう。
宗次郎の夢は英雄になることだ。英雄らしく生きることだ。ならここで引き下がるわけにはいかない。
「けど」
「けどじゃありません!」
なおも食い下がる宗次郎に舞友が金切り声を上げた。
「兄さんの今の学力では確実に落第します! 穂積家の人間として恥ずかしくない振る舞いをしてください!」
「……」
今にも泣きそうな表情で睨みつけられると流石に何も言えなくなる。
━━━なんで、こんなに。
舞友とは会っていない九年近くの間に、一体何があったのか。ここまで必死に、それも金切声を上げるような女の子ではなかったのに。
「あのー、お取り込み中申し訳ないが」
気まずい沈黙を切り裂いたのは、いつの間にか戻っていた風紀委員たちだった。彼らの後ろにはシオンと凛がいて、何事かとこちらを見ている。
「穂積書記、取調べに彼をお借りしても」
「もちろんです。内容はこちらにも共有をお願いします」
「わかりました。穂積さん、よろしいですか?」
「はい」
風紀委員に案内されるまま保健室を出ていしかない。
本当は風紀委員に話すより、舞友から話を聞きたい。何があったのか知りたい。
━━━どこかで二人きりで話したしたいなぁ。
憂鬱だがやるしかない。そう決心して宗次郎は風紀委員について行った。
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