第四章 第三十二話 事件遭遇

 三塔学院は波動について学ぶ場であるが、その実践と使用は訓練区画のみと決められている。純粋な学舎である学舎区画での使用は校則により禁じられていた。


 宗次郎が食堂から感じたのは微かな違和感だ。通常なら見過ごされてもいいくらいのもの。波動術の練習にもならない程度の小ささ。感知が苦手な宗次郎は知覚すらできなかったはずだ。


 普通なら。


 ━━━今の感覚は、妖のそれに近かった。


 千年前にいやと言うほど感じた妖の気配が混ざっていれば、宗次郎も反応せざるを得ない。


 腰に穿いた天斬剣に手をかけながら、宗次郎は食堂の扉を開ける。


 百人以上が座れそうな食堂にいるのはわずか三人。静かな環境を好んでか、全員が教材を広げ勉強に勤しんでいた。


 ━━━くそ、どこだ……。


 波動の感覚は一瞬にして途切れたため、方角の察しはついても距離まではわからない。宗次郎は先程得た感覚を思い出そうとして目を閉じる。


「ちょっと、宗次郎!」


 食堂の扉を開けて入ってきたのは、シオンと凜だった。


「二人とも、来たのか」


「来たのかじゃないわよ。急に走り出して」


 何か言いたげなシオン。宗次郎は二人の腰を見る。


 シオンも凛も武装していない。なら万が一に備えるべきだろう。


「ちょっと気になっただけだ。それと、二人はここにいてくれ」


「嘘が下手すぎ。言う通りにはしないわよ。つーか女子の腰をまじまじ見るとかあり得ないんですけどー」


「今はそんな場合じゃ━━━」


「わ、わたしもいきます!」


 凜が大声を出し、勉強していた生徒が何事かと顔を上げる。


 宗次郎たちは頭をさげながら食堂を後にした。


 ━━━確か、友達を探しに来たんだっけか。


 だとすれば友人が巻き込まれる可能性は高い。そして友人を探して凜が巻き込まれる可能性もある。


 ━━━なら、俺たちと一緒の方がいいか。


「食堂の裏に回る。凜さんは俺の後ろ、シオンは後衛を任せていいか」


「わかったわ」


「は、はい!」


 見たところ、凛はあまり戦闘が得意ではなさそうだ。対してシオンは武装しておら

ず、波動も封印されているとはいえ、実力は折り紙付きだ。いざと言うときにも対応はできるだろう。


 三人は足音を立てないよう気をつけながら食堂がある建物の裏へと回る。

 裏手は木々が並ぶ林になっていた。人気のないせいか手入れも行き届いておらず、雑草が生い茂っている。日差しは遮られて薄暗く、風のざわめきがそこかしこから聞こえた。


「スゥー……」


 宗次郎は呼吸を整えて意識を集中する。茂みの中から敵が出てくる可能性を考慮し、天斬剣の柄には手をかけたままだ。


 一歩一歩。三人揃ってゆっくりと進んでいく。


「!?」


 がさり、と。


 物音がしたので慌ててそちらを向く。


 雑木林が揺れる。向こうに何かがいる。凜が小さな悲鳴をあげ、合わせて宗次郎とシオンの警戒度が高まる。


 やがて、現れたのは。


 女子生徒だった。


「!?」


「優里!?」


 凛の友達らしいその少女はふらふらと歩きながらこちらにやってきた。


 目の焦点は合っておらず、口は半開き。歩き方は酔っ払いのそれでおり、かろうじて体重を支えているとわかる。


 敵意がない。そう判断した途端、優里は崩れ落ちた。


「優里! 優里!」


「凛さん、落ち着いて。シオンたのむ」


「わかったわ」


 慌てて駆け寄り体を揺する凛を抱き抱え、冷静なシオンに優里を見てもらう。


「うっ……ヒック」


「大丈夫。落ち着いて」


 泣き出しそうな凛を宥めていると、シオンが立ち上がる。


「呼吸もしてる、目立った外傷もないわね」


「そっか」


「医務室まで運ぶわ」


「お、おう」


 あっさりと優里をお姫様抱っこするシオンにたじろぎつつ、三人は保健室に向かった。



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