第四章 第三十一話 何かあった

「そりゃ、君に感謝してるからさ」


 あっさりそう言ってのけたまま何も言わない宗次郎に、シオンは自分の胸に小さな怒りが湧き上がるのを感じた。


 ━━━何よ、それ。


 小さな怒りはスケールをそのままに呆れに変わり、やがて失望になった。


 望んだ答えなんてなかったが、意表をつかれてしまったのは少し悔しい。


 三塔学院に通えるほど罪が軽くなった理由はいくつかある。


 シオンの罪状は天斬剣の強奪と第二王女である燈への暴行。それ以外に罪はない。シオンの戦闘力は天主極楽教でも図抜けていた。十二神将とも互角に渡り合える逸材として大切にされていたのだ。


 皇王国と戦うための切り札として、情報が漏れないよう秘匿されていた。


 故に、麻薬をばら撒いたり、要人の暗殺に関わりはしなかった。


 とはいえ、間違いなく重罪。死刑を覚悟していた。


 そんな中、シオンが繋がれていた牢屋に一人の来客が訪れた。


「久しいな。藤宮の家のものよ」


 なんと、皇王国十代目国王、皇悠馬だった。


 信じられなかった。国の一番上に立っている王が、悪臭のする牢屋の鉄格子を挟んだ先にいる。


 そして国王はさらに信じられない行動に出た。


「すまなかった……君たちの家族を守りきれなかったのは、私の責任でもある」


 そういって床に膝をつき、頭を下げてきたのだ。


 人生で一番驚いた瞬間だった。宗次郎の正体が初代王の剣であると知った時よりさらに驚いた。きっとあのときの自分は空いた口が塞がらず、とても間抜けな顔をしていただろう。


 シオンは皇王国の王族に強い恨みを持っていた。刀預神社の管理をめぐって対立していた貴族との調停を依頼した。国王は絶対に大丈夫だと告げたのに、結果は散々なものだった。貴族に悪評をばら撒かれ、母は心を病み、一家は離散し、神社に帰れなくなった。


 なのに。


 絶対に殺してやる。そう心に誓っていた相手は犯罪者に頭を下げるような人間だったのだ。


 現国王はお人好しな性格であり、争いを好まない。犯罪者に対する更生にも力を入れていると知っていたが、まさか自分の娘を殺そうとした相手にまで同じように接するとは。


 罠ではないかと疑ったシオンは冷静さを取り戻し、目の前にいる国王に取引を申し出た。


 天主極楽教について知っていることを全て伝える。その代わり、自分と兄の罪を軽くしてほしい、と。


 自分の復讐を叶えるために利用していただけなので天主極楽教に思い入れはなかった。何より兄の罪まで軽くなるのなら話は早い。


 いわゆる司法取引だ。


 国王は善処すると伝え、その発言通り行動に移した。その結果数度の協議を重ね、最終的には次のようになった。


 天主極楽教に関する情報を伝えること。そして、最長五年間八咫烏として勤務すること。


 波動庁としては、燈と渡り合った波動の腕前を留置所で腐らせておくよりも国のために使いたいらしい。


 正直、これには迷った。国のためにというが、それは性根が腐った貴族も含まれる。期限付きとはいえそんな真似をするのはごめんだった。


 それでもシオンがその条件を飲んだのは、見返りが魅力的だったからだ。


 罪の帳消しと、シオンと練馬の刀預神社への復帰。


 自分のたった一人の家族である兄。そして家族と過ごした思い出の神社が戻るというのなら、とシオンはその条件を飲んだ。


 こうしてシオンは牢屋から出され、更生の一環として三塔学院に入学することになった。同学年の子供と触れ合える場を持たなかった背景を考慮してのものらしい。波動は制御され、監視もついているとはいえ破格の待遇である。


 ━━━ほんと、不思議よね。


 シオンは無言のまま隣に座る男を見つめる。


 家族を失って。家を失って。周りからは死んだと思われて。


 自分には復讐以外にないと思っていたのに、なんの因果か学校に通って青春を謳歌している。


 もちろん罪を償う意識はある。そして、もしかしたらまた裏切られ、見返りなんて無くなるのではないかという不安も。


 けれど、その今があるのは、間違いなく隣にいる男のおかげだ。


 ━━━最初に会ったときはこんなんじゃなかったのになぁ。


 あの雑貨屋でありえない出会いを果たした際は、あまりにも弱っちくて子鹿のように震えていたのに。いじりやすさの塊みたいなやつだったのに。


 ━━━ちょっとムカつくわね。


 何も言わないで地面をじっと見つめる宗次郎にまたしてもイライラが募る。


「あれ? シオン?」


「え?」


 宗次郎に話しかけようとすると、反対側から声をかけられた。


 入学して最初にできた友達、岡田凛。肩までととく茶髪を分け、眼鏡をかけた大人しい少女だ。


「こんなところで何して━━━え!?」


 凛の視線はシオンの隣にいる男に釘付けになっていた。


 ━━━あっちゃあ。


 こうなると分かっていたから人気のない場所を選んだのに。宗次郎が隣にいると知られれば厄介だ。


「ちょっとちょっと、どうしてシオンがあの人と一緒にいるの?」


「えー」


「なんでそんな面倒くさそうな顔するの。私にも紹介してよ、っていうかどういう関係なの違いつ知り合ったの?」


 おそろしい早口で語りかけてくる凛は少し鬱陶しい。宗次郎も若干顔を引き攣らせながら立ち上がっていた。


「どうも、初めまして。穂積宗次郎です」


「わーっ、やっぱり本物なんですね! 私、岡田凛です!」


 宗次郎の手を握ってブンブンと握手する凛にシオンは呆れ果てる。


「それで、凛は何しにきたの?」


「それがね……優里がこのあたりにいるって聞いたんだけど」


「優里が?」


 黒川優里。凛の友人でありルームメイトで、シオンとも仲良くしている女子生徒だ。腰まで伸びる長い黒髪が印象的な、利発な少女だ。


「どうかしたの?」


「最近、優里が体調悪そうにしてたの。いつもハキハキしているのにボーッとしたり……この前なんて看板に頭ぶつけてたのよ?」


「そうなの?」


「たまに端末が繋がらないこともあるし、急にふらっと出かけたりするし、私心配で……」


 不安そうに俯く凛。


 シオンは選択している授業の関係でここ2日、シオンは顔を合わせていなかった。ルームメイトである凜が言うのなら間違いはないだろう。


 ━━━確かに変ね。


 人お通りが全くないこの場所で有利は何をしていたのか。そう疑問に思っていると、


「きゃ」


 凛が小さく悲鳴を上げた。


 何事かと思ってみると、宗次郎が音を立てて立ち上がり、あらぬ方向を向いている。具体的には相変わらず人気のない食堂の方を。その目つきは鋭く、まるで親の仇を見ているかのようだった。


「ちょっと、どうしたのよ」


「……今妙な波動な流れを感じた。様子を見てくる!」


「あっちょっと!?」


 静止する間もなく駆け出していく宗次郎。


「もう、なんなのよ!」


 悪態をつきながらもシオンは悪い予感に駆られ、宗次郎の後を追った。


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