第四章 第三十話 よう
「本当に驚いたぜ。まさか学院内にいるなんてな」
「それはこっちのセリフだっつーの。訓練場でいきなり見かけたときはマジびっくりしたし」
小腹が空いていた宗次郎は外でも食べられるおにぎりを注文してから外に出る。
夕焼けの一歩手前の明るさが雲ひとつない快晴に青とオレンジを混ぜている。風は暑さも涼しさも感じさせない。
人気のない通路の歩き、適当に空いている椅子に腰掛ける二人。
「それで、アタシになんの用があんの?」
「いや、用というほどのものはないんだ」
「はぁ?」
おにぎりの包みを開いているとシオンはドン引きしていた。
「用もないのにアタシを呼び出したわけ? こんなところに?」
「こんなところって言うなよ。そうだな……シオンの現状が知りたかったから、じゃダメか?」
「クソすぎる理由ね、それ」
バッサリと両断されてしまった宗次郎は決まりの悪い顔をした。
「だいたい、直接会いに来ればいいじゃない。なんで友達から連絡させるとか回りくどい真似すんよの」
「仕方がないだろ。どの授業取ってるかも分からないし、一人で探すわけにはいかねぇし」
「臆病なのね、伝説の英雄様は」
「そう言うなよ。俺と一緒にいるなんて噂されたくないだろ、君だって」
「……」
「悪い。今の発言は軽率だった」
宗次郎はすぐに頭を下げた。
シオンの家族は貴族の権力争いに巻き込まれた。刀預神社を我が物にしようとする貴族から有る事無い事噂を流され、母親は精神を病んでしまった。その結果、シオンの母親は実家である神社に火を放ち、シオンは父と母を失い、兄とも離れ離れになってしまったのだ。
「いいわよ、別に」
「……そっか」
気まずい沈黙が流れる。
おにぎりを食べ終わった宗次郎は指についた米粒を加え、ついた粘りを擦り合わせて取る。
「実を言うと」
緊張を取り払うように宗次郎は告げた。
「今どうしているか、知りたかったんだ」
「ふぅん」
シオンは意味ありげな笑みを浮かべて宗次郎をしたから覗き込んできた。
「知りたいのは今なんだ。どうして、じゃなくて」
「まぁ、な」
犯罪者であるシオンがなぜこの学院にいるのか。確かに疑問ではある。
「でも、そこはいろんな事情があるんだろうし。いいよ」
「私が暴れ出さないとは考えないわけ?」
挑発的に笑うシオンに宗次郎は冷静に返す。
「暴れたところで今の君は簡単に取り押さえられるんじゃないのか?」
「つまんないわねー。ま、その通りだけど」
そう言ってシオンは両手首を見せてきた。腕輪のようなものが巻かれている。
「波動石か」
「そ。私の波動を一定数吸収し続けているの。全力では戦えないわ」
「そりゃそうだろ、君は強いんだから」
シオンは十二神将である燈と互角に戦える猛者だ。純粋な戦闘力なら学院にいていいレベルを遥かに上回る。宗次郎と同じように。
「うまく過ごせてるのか? その、学院で」
「……ぷっ。あっははははははは! おっさんみたい!」
「笑うなよ」
腹を抱えてくの字に曲がっているシオンに宗次郎は苦い顔をする。
自分と同じように飛び抜けた戦闘力を持っていて、転入生は否が応でも目立つ。加えてもと天主極楽教のメンバーだったとなると、その辺りは心配になる。
「心配しなくていいわよ。ちゃんとうまくやれてるわ。友達もフツーにできたし」
「そうなのか? てっきり突っかかったりする連中がいるもんだとばかり」
「いないわよ。私が天主極楽教の一員だったって知ってるのは、学院長と一部の教師だけだから」
「……それもそうか」
ゆっくりと宗次郎は背もたれに背中を預ける。
前に会った時よりシオンが元気そうでよかった。
「うん。よかった」
「……じゃあ、私が聞いていい?」
「何をさ」
「どうして私の今が気になったの?」
今までのふざけた態度とは一変して、真剣な眼差しを向けるシオン。
それに応えるべく、宗次郎はストレートに表現した。
「そりゃ、君に感謝しているからだよ」
「は?」
目を丸くするシオンに、宗次郎は膝の上に肘を置いて地面を見つめる。
「俺が記憶と力を取り戻せたのは、あの一件があったおかげだ。あの場に、君が、家宝の勾玉を持っていたからこそだ」
刀預神社に祀られていた天斬剣には封印が施されていた。宗次郎が千年前、親友である皇大地に預けた際、誰にも使わせないよう大地が施したものだ。その封印の鍵となっていたのが、代々刀預神社の宮司を務めていた藤宮家の家宝である勾玉だった。
シオンは家族と生き別れてからも家宝の勾玉を大切に持っていた。天斬剣を盗んだ時も。
宗次郎、天斬剣、そして封印の鍵である勾玉。その三つが揃っていたからこそ、天斬剣の封印は解け、宗次郎の波動と記憶は戻ったのだ。
「だから、君がどうしているのか気になったんだ。元気そうでよかったよ」
「……そう」
シオンの声が離れる。
夕日は宗次郎が見つめる地面に影を落としていた。
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