第四章 第三十五話 上機嫌

 舞友と腰を据えて話をする。


 そう決心した宗次郎だったが、シオンとの出会いから幾日かすぎても会話が出来ないでいた。勉強を見てもらうために一緒にいる機会はあっても、やけにピリピリしていて日常の会話すら億劫になるほどだった。


 体育祭の準備や、例の一件の解決に時間がかかっているのだろう。結局、宗次郎は舞友のいう通り大人しく勉強することしかできなかった。


 どうすれば機嫌が良くなるのかわからないので、機嫌を悪くしないようにとりあえず勉強する日々。


 ━━━何だかなぁ。


 さらに気がかりな点が、宗次郎にはもう一つあった。


「今日はここまでね。お疲れ、宗次郎」


「ふぅー、ありがとう。燈」


「ふふ、最近は飲み込みがいいみたいね。すごいじゃない」


 そう言って燈は椅子から立ち、部屋を出て行った。


「〜〜♪」


「……」


 宗次郎は黙ってあかりを見送り、出て行ってから身震いした。


「怖」


 宗次郎が呟いたセリフは部屋の空気に溶けて消えた。


 あんなに上機嫌な燈は初めてみる。


 いつも通り勉強をしただけなのに、やたら褒めてくる。何より鼻歌を歌っている燈なんて考えられない。宗次郎と出会ってからいくらか丸くなったとはいえ、その身に纏っているのは美しくも冷たい雰囲気なのだ。


 その証拠に、宗次郎がシオンの話をしても、


「そう? 彼女、ここにいるんだ」


 とあっさりした反応で終わった。


 どうやら未成年で犯罪を犯した波動師を校正させるために三塔学院は前から活動していたようなので、別に今更といった感じだった。にしても、自分に対してあれだけの憎しみと怒りを向けた相手にあんなあっさりした反応を返されるとこっちが困ってしまう。


 ━━━ま、久しぶりに妹に会ったんだもんなぁ。


 つい数日前、課外学習に出ていた四年生たちが南部の学舎から戻ってきた。その中には燈が溺愛する妹の眞姫がいたのだ。


 生まれた時から歩けず、母が死んだ影響で盲目になってしまったという。それでも王族であるということで波動の資質があり、現在は三塔学院に通っていた。


 真の意味で血の繋がった妹の眞姫を燈は心の底から大切にしている。天斬剣強奪の際、宗次郎は燈の話を聞いてそう確信した。


「そりゃ、あんだけ嬉しそうな表情をするわけだ」


 燈が眞姫と会うのも半年ぶりらしい。天主極楽教の一件でバタついていた燈にようやく訪れたまとまった時間で、彼女は大切な家族と一緒にいるのだ。


「邪魔するのも悪いよな」


 怖いくらい上機嫌な燈にちょっかいを出す気にはなれない宗次郎。


 椅子に深く腰を下ろす。今日はこのあともう一つ授業があるが、始業時刻まで時間があるので一息入れる。


 ━━━羨ましいって思うのは、俺の卑しさだ。


 自分の妹と不仲だからこそ、燈と眞姫の関係に憧れる。


「なんて、弱気になってる場合じゃないな」


 自分の妹との関係は、自分の手でなんとかする。そう決意して、宗次郎は両手で頬をぱんと叩いた。



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